第27話 ジャレッドとの決闘 ※ガズ視点
双方合意のうえでの決闘となれば、報復はできない。
つまり、アラタの論でのらりくらりとかわせないってことだ。
もちろん断ることはできる。
が、その場合はアラタの風評が悪くなるだろうな。
というか俺、決闘についても説明したよな?
してなかったか……?
「なるほど、決闘ね」
アラタがぼそりと呟いた。
あいつ一瞬、笑わなかったか?
いや、見間違いか……。
「冒険者なのだから、決闘についてはもちろん知っているよね?」
「そういえば、さっき説明を聞いたな」
やっぱり俺、ちゃんと説明してたな。
決闘ってのは双方合意のうえ、立会人のもとでおこなわれる真剣勝負だ。
冒険者の場合は、ギルド職員が立ち会い人になることが多い。
たとえ死んでも文句なし。
とはいえ、悪意をもって相手を必要以上に傷つけたり、装備品を破壊してはならない。
ひどい場合は、犯罪者として裁かれることもある。
あと、死んでも文句なとはいうが、実際に相手を殺せば、どんな状況だろうとそれなりの罰が与えられる。
決闘は合法だが、できるだけやらないほうがいい、という制度なので、相手を殺したら損、くらいにしておいたほうがいいってわけだな。
「一応聞くけど、愛用の武器を使っていいんだよな?」
「真剣勝負だぞ? あたりまえじゃないか。まさか訓練用の武器を使うとでも思っていたのかい?」
「いや、普段の武器が使えるなら、問題ないかな」
その答えに、ジャレッドが目を細める。
「ほう……本気で受けるつもりなのかい? 〈クリエイトブレット〉しか使えないのに?」
「まぁ【銃士】レベル1だからな」
ジャレッドが、口の端を上げる。
あのヤロウ、アラタが〈クリエイトブレット〉しか使えないことをわざわざ確認しやがった。
ジャレッドは普段から相手をなめくさった態度を取るくせに、いざ戦闘となると慎重な部分があった。
だからこそ、4級にまでランクアップできたのだろうが。
「くくっ……」
小さく喉を鳴らすジャレッドが背負う盾に、俺は目を向ける。
あれはダンジョン産のかなりレアな防具で、アンチマジックの効果を持つ盾だ。
たとえばアラタのレベルがもう少し上がり、〈ブレットエンチャント〉を使えれば、金属の弾を撃てるようになる。
だが使えるスキルが〈クリエイトブレット〉だけなら、魔力で生成した弾しか撃てないはずだ。
ならば、あの盾で完全に無効化できる。
つまりアラタは、圧倒的に不利なんだ。
さすがにこれはフェアじゃない。
ひとつ助言をして、場合によっては決闘をやめさせたほうが……。
「では改めて問う! 10級冒険者アラタよ、このジャレッドの決闘を受けるか?」
「アラタ、待――」
「受けよう」
くそっ、間に合わなかった!
「……決闘は成立した。立会人は俺がやろう」
こうなったら助言もできない。
それは決闘への介入となるからだ。
俺にできるのは、アラタが大けがをしないうちに止めてやることくらいか。
「アラタさま、がんばってください」
「ああ」
不思議なのは、アイリス嬢が妙に平然としていることだ。
そういえばアラタがジャレッドを挑発し始めたあたりから、彼女は止めもせず見守っていたな。
よほどアラタの実力を信じているのか?
「くぁっ……!」
アラタの足下にいた黒猫が、大きなあくびをした。
そのあと、俺は大変なことに気づいてしまった。
口を閉じたのに、舌が出たままなのだ!
「な……なっ……!」
なんてかわいいんだ!!
「おい、シャノア。舌、出てるぞ」
それに気づいたのか、アラタが声をかける。
こいつ、自分の飼い猫に話しかけるタイプのやつなのか。
「おっと」
ふと、渋い男の声が聞こえた。
誰だ、いまのは?
そう思ってあたりを見回したが、それらしい人物はいなかった。
「空耳か?」
あらためて黒猫を見ると、舌はもう出ていなかった。
○●○●
俺はアラタとジャレッドを連れ、ギルド地下の屋内訓練場へやってきた。
かなり広い訓練場では、何人かの冒険者が実際に訓練をおこなっていた。
そこへわらわらと人が下りてくる。
当事者以外にも、見物人がついてきたわけだ。
もちろん訓練場にいた連中も事情を察し、ギャラリーに加わる。
「これよりギルド立ち会いのもと、4級冒険者ジャレッドと10級冒険者アラタの決闘をおこなう!」
宣言のあと、ちょっとした歓声があがった。
まぁ、暇つぶしとしには持ってこいのイベントではあるよな。
とりあえず俺は、殺されても文句を言わないこと、不必要に相手を傷つけたり装備を破壊したりしないこと、などの注意事項を述べた。
「問題なければ宣誓書にサインを」
ふたりがそれぞれにサインを終える。
これでもう、あと戻りはできない。
「では防御結界を」
俺の指示で、数名の【白魔道士】がふたりの周りに障壁を張る。
これで多少の流れ弾なら防げるし、逆に決闘への介入も防止できる。
また、彼らは決闘後の治療も担当する。
防御結界のなかで、アラタとジャレッドが向かい合う。
ジャレッドはすでに盾を構え、剣を抜いていた。
アラタはまだ手ぶらだ。
「そうだな、先輩冒険者として、先手は譲ってやるとしよう」
ジャレッドはそう言って、嗜虐的な笑みを浮かべた。
あのアンチマジックの盾で魔力の銃弾をわざと受け、アラタを絶望させようって魂胆だろう。
本当に性格の悪いやつだ。
「そうかい。じゃあこれでいこうかな」
アラタは気負う様子もなくそう言うと、一丁の銃を取り出した。
あいつ〈収納〉を使えるのか。
にしても……。
「なんだ、ありゃ?」
思わず、呟いてしまう。
観客たちも、なにやらざわついていた。
アラタが手にした銃は、見たこともないシロモノだった。
やたら銃身が長く、銃口も大きい。
〈ブレットエンチャント〉を使えない以上、魔力の弾を撃つ魔弾銃だと思うが、あんな形のものは見たことがなかった。
アラタが銃口を、ジャレッドに向ける。
ジャレッドは顔を半分隠すように、盾を構えた。
どうやら双方とも、準備は良さそうだ。
「それでは、はじめ!」
――ドゴンッ!!
轟音が、鳴り響いた。
「ジャレッドさまっ!?」
取り巻きのひとりが、悲鳴のような声をあげる。
見ればジャレッドは吹っ飛ばされ、防御結界に叩きつけられていた。
「いやあああっ!」
「そんなっ!?」
「……あり得ない」
ぐったりと倒れたジャレッドは、ピクリとも動かない。
……なにが起こった?
「アラタさま!?」
アイリス嬢の声に、はっと我に返る。
気づけばアラタは、ジャレッドに向けて駆けだした。
いつの間に取り出したのか、手にはナイフが握られている。
あれはまずい。
ダンジョン産の武器だ。
見ればわかる。
俺は詳しいんだ。
まさかあいつ、トドメを刺す気か!?
「アラタ、待て!」
俺の制止も虚しく、アラタは倒れたジャレッドのそばにしゃがみ込んだ。
「ん?」
するとアラタは、ジャレッドが着ていた胸甲の革ベルトをスパスパと切って引き剥がした。
同じ要領で盾の留め具も切り裂き、取り外す。
「うわ……」
「ひでぇ……」
前腕がほとんど千切れかけていた。
よく見れば盾には大穴が開き、胸甲はべっこりとへこんでいる。
「あいつまさか……」
ジャレッドから盾と鎧を剥がしたアラタは、彼の口をがっちりと掴む。
「やめてぇええぇっ!」
「ジャレッドさまに触るなぁー!!」
「いますぐ結界をとけっ!」
「殺すっ! あいつ、殺すっ!!」
取り巻きどもが喚いている。
【白魔道士】のひとりが俺を見てきたが、小さく首を横に振った。
もう少し、様子を見たほうがいい。
アラタはジャレッドの顔を掴み、無理やり口を開かせた。
続けて〈収納〉から出したであろう青い小瓶のフタを片手で器用に開け、彼の口に突っ込んだ。
なんとも手慣れているようだ。
「ん……ぐっ……がっ……!?」
ジャレッドの身体がガクガクと震え始めた。
口の端から、真っ赤な血が溢れ出す。
「がっ……ぐぶっ!? んんっ……ぐぶふぅ……!!」
アラタは小瓶を振って中身をすべて口内に注ぎ込むと、ジャレッドの口を無理やり閉じた。
そのせいで逆流した血が、何度も鼻から溢れ出す。
全身を痙攣させていたジャレッドだったが、徐々に震えも治まってきた。
えぐれた腕からの出血も止まっている。
やはりアラタは、ジャレッドを治療してやったようだ。
あらためて、転がされた胸甲を見た。
かなり分厚い金属の装甲が、恐ろしいほどにへコンでいる。
あれほどの衝撃となると、肋骨は砕け、肺も潰れていただろう。
しかも胸甲を着けたままだと、たとえ治療しても圧迫されて息ができなかったはずだ。
それをアラタは一瞬で見抜き、手際よく装備を剥がしてヒールポーションを飲ませた。
あれほどの怪我だ。
一瞬の遅れで、生命力は尽きていただろう。
もし【白魔道士】に結界を解除させていれば、混乱で治療どころではなかったはずだ。
つまり俺、ナイス判断。
「ぐっ……うぅ……き……きさ、ま……!」
意識を取り戻したらしいジャレッドが、恨みがましい視線をアラタに向ける。
「ち、違うんだ!!」
突然、アラタが叫んだ。
「違うんだよ、これは、本当に! その、違うんだ……!」
アラタは立ち上がり、うろたえながらも必死に訴えている。
あれは、審判である俺に言ってるのか?
背後ではジャレッドが射殺さんばかりの視線を向けているが、彼は気づいていないようだった。
いや、気づいていて、あえて無視しているのか。
そしてアラタは、俺を見ながら倒れたジャレッドを指し示す。
「こんなに弱いとは思わなかったんだ!!」
その瞬間、訓練場はしんと静まりかえった。
アラタの背後で身体を起こそうとしたジャレッドは、顔を真っ赤にしたあと、白目を剥いて倒れた。
生命力の消耗で、意識を保てなくなったのだろう。
アラタの言葉が、聞こえてないといいんだが……。
じゃないとあいつ、冒険者として復帰できないかもなぁ。
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