第26話 面倒くさいヤツ ※ガズ視点
俺の名はガズ。
冒険者ギルドの職員だ。
今日もいつものように受付業務をやっていると、アイリス嬢がやってきた。
彼女の親父さんが会長を務めるウォーレン商会は、いつもいい条件で素材収集の依頼を出してくれるギルドの常連さんだ。
最近は事務方が依頼を出しに来るので、嬢ちゃんが顔を見せるのは珍しい。
聞けば、一緒にいる男の冒険者登録をしたいということだった。
黒猫を連れた、どこにでもいそうな男だ。
着ている服はそこそこいいもののようだが、強そうには見えない。
というか、厚手のシャツとズボンだけでギルドに来るとか……まぁ、今日は手続きだけのつもりなんだろうが。
もちろん高いジョブレベルを持っていれば、見た目通りの強さというわけじゃない。
ただ、長年ギルド職員をやっている俺が見たところジョブレベルも低そうだ。
猫はかわいいけどな。
だが聞けばこのアラタという男、オーガを1人で倒したというではないか。
トマスさんがオーガに襲われたという話は聞いた。
残念ながら護衛隊の数名も、犠牲になったようだ。
護衛隊長のギルダスは、冒険者としても5級の実力者だ。
だが、魔物の少ない街道を主に移動する彼らは、あくまで盗賊などの人間を仮想敵として訓練している。
盗賊に身を落とすヤツってのは、大抵ジョブを剥奪されるので、ザコが多い。
だがいくら弱くとも、数を揃えられると厄介だ。
それに、世の中にはダークオーブなんつうヤバいシロモノものあるので、人間の強敵がいないわけじゃない。
なんにせよそういう事情があって、オーガなどの普段相手にしない魔物が現れると、対処しきれないこともあるのだ。
それでもギルダスなら……と思うが、おそらく不意打ちでも受けたのだろう。
あんな場所にオーガが出るなんて、誰も思わないからな。
護衛隊がどこまで弱らせていたかわからないが、それでもひとりでオーガを倒せるなら大したものだ。
「それじゃ、登録させてもらうが、アラタといったな?」
「はい、アラタです」
「ジョブレベルを教えてくれるか?」
「えっと、【銃士】レベル1です」
「レベル1だと!?」
まだジョブを得たばかりだと聞いて、俺はさらに驚いたが、それはそれとして仕事は仕事だ。
冒険者に関する基本的な説明をしたところ、アラタはある程度理解しているようだった。
頭はいいのかもしれないな。
「それで、だ。お前さんはどうやら実力者らしいから――」
「アイリス嬢!!」
アラタの冒険者ギルド登録を終えた俺は、続けてランクアップの説明をしようとしたのだが、面倒くさいヤツの登場によって中断された。
現れたのは4級冒険者のジャレッド・コルトン。
コルトン伯爵家の御曹司だ。
この国が共和制になって結構な時間が経つが、それでも貴族の影響力ってのはまだまだ強い。
このジャレッドは4級冒険者の実力と貴族の肩書きをもつ、なにかと面倒くさいやつだった。
「やあ、アイリス嬢、ごきげんよう」
「こんにちは、ジャレッドさん」
ジャレッドの挨拶に、アイリス嬢はアルカイックスマイルで応える。
でも俺は聞いたぜ、彼女が〝うげっ〟って言ったのをよ。
ジャレッドは女好きだ。
顔や身なりがよく、冒険者としての実力に加えて家柄もいいので、とにかくモテる。
うちの受付連中にも、ファンがいるくらいだ。
おかげで、俺が相手せずにすんでるんだけどな。
で、こいつ、美人と見ればすぐに声をかける。
パーティーを組んでる4人の女性も、容姿で選んだんじゃないかってくらい美人揃いだ。
まぁ、全員が5級の実力者ではあるんだが。
ただ彼女らはみんなジャレッドの信奉者みたいで、これまた面倒くさい連中だった。
「聞きましたよアイリス嬢。魔物に襲われたそうですね」
「はい。ご心配、痛み入ります」
うん、アイリス嬢、完全に流してやがる。
まぁこれまでに何度も声をかけられても、なびく様子はなかったからな。
「まったく、僕らを雇ってくれればあなたを危険な目には遭わせないものを」
「……つまり、当家の護衛が不甲斐ないと言いたいのですか?」
アイリス嬢は笑顔のままだが、ありゃ相当機嫌をそこねたな。
「とんでもない! 僕たちも一緒にいれば、安全だったといいたいだけですよ」
だがジャレッドは気にした様子もなく話を続ける。
あいつは自分が女性の機嫌をそこねるなんて、あり得ないとでも思ってるんだろうぜ。
「アイリス、そろそろいこうか」
そこへアラタが割って入り、アイリス嬢を連れて帰ろうとする。
うん、いい判断だが待ってほしい。
お前にはまだ話したいことがあってだな……。
「待ちたまえよ」
俺より先に、ジャレッドが声をかけた。
「なんだい、君は? いま僕がアイリス嬢と話しているのが、わからないのかな?」
まぁ、ジャレッドのやつが女性との会話を邪魔されて、黙っているはずないよな。
「はぁ、そう言われてもここでの用事は終わったし、帰りたいんですがね」
いや、まだ用は終わってねーよ?
「ならばひとりで帰ればいいだろう?」
「そういうわけには参りません。この方は当家の大切なお客様ですから」
アイリス嬢が反論し、ジャレッドが眉を寄せる。
「アラタさま、いきましょうか。ジャレッドさん、ごきげんよう」
「待てよ!」
アラタの手を取り去ろうとするアイリスを、ジャレッドが怒鳴りつけた。
「アイリス嬢、僕は君ともう少しお話がしたいんだ。わかるね?」
「う……」
ジャレッドに凄まれ、アイリス嬢が怯む。
まぁ4級冒険者に睨まれちゃあ、一般人は怖いよな。
しょうがない、ここはそろそろおじさんが……。
「だっせーな、おい」
止めに入ろうとしたところで、アラタが口を開いた。
「なんだって?」
「あんたもうとっくにフラれてるの、わかんないかね? 恥をかかないように俺たちが口実をつけて離れようとしたのに、なに自分から傷口広げてんの?」
「ちょ、ちょっと、アラタさま……!」
呆れたように言葉を並べるアラタに、アイリス嬢がうろたえる。
うん、ありゃヤバい。
「ちょっとあなた! ジャレッドさまに対してなんという無礼なことを!!」
「いますぐ謝罪するんだね」
「この場でたたき切ってやろうか?」
「……死ねよ、おっさん」
すると、ジャレッドのメンバーどもが口々に文句を言い始めた。
相変わらず面倒くせぇ。
「まぁまぁ落ち着きたまえ、君たち」
ただメンバー連中が先にキレたことで、ジャレッド本人は少し落ち着いたようだ。
あの嬢ちゃんたち、案外そこらへんのこと考えてんのか?
いやぁ……ないか。
「君、アラタと言ったね? 冒険者かな?」
「ああ。さっき登録したばかりだけど」
そういやアラタの口調が変わってんな。
丁寧に対応するまでもない相手、とでも見たか。
「つまり、10級とうわけか。じゃあジョブレベルは?」
「【銃士】レベル1だな」
「くくっ……なるほどなるほど……」
ジャレッドがバカにしたような笑みを浮かべる。
ってかアラタのやつ、なんで手の内を晒すような真似を……。
「言っておくが、僕は【戦士】レベル32で4級だ」
「はぁ」
自慢げに告げたジャレッドだが、アラタの反応の薄さに、一瞬鼻白む。
だがすぐに気を取り直したように、笑みを浮かべた。
「ああ、それと、君は平民かな?」
「まぁ、庶民ではあるかな」
「そうかそうか。ちなみ僕は、伯爵家の者だ」
「なるほど」
「つまり、僕がなにを言いたいのか、わかるね?」
ジャレッドが意地の悪い笑みを浮かべる。
こいつはこうやって、肩書きで相手を脅すのが好きなんだよな。
ほんと面倒くさいヤツだよ。
「ああ、よくわかったよ」
だが、アラタに怯む様子はない。
「お前が肩書きでしか威張れない、しょーもないやつだってことがな」
「なっ!?」
ジャレッドが絶句する。
つーかアラタ、正気か!?
「ちょっとあなた!!」
「なんてことを言うんだい!?」
「この無礼者めが!!」
「死ねっ! いますぐ――」
「黙れっ!!」
アラタの言葉にメンバーが色めき立ったが、ジャレッドが一喝して黙らせた。
「ふふふ……」
そしてジャレッドが、不気味に笑い始める。
「君は、僕が肩書きだけで実力がないと思っているのかな?」
「実際そうなんだろう? 本当に強いヤツは、肩書きなんぞ振り舞わさないからな」
「くっ……!」
アラタの言葉に、ジャレッドが歯噛みする。
「【銃士】レベル1の10級冒険者が、僕を馬鹿にするというのか!?」
「バカにしてないさ。事実を言っただけだよ。そもそも俺はまだ新人で、実力は未知数だろ? まぁ、お前よりは確実に強いけどな」
「ならば勝負だ! その実力を見せてみろよ!!」
「やだよ。どうせ俺が勝っても、伯爵の権威を振りかざして報復するんだろ? あとで仕返しされるとわかって、ケンカなんぞするかよ」
「ぼ、僕がそんな卑怯なことを……!」
「するに決まってんだろ。肩書きで人を脅すようなヤツなんだから。いやー、残念だ。俺の実力、見せてやりたかったぜー」
「ならば決闘だ!!」
あちゃー……!
俺は思わず天を仰いじまった。
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