第25話 はじめてのジョブ

「なるほど、そちらのネコチャンは――」

「小僧、シャノアだ」

「――失礼しました。シャノアさまは、神獣なのですね」


 猫がジョブを得てドン引きしていた神官さんだが、シャノアが神獣と知るやにこやかに微笑み、納得したように頷いた。


 ってか小僧ってなんだよ。

 この人、俺より若いかもしれんが、確実にシャノアよりは年上だぞ?


 まぁ、本人が気にしてないようだからあえてつっこまないけど。


「それはそうと、神獣ならジョブを得られるんですか?」


 俺が尋ねると、神官さんは首を傾げる。


「どうでしょう? そもそも神獣が礼拝堂で祈るということが普通はありませんので」


 えっ、だったらこの人、なんで納得してんの?


「ですが、女神さまよりジョブを得たのなら、等しく我らの隣人です。何者であろうともね」


 そう言って彼はふたたびにっこりと笑った。


 そういう宗教観なのかな。

 なんだか緩そうでよかった。


「それにしても、シャノアさまはすごいです! 【忍者】だなんて、そうそう授かれないジョブなんですよ!」


 相変わらず目をキラキラさせたアイリスが、感動したように言う。


「ジョブを得るには、やっぱりなにか条件があるんですか?」

「ええ、いろいろと条件がございますよ」


 俺の問いかけに答えたのは、神官さんだった。


「ジョブというのはその人の持つ適性、能力、技術、知識を加味したうえで、いくつかの候補から選択しますからね」


 候補とか選択とかいわれてもピンとこないのは、俺が最初から【銃士】に決めていたからだろうか。


 きけば【銃士】になるには、ある程度の身体能力と戦闘経験、そして銃の知識が必要らしい。

 なので銃がこの世界に伝わったのち、はじめて明らかになったジョブなのだとか。


「普通の方が【忍者】を目指すなら、【斥候】と【戦士】をかなり高いレベルまで上げる必要がありますね。それこそ冒険者として十年二十年の経験を積んでなれるのは一握り、というとても稀少なジョブです」

「えっ、そんなすごいジョブに最初から就けたっていうんですか、シャノアは?」

「はい、さすが神獣ですね」

「本当にすごいことなんですよ」


 3人の視線がシャノアに集中する。

 当の本人は大きくあくびをしたあとで、俺たちに見られていると気づいた。


「儂、またなんかやったか?」


 だからどこの主人公だっての。


「しかし、候補があったのか。【銃士】以外考えてなかったから、見落としてしまったな」

「でしたらアラタさま、ご自身を〈鑑定〉すれば見えますよ」


 独り言のつもりで呟いた言葉が聞こえたのか、アイリスが助言してくれた。

 ちなみに〈鑑定〉がなくても女神像に祈ればいつでも見られるらしい。


「おっ、なるほど」


 というわけで自分を〈鑑定〉したところ、俺がなれるのは【戦士】【武闘家】【斥候】【弓士】【銃士】【商人】だった。

 剣と弓は訓練してるし、護身術程度には格闘技も身に着けているので、【戦士】【武闘家】【弓士】が候補にあるのだろう。

 そしてポーターをやるときは息を殺しているので、【斥候】もわかるが、はて【商人】は?


「あの、ジョブの条件にスキルも関わってきます?」

「ええ、もちろん。目当てのジョブを授かるためスキルオーブを使うというのも、よくあることですからね」


 俺の問いかけに、神官さんが丁寧に答えてくれた。


 なるほど、つまり〈収納〉を持っているから【商人】になれるのかもな。


「ところでこのジョブレベルを上げるにはどうすればいいんですか?」

「おふた方とも戦闘職ですので、やはり魔物を倒すのがよいでしょうね」

「なるほど」


 そこでアイリスに目を向けると、彼女は待ってましたとばかりに口を開く。


「それではアラタさま、シャノアさま、冒険者ギルドへいきましょう!」


○●○●


 というわけで俺はアイリスの案内で冒険者ギルドにやってきた。

 もちろんシャノアも一緒だ。


 ギルドは神殿から近い場所にあった。

 というのも彼らは神殿にとって、ジョブチェンジのたびに寄付金を払ってくれる一番のお得意さんだからだ。

 どの町でも、神殿と冒険者ギルドってのは近い場所にあるらしい。


「ここも立派だなぁ」


 さすがに神殿のような荘厳さはないけど、無骨で大きな建物だった。


 入口は大人3~4人が並んで通れるほど広く、基本的には解放されている。

 俺としてはスウィングドアみたいなものがあってほしいんだけど、この大きさの入口に設置するのは難しいかな。


 入るとすぐに酒場があった。

 そういえばなんでギルドって酒場があるイメージなんだろうな。


 日本のギルドだと、ちょっとした売店とイートインくらいしかないが、ここの酒場はかなり広い。

 そこそこ大きいショッピングモールのフードコートくらいはある。


 普通に考えると、冒険者にはここじゃなく町の飲食店を使ってもらったほうが、いろんな方面に利益を分配できると思うんだが。


「ここはお安いお酒と料理を提供してまして、その、ランクの低い冒険者の方というのは、大変お元気なので……」


 ふと気になって尋ねてみると、アイリスは少し引きつった笑みを浮かべて説明してくれた。


 なるほど、素行の悪い冒険者の面倒は、ギルドで見るってことか。

 まぁ、迷惑な客ってのは店にとって損でしかないからな。


「高ランク冒険者は人格者が多いのか?」

「そういうわけではありませんが、町で問題を起こすと最悪冒険者資格やジョブを剥奪されることもありますからね」

「なるほど」


 せっかく苦労して手に入れた地位やら名誉やらを失うリスクを考えれば、大抵の人は行動に気をつけるか。

 ましてやジョブを失うとなれば、この世界では生きづらいだろう。


「やっぱりこの時間は空いてますね」

「へぇ、そうなんだ」


 空いてるという割には結構人がいる。

 ざっと見て200席はありそうな酒場が、3割ほど埋まっていた。

 ってか昼間っから酒とはいい身分な人が多いな。


 そんな酒場の脇を通って受付台へ。

 ここにもそこそこ人がいて、複数の受付が埋まっていた。


「おう、ウォーレン商会の嬢ちゃんじゃねぇか」


 彼女が並んだのは、なんとも厳ついマッチョマンの前だった。


 俺としてはあっちのきれいなお姉さんのほうがいいんだけど、文句を言うわけにもいくまい。


「直接くるなんて珍しいが、どうした。依頼か?」

「いいえ。今日はこちらの方の、冒険者登録をお願いに来ました」

「あ、どうも」


 アイリスに促され、マッチョマンの前に立つ。


「なんでぇ、こんなひょろっとしたヤツが冒険者になろうってのか?」


 おいおい、こう見えても俺、細マッチョなんだぞ?


「人を見た目で判断してはダメですよ、ガズさん」


 このマッチョ、ガズさんというらしい。


「いやしかしよ、ジョブレベルだって低そうじゃねぇか」


 それは正解。


「ですがアラタさまはおひとりでオーガを倒せるほどの実力者なんですよ?」

「なんだと!?」


 アイリスの言葉にガズさんが驚き、周りからもどよめきが起こる。

 どうやら俺たち、注目されてるみたいだ。


「そういやトマスさんが襲われたと聞いたが、まさか?」

「はい。アラタさまが助けてくださいました」

「そうか……まぁ、嬢ちゃんが嘘をつく理由もないし、本当なんだろうな」


 アイリスのおかげでガスさんは納得してくれたようだった。

 別に俺は強く見られる必要ないんだけどね。


「それじゃ、登録させてもらうが、アラタといったな?」

「はい、アラタです」


 名字はいいだろう。


「ジョブレベルを教えてくれるか?」

「えっと、【銃士】レベル1です」

「レベル1だと!?」


 またもガズさんが驚き、どうも聞き耳を立てているらしい周りの連中はさらにどよめく。

 個人情報が軽んじられる世界か……!


「アラタさまは先ほどジョブを得たばかりですからね」

「さっきジョブを得たばかりだと!? ということは……」


 ガズさんの驚きが増す。


「おいおい、あいつジョブレベル1だってよ」

「まじかよ……」

「ってことは……」

「……だよな?」


 こりゃレベル1ってことで、バカにされるパターンだろうか。


「まぁ、詮索はよそう。とにかく、すぐに登録だ」


 それからガズさんは、危険な仕事だとを言うこと踏まえたうえでの意思確認をしてくれた。

 俺が了承すると、手早く手続きを進めてくれる。

 そして冒険者としての基本的なルールを説明してくれた。

 日本のギルドと似通った部分も多かったので、ざっと説明してくれただけだが、なんとなく頭には入った。


「よし、じゃあこれがアラタの冒険者タグだ」


 そう言って渡されたのは、金属の鎖がついた認識票だった。

 ドッグタグに似てるな。


「それで、だ。お前さんはどうやら実力者らしいから――」

「アイリス嬢!!」


 さらにガズさんが説明を続けようとしたところで、背後から声をかけられた。

 なんだか爽やか系イケメンボイスだ。


 振り返ると、剣士風の若い男性が手を振りながら駆け寄ってくるのが見えた。


「うげっ……!」


 それを見たアイリスが、顔をしかめる。


 ってか〝うげっ〟て言ったよこの娘〝うげっ〟て。

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