第21話 ふたたび異世界へ

 ジャンク祭りを終えた直後に眠くなった俺は、すぐベッドに入った。


 気づけば外は明るく、時計を見るともう昼前だ。

 食ってすぐ寝たにもかかわらず寝起きがスッキリしているのは、〈健康〉スキルのおかげだろう。


「ふぁ……!」

「ニャゥ……!」


 あくびとともに身体を起こすと、俺の傍らにいたらしいシャノアが、不満げに短く鳴いて、飛び起きた。

 どうやら彼がベッドに乗ってくるよりも早く、眠ってしまったらしい。


 とりあえずシャワーを浴びてさっぱりし、鏡を見る。


「うん、ばっちりだな」


 容姿が、ではなく状態が、だ。

 魔力も生命力も、完全に回復していた。


 朝食に弁当を食べ、身だしなみを整える。


 〈収納〉から腕輪と予備の魔石を取り出した。


「えーっと、これをこうやって……」


 〈鑑定〉を使いながら、魔石の交換を終える。


「もしかしたら心配してくれてるかもしれないし、早く帰るか」


 俺はそう決めると、玄関へいって靴を履いた。


「シャノア、おいで」

「ゥナァオ」


 シャノアがチャカチャカと爪で床を鳴らしながら、駆け寄ってきた。


 こいつは、呼べば必ず来てくれる。

 昔は無視されたり、逃げられたりしたものだが、ここ最近は本当に言うことを聞いてくれるようになった。


 なんだか相づちもうまくなったし、普通に会話ができているみたいに思えてしまう。

 そのせいで、独り言が増えてしまうのだが、別にいいだろう。


「よしよし」


 足下にやってきたシャノアを抱え上げる。

 例のごとく前足で俺の身体を押しているけど、ちょっと我慢してくれよ。


「それじゃ……ん?」


 〈帰還〉を使おうとして、少し違和感を覚えた。


「これは……ホームポイントが増えてるのか?」


 どうやら世界を越えた転移を実行したことで、〈帰還〉がさらに成長したようだ。


「おっと、念のため……」


 俺は昨日ひと口だけ飲み、フタを開けたまま〈収納〉していた赤い小瓶を手に取り出す。

 シャノアは片腕で抱えているので、特に問題はない。


「それじゃ、いくか」


 俺はトマスさん宅の寝室を目指して〈帰還〉を発動した。


「くぅっ……!!」


 また、目眩を覚える。

 シャノアは……と思ったが、見えないどころか抱えている感覚さえない。

 それでも一緒にいると信じて、耐える。


「くはぁっ……!」


 ほどなく視界が開けた。

 昨日より短く感じたが、それは慣れたからだろうか。


「フギャァアアアァッ!!!」

「おわっつぅっ……!?」


 シャノアが突然叫び声を上げ、俺の腕から飛び出した。

 その際に、思いっきり爪を立てられた。


「おい、シャノ……くっ……!」


 踏み出そうとして、目がくらむ。

 俺は慌てて赤い小瓶に口をつけ、中身を飲み干した。


「ぷはぁっ……!」


 ポーションは喉を通る前に吸収されるが、これは気分的なものだ。


「ふぅ……」


 やはり魔力枯渇を起こしていたようで、マナポーションを飲めば目眩は治まった。

 昨日と違って意識は保てたままなのは、〈帰還〉が成長したせいだろうか。


 って、悠長に考えてる場合じゃない。


「シャノア!」


 ふと室内を見回すと、シャノアはトットコトットコとカーペットの上を走り回っては立ち止まり、うろたえたように回りを見回す、という行為を繰り返していた。

 居場所が変わって、戸惑っているようだ。


「シャノア、大丈夫だ」


 俺が声をかけながら歩み寄ると、彼は逃げるように駆けだした。


「あっ、こらっ!」


 そして壁や家具の装飾を伝って戸棚の上に逃げ込んでしまう。


「おーい」


 天井に近い場所で身を縮めたせいで、顔の一部だけが見えていた。


「アラタ様、どうかなさいましたか!?」


 昨日のメイドさんが慌てたように駆けつけて、ドアに手をかける音が耳に入る。


「開けないで! 猫がいます!!」

「えっ!? あ、はいっ……!」


 一瞬ドアを開けたメイドさんだったが、すぐに閉じた。

 その瞬間、シャノアがビクンと反応するも、幸いその場から動こうとはしなかった。


「おーい、シャノアー、下りてこーい」


 声をかけると耳はピクピクと動くが、それ以上の反応はない。

 毛が逆立っているせいか、わずかに見える尻尾が数倍の太さになっている。

 ありゃ相当警戒してるな。


「ほら、おやつだぞー。お前の好きなちゅるちゅるのやつだ」


 たまにあげるおやつを取り出し、開封して見せたが、大きな反応はない。


 そこへ、さらなる足音が部屋に近づいてくる。


「アラタさま、お戻りになられたのですか!?」


 どうやらアイリスが来たようだ。


「ええ。でも、猫が警戒しているので、ちょっと待って」

「まぁネコチャンも一緒なのですね!? 待ちます待ちます! いくらでも待ちますので!!」


 現在進行形で迷惑をかけてるっていうのに、なんていい娘だろう。


「シャノア聞いたか? 優しそうな声だっただろう? 大丈夫、ここは怖い所じゃないから、な?」


 シャノアはじっと、こちらを見ている。


「なぁ、落ち着いてくれよ。ほら、なんだか身体が楽じゃないか? ここは魔素が薄いんだよ。地球より楽なはずだぞ?」


 シャノアの耳が、ピクピクと動く。


「それにみんないい人たちばっかりだから、怖がる必要はないからな。さっき声をかけてくれたアイリスなんて、優しいうえにめちゃくちゃ美人なんだぜ? せっかく来てくれたんだから、ちゃんと挨拶しよう、な?」


 ゆらり、と尻尾が揺れた。

 もう、いつもの細さに戻っている。

 あと少しかな。


「シャノア、おいで。大丈夫、ここは安全だよ」


 すると、シャノアは戸棚の装飾を伝ってひょいひょいと下りてきた。


「ンニャァアゥンン」


 そして俺のほうへトテトテと小走りに寄ってきたので、抱き上げてやる。

 相変わらず前足で俺の身体を押しのけようとしているけど、逃げようとはしなかった。


「すみません、もう大丈夫です」


 俺は両腕でシャノアを抱え込みながら、外のふたりへ声をかけた。


「かしこまりました。失礼いたします」

「し、失礼します」


 メイドさんとアイリスが部屋に入ってきた。

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