第20話 ジャンク祭り

 こめかみのあたりをぺろぺろと舐められる感触に、目を覚ました。


「ニャゥ……ニャアォン」


 俺が目覚めたのを感じ取ったのか、シャノアが心配そうに鳴いた。


「ん……ぐぅ……」


 身体を起こすと、あちこちがきしむ。

 無理な姿勢で寝たせいだろう。


 喉もカラカラだったので、とりあえずペットボトルの水を取り出し、ごくごくと飲んだ。


「ぷはぁ……! ふぅ……」


 喉を潤すと、少しずつ目が冴えてきた。


「ニャオ!」


 再度シャノアが強く鳴いたので、耳のうしろをかいてやる。


「ごめんな、心配かけて」

「ゥナォ……ゴロゴロ……」


 不満げな声を上げたシャノアだったが、すぐに喉を鳴らし始め、俺の手に顔を押しつける。


「あ、魔石が……」


 魔神の腕輪にはめられていたレッドドラゴンの魔石にヒビが入り、艶のあるきれいな黒色がくすんだグレーになっている。


 〈鑑定〉した結果、魔石内の魔力が空になっていた。

 どうやらこれで、ギリギリ間に合ったようだ。


 俺はとりあえず空になった魔石ごと、腕輪を〈収納〉した。


「ふぅ……にしてもどれくらい寝てたんだ?」


 シャノアに尋ねるように呟きつつ、スマホを取り出そうとしたが、すぐに思いとどまる。


「俺の扱いはどうなってる? 行方不明か……?」


 おそらくジンはあのあとダンジョンに帰り、俺とはぐれたことを伝えたはずだ。

 となれば、捜索隊が組まれた可能性は高い。


 地上だとほぼすべての地域で通信ができるスマホだが、ダンジョン内だとそうはいかない。

 なにせ基地局を建てても、モンスターに破壊されてしまうからな。


 ダンジョン内にはいくつものセーフエリアが設置され、ダンジョン入口とセーフエリア同士は通信が可能だ。

 だがダンジョンと地上とは隔絶された世界らしく、その境界線を越えられる通信手段はない。

 ケーブルを引っ張っても、なぜか途切れてしまうのだ。


 そしてセーフエリア外の通信だが、スマホ自体が電波のようなものを常に発信しているので、近づけばちょっとしたデータのやりとりや位置情報の確認くらいは可能だ。

 昔でいうBluetoothの広範囲版みたいなものだろうか。

 俺は最新機種を使っているので、半径100メートルくらいには電波が届く。


 ただし、〈収納〉から出していればの話だけど。

 〈収納〉内にあるスマホは、完全に外界とシャットアウトされてしまうので、一切の通信ができない。


「ここでスマホを出せば、居場所がバレるな」


 捜索願が出されていれば、地上にも捜索網が張られることになっている。

 そして日本全域が通信エリアなので、すぐに補足されてしまうだろう。


「いまは、身を潜めておいたほうがよさそうだ」


 俺が生きて帰ったと知れば、ジンは必ず口封じに動くはずだ。

 はっきりいってアイツに勝てる気はもちろん、逃げられる気もしない。


 なので当面は、行方不明を装うことにした。


「さて……」


 立ち上がり、家に上がる。

 居間の時計を見ると、0時少し前だった。


 2時間ほど、眠っていたのか。


「少しは、ましになったかな」


 さすが魔素の濃い日本だけあって、無理な姿勢とはいえ睡眠をとったことで、少しばかり疲れは取れていた。


「ふぅーっ……!」


 俺は大きく息を吐きながら、居間のソファにどっかりと座る。

 あとをついてきていたシャノアが、ぴょんと膝に飛び乗ってきた。

 いざ座ってみると、身体の芯が重いと感じた。


「さて、と」


 自分の手を見て、状態を〈鑑定〉する。


 寝る前にマナポーションを飲んだのと、眠ったおかげで、魔力は8割方回復していた。


「生命力が、減ってるな……」


 どうやら世界を越える〈帰還〉を使ったことで、足りない魔力を生命力で補ったようだ。


「ライフポーション……」


 ぼそりと呟いたあと、膝の上で丸まったシャノアを見て、小さく首を振る。


 護衛のマリアンさんに使ったライフポーションだが、まだ4分の1ほど残っていた。

 それを飲めば、ある程度生命力は回復するだろう。

 でもシャノアがあちらの世界で無事に過ごせる保証がないいま、緑の小瓶を空にするわけにはいかない。


 ――ぐぅぅううぅぅ……。


 盛大に腹が鳴る。

 トマスさんたちとの夕食を終えて、まだそれほど経っていないはずだ。

 それでもここまで腹が減るのは、〈健康〉スキルが生命力を回復させようとしているせいだろうか。


「なんにせよ、メシだ」


 そう思い立った俺は、シャノアの背中をポンポンと叩いた。

 そのまえにトイレに行っておきたかったのだ。


「……ニャ」


 すると彼は顔を上げ、短く鳴いた。

 そしてクンクンと鼻を動かしながら、こちらに顔を近づけてくる。


 いや、下りてほしいんだけどな。


「しょうがない……よっこせいせー」


 俺はシャノアを抱きかかえながら、立ち上がる。


 すると彼は、前足で軽く俺の身体を押して、拒絶の意を示した。

 シャノアはあまり、抱かれるのが好きではない。


「はいはい」


 抱えたまま身をかがめてやると、シャノアはぴょんと床に飛び降りた。


「ふぅ……」


 トイレから戻った俺は、ふたたび居間のソファに座る。

 シャノアは、水を飲んでいた。


 さて、なにを食うかな。

 さっきはトマスさんのところで、高級料理をいただいたことだし……。


「よし、ジャンク祭りだ」


 俺はローテーブルにトリプルチーズバーガーとフライドポテトL、ナゲット15個、ポテトパイ、そしてコーラLを取り出した。

 バーガー類はまだできたてのように温かく、コーラはキンキンに冷えている。


 これらはジンのために買っておいたものだ。

 あのヤロウ、もう2度とダンジョンで出来たてのバーガーを食えると思うなよ。


「じゃあ、いただきます」


 ひさびさに食べたファストフードは美味かった。

 これでも少し物足りなかったので、コンビニで買ったモンブランを追加し、コーヒーと一緒に楽しんだ。


 さぁ〈健康〉スキルよ、このカロリーを生命力に変えてくれたまえ!

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