第17話 現地人への相談

 俺は異世界の事情やここにいたる状況など、できるかぎり詳しく話した。

 情報を小出しにして、時間を無駄にしないためだ。


「なるほど、それは大変おつらい目に遭われましたなぁ」

「なんとも壮絶な……」

「本当に……」


 俺の話に、トマスさん、ギルダスさん、アイリスさんは三者三様の反応を示す。

 どれも、俺に対して同情的なものだった。


「しかしなるほど、アラタさんは黄昏たそがれたびびとなのですな」

「黄昏の旅人?」

「はい。トワイライトホールを越えてこの世界を訪れた人々を、我々はそう呼ぶのです」

「トワイライトホールがあるんですか? この世界にも?」

「ええ、ありますとも。ダンジョン内に、まれに現れるようですな」


 どうやらダンジョンのある世界には、共通して現れる現象のようだ。


「じゃあ、俺以外にも異世界人が?」

「現れるのは本当に稀なことですがね。それこそ数十年から100年にひとり、くらいの頻度ですな」


 ただ、発見されずに死んだ者、出自を偽って現地に溶け込んだ者もいるだろうから、正確な数はわからないと、トマスさんは補足した。


「失礼だがアラタ殿」


 トマスさんとの会話が途切れたところで、ギルダスさんが話しかけてくる。


「アラタ殿が最初に訪れた場所というのは、森の比較的浅い場所、ということで間違いはないだろうか?」

「ええ。都合半日ほど歩きましたけど、それほどの距離ではなかったと思います」


 ダンジョン探索で森を歩くのには慣れているが、それでも初めての場所だ。

 かなり警戒しながら進んだ。


「そのあたりに、人の死体がいくつもあったと?」

「ええ」

「それでか……」


 ギルダスさんが、苦い顔をする。


「それがなにか?」

「いや、オーガは本来、森のもっと奥のほうに棲息している魔物なのだ」


 どうやらこちらの世界では、モンスターを魔物と呼ぶらしい。

 そしてギルダスさんの言葉から、彼の言いたいことがわかった。


「オーガは人間の肉を好んで食べますもんね」

「そのとおりだ」


 ジンに追い込まれ、わけもわからず森の奥に進んだ人もいるだろう。

 なかには怪我の軽い人だって。

 そういう人たちが、オーガを誘い出してしまったのかも知れない。


「すみません、うちの世界の者が迷惑をかけたようで」

「いや、アラタ殿が謝ることではない。あなたも被害者のようだし、悪いのはそのジンとかいう者だろう」

「そうですよ、アラタさまは悪くありません! オーガを倒して私たちを、なによりマリアンを助けてくださったのですから!」


 アイリスさんが、ギルダスさんに力強く同意する。


「そう言ってくれると、助かります」


 俺がそう言うと、3人は優しく微笑んでくれた。


「それはそうと、アラタさまは黄昏の旅人なのですよね?」


 ふと、アイリスさんが尋ねてくる。


「どうやらそうらしいね」

「なら、どうしてこうやって普通に話せているのでしょう? 黄昏の旅人は、いつも意思疎通で苦労すると聞いているのですが」


 そこでようやく俺も思い至る。

 異世界で問題なく言葉が通じていることに。


「俺は〈翻訳〉スキルを持ってますから」


 まぁ、それが答えなんだけど。

 だがアイリスさんは、まだ納得がいかないようだ。


「もちろん、黄昏の旅人に〈翻訳〉を習得していただくことはあるのですが、それでも普通に会話ができるまでには1年以上かかると聞いていますよ?」

「それは俺が〈翻訳〉を使い慣れているからでしょうね。いろんな言語を翻訳する仕事を、長く続けてますから」

「なるほど」


 それでどうやらアイリスさんは納得してくれたようだ。


 まさか図書館の仕事が、こんなところで役に立つなんてな。


「それにしてもたったひとりでオーガを倒すとは、かなりの手練れなのだな、アラタ殿は」


 ギルダスさんが感心したように言う。


 たしかにオーガは強い。


 ジンのパーティーは、タカシも含めて全員がCランク以上の冒険者で構成されているが、彼らが束になっても苦戦する相手だ。


 たとえ野良でもそこそこ上級の冒険者に依頼が出されるモンスターで、ダンジョン産の武器なしで倒すならロケットランチャーくらいは必要だろう。


「運がよかっただけですよ」


 俺が勝てたのは、この世界の魔素が薄く、銃撃が有効だったからだ。

 あとは、タカシにもらったサバイバルナイフと、タツヨシが落としたダガーナイフが決め手となった。


 本当に、運がよかった。


「運だけで勝てる相手ではないだろう。アレをひとりで倒すとなると、よほど剣の腕がいいか、強力な魔法を使えるかだと思うが」

「これが効いたのでね」


 そう言って俺は、リボルバーを取り出した。

 実際に使ったのはショットガンと自動小銃だが、さすがにここで出すには大仰すぎた。


「なるほど、銃ですか」


 それを見て、トマスさんが呟く。


「この世界にも銃があるんですか?」

「もちろんありますとも。それほど洗練されたものは見たことがありませんが、100年以上前から使われていて……ああ、そうだ」


 トマスさんは、ふとなにかを思い出すように手を打つ。


「たしか銃は、黄昏の旅人より伝わったと聞いておりますな」

「なるほど」


 そのころにはまだ地球にダンジョンはなかったはずだけど……まぁ、その黄昏の旅人が俺と同じ地球から来たとは限らないか。


「なるほど、アラタ殿は【銃士】だったのですな」


 銃士っていうのは、銃を使う人のことだろうか。

 なら、そういうことになるのかな。


「そうなりますかね」


 いや、そんなことよりもだ。


「そろそろ本題に入らせていただいても?」

「ええ、もちろん」


 ある程度俺の事情を知ってもらったところで、今度はシャノアのことや、一刻も早く地球に帰りたいことを伝えた。


「そういうことならネコチャンのためにも、早く帰ってあげないといけませんね!」


 シャノアの事情については、特にアイリスさんが同情してくれた。


「ふむ、私どもとしても協力はしたいのですが、なにかアテがありますかな?」

「俺は〈帰還〉が使えます」

「なるほど、ホームポイントにあちらの世界を登録したままだと」

「ええ、なので、なんというか、こう……スキルの力を高めるような魔道具があればと考えているんですが」

「ふむふむ、魔道具ですか」


 どうやらこちらの世界にも、魔道具はあるようだ。

 実際この馬車も、魔道具みたいなもんだからな。


「そういうことならば、あれが使えるかも知れませんな」


 どうやらトマスさんには心当たりがあるようだ。


 もしかすると、本当に帰れるかも知れないぞ、これは!

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