第16話 ウォーレン商会のトマス
「いやぁ、このたびは本当にありがとうございました」
恰幅のいい中年男性が、明るい口調でそう言って頭を下げる。
この人はアイリスさんの父親トマスさんで、馬車の中で頭を打って気絶していたらしい。
一応ヒールポーションを飲ませたあと、何回か揺すったら目を覚ました。
トマスさんはウォーレン商会という商会の会長さんらしい。
その商会の規模がわからないが、居住まいからそれなりの地位にある人だとわかる。
歳は俺とたいしてかわらない。
「部下をお助けいただき、ありがとうございます」
その隣で、厳つい年配の男性が頭を下げる。
この人はギルダスさんといい、トマスさんの護衛を率いる隊長さんだ。
俺より少し年上の、マッチョさんだった。
俺たちはいま、例の馬車に乗って移動している。
一応〈振動軽減〉などが施されているようで、ちょっとした悪路を走る自動車くらいの揺れですんでいる。
「それにしてもアラタ殿は腕のいい回復魔法の使い手なのかな?」
「まさか。ヒールポーションですよ」
「ポーションであれだけの怪我を? 我ながらかなり酷かったと思うのだが……」
「まぁ、あれくらいなら問題ないと思いますけど」
たとえ瀕死の重傷だとしても、ヒールポーションを1本使えばほぼ完治できる。
それだけの回復力が、ポーションにはあるのだ。
もちろん、それだけの大けがを一気に治せば、生命力を使い果たして死んでしまうが。
「ギルダスさんは、生命力がかなり多いみたいなので、遠慮なくポーションを使えましたよ」
「はっはっはっ! 健康だけが取り柄ですからな」
彼はそう言って、自慢げに胸を叩いた。
ちなみに亡くなった他の隊員さんだが、遺体はトマスさんが〈収納〉した。
商人なら、持っていて当たり前のスキルらしい。
隊員の死に対してふたりは哀悼の意を示したものの、すぐに切り替えて行動を再開した。
俺も冒険者として何度も死を目にしているので、なんとなくその気持ちはわかった。
モンスターのいる世界だと、人は案外あっさり死ぬのだ。
アイリスさんは生き残ったマリアンさんの看病をしていたが、いつのまにかその隣で眠ってしまった。
オーガに襲われているあいだ、父親を守るべくずっと気を張って、疲れていたのだろう。
「キミの怪我が大したことなかったんじゃないかね?」
「いやぁ、どうでしょう? オーガに5発まで殴られたことは覚えているのですが……」
このおっさん、オーガに5発以上殴られて生き延びたのか。
すごいな。
「じゃあ全身の骨が折れていてもおかしくないねぇ」
トマスさんはそう言うと、俺のほうを見た、
「失礼ですがアラタさん。ギルダスに使ったポーションは、まだお持ちですかな?」
「ええ」
俺はヒールポーションを取り出し、トマスさんに手渡す。
「ほう、これは……」
青い小瓶を観察しながら、彼は感嘆の声をあげる。
商人と言うからには、〈鑑定〉を持っているのだろう。
「ここまで高品質なヒールポーションは見たことがありませんなぁ」
「高品質、ですか」
ポーション類に品質はない。
ダンジョン産の素材で作れば、ちゃんとしたものができるらしい。
さすがに製造過程まではしらないが、〈調薬〉スキルとかそういうので作っているのだろう。
「高濃度、と言い換えたほうがいいかもしれませんな」
「なるほど」
さっきも言ったとおり、ポーションの回復力は高い。
生命力を考慮しなければ、ひと瓶で大抵の怪我や病気を治してしまうのだ。
なので冒険者の中には、水で薄めて使う者もいるくらいだ。
「ありがとうございました」
「ああ、いえ」
トマスさんはそう言って、瓶を返してきた。
疑問に思うことはあるだろうに、あえて追及しないのは、助けられた恩からだろうか。
「ああ、そうそう。助けていただいたお礼をしたいのですが」
「お礼ですか」
「はい。本格的なお礼は町に戻ってからとして、ひとまずこの馬車にあるものでしたらなんでもお持ち帰りください」
馬車の中には、かなりの木箱が積まれていた。
これらはすべて、彼の扱う商品なのだろう。
「じゃあ全部ください」
「ええ、いいですよ」
「えっ、いいんですか!?」
「はい、もちろん」
冗談のつもりだったんだけどな……。
「すみません、冗談です。さすがにこれだけのものを全部というのは……」
「おや、オーガの死骸を〈収納〉できるくらいですから、問題なさそうですがなぁ」
「それは……」
戸惑う俺を見ながら、トマスさんはニコニコ笑っている。
対してギルダスさんは、おろおろしていた。
さっきのやりとりで、俺以上にリアクションしていたからな、この人。
しかし馬車の荷物を全部やるといいながら平然としているトマスさん、ただ者じゃないな。
まぁ貴重な商品は〈収納〉しているんだろうけど。
さて、どうしたものかと視線を巡らせていると、ふたの開いた木箱が目に入る。
そこには、丸いガラス玉のようなものが詰め込まれていた。
「ちょ、これ、もしかしてスキルオーブですか!?」
「はい、そうですが」
木箱には、スキルオーブが100個以上詰め込まれている。
いくらギアの登場で価値が下がったといっても、100万を切るものはない。
つまりこの木箱ひとつだけで、少なく見積もっても1億。
ざっと〈鑑定〉したところ、かなり有用なスキルもあったので、へたすると100億以上の価値があるぞ、これ。
「あの、全部って、このスキルオーブも含めてですか?」
「もちろん。その段はすべてスキルオーブですな」
「はい?」
同じ大きさの木箱が、5段積まれている。
これだけで数百から数千億の価値があるってことだよ?
「スキルオーブを、いただけるので……?」
「はぁ、ご要望とあらばお譲りしますが、そんなものでよろしいのですかな?」
「そんなもの……?」
「ふむ……」
驚く俺を見て、トマスさんは小さく頷くと、表情をあらため居住まいを正した。
「アラタさん、どうやらあなたは、特別な事情をお持ちのようだ」
俺が反応しないのを見て、トマスさんは続ける。
「私どもはあなたに命を救われました。なのでアラタさんの不利益になるようなことはしない、と誓いましょう。事情があるならお聞かせください。できうる限りお力になる、とお約束いたします」
トマスさんはそう言って、俺をじっと見据えた。
「でしたら私も、同じく誓いましょう。私自身と部下ひとりの命、そして死んだ部下たちを弔う機会をくださったのですから」
トマスさんに続いて、ギルダスさんも宣言した。
「あの、でしたらわたしも……」
ふと目を向けると、いつの間に目を覚ましたのか、アイリスさんも身体を起こしてこちらを見ていた。
「出会ったばかりの我々を信じろというのは難しいかも知れませんが……」
「いえ、話します」
俺はトマスさんの言葉を遮るように、そう言った。
もとより彼らには助力を仰ぐつもりだった。
だから、躊躇なくポーションを見せたのだ。
本来なら、もう少し警戒すべきなのだろう。
だが俺には時間がない。
シャノアのためにも、一刻も早く帰らなければいけないのだ。
なら、危険を承知で現地の人の協力を得るべきだろう。
なに、多少の危険は銃でなんとかなる。
ショットガンにも弾を込め直し、自動小銃のマガジンも満タンだ。
その気になれば森を出たところにはいつでも〈帰還〉できる。
最悪、なにかあればそこからやり直して、別の人を探せばいい。
そんなわけで、俺は覚悟を決めた。
「実は俺、異世界人なんです」
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