第9話 ジンとの出会い

 翌日は、休みにした。

 明日はジンのパーティーとダンジョン探索だ。


 いくら〈健康〉で疲れがすぐに回復するといっても、休みは必要だった。


「ニャァ」


 居間のソファに寝転がっていると、シャノアが腹の上に乗ってきたので、撫でてやる。


「ジンのやつ、変わっちまったなぁ」


 艶のあるなめらかな毛並みを手のひらに感じながら、俺は昔のことを思い出していた。



 ジンとの出会いは3年ほど前、彼がまだ15歳のときだった。


 俺はときおり、新人の教育係をやることがあった。

 長く冒険者を続け、いろんなパーティーについて様々なダンジョンへ潜ったことのある俺は、適任なのだろう。


 引率としてダンジョンに潜る場合は、ギルドから剣と盾が貸し出される。

 そのため俺は、それらを使ってそこそこ戦えたりするのだ。


 とはいえ、基本的には新人に戦闘をまかせ、俺はいざというときだけ介入するというかたちではあるのだが。

 そしてこの剣と盾が役に立ったことは、ほとんどなかった。


「オレ、アラタさんみたいな立派な冒険者になりたいッス!」


 当時のジンは、目をキラキラさせてそう言っていた。


 少しやんちゃなところはあるが、かわいげのある少年だった。


 そんな彼が変わったのは、やはりあの〈疾風剣〉のスキルを得たせいだろう。


 ある日ふたりで探索をしていると、宝箱を見つけた。

 そこから出てきたのが〈疾風剣〉のスキルオーブだった。


「なんかかっけースキルっすね! アラタさんが覚えるんッスか?」


 ジンの問いかけに、俺は首を横に振った。


「いや、俺じゃあキャパが足りないな」


 すべての人が、好き放題にスキルを習得できるわけではない。

 スキルを習得するには、それを受け入れるだけの器が必要だった。


 その器の大きさを、キャパシティと呼んだ。


 キャパシティは人それぞれだ。

 生まれ持って大きい者もいれば、成長の過程で大きくなる者もいる。


 どうやればキャパシティを拡げられるかは、まだわかっていない。


 なのでキャパシティの大きさは、運任せなところがあった。


 そして俺は、ベーシックパックプラスでほぼキャパティが一杯になっていた。

 俺がスキルを追加できないのは、金のせいもあるが、このキャパシティによるところも大きい。


 手に入れた〈疾風剣〉は、かなり大きなキャパシティを必用とするものだった。


「そうだな……」


 俺は〈疾風剣〉のスキルオーブとジンを交互に見る。


「これはジンが使うといいよ」


 〈鑑定〉の結果、ジンならこの〈疾風剣〉を使えるだけのキャパシティがあることがわかった。


「えっ、いいんッスか!? スキルオーブなんて、売ったら大金持ちじゃないッスか」

「バカ言え。このレベルのスキルを覚えりゃ、元なんてすぐ取れるよ」

「まじッスか!? そんなすげースキルなんッスか!」


 そうやってジンが習得した〈疾風剣〉は、とんでもない威力を持っていた。


「おらぁっ!」


 ジンがロングソードを一閃する。

 スキルの影響か、構えも、動きも見違えていた。


 それ以上にすごいのは、その剣閃から飛ばされた風の刃だった。


「フゴッ……」


 数メートル先にいたオークが、両断された。


 オークはかなり頑丈なモンスターだ。

 野良だと大口径のライフルや、スラッグ弾を込めたショットガンが必要になる。


 ダンジョンのオークはさらに頑丈だが、ジンの〈疾風剣〉は、それをあっさりと斬り裂いた。


「はははっ! すげぇっ!! これさえありゃ怖いもんなしだ!」


 ほどなくジンは、俺の手を離れて独り立ちした。



 ジンと再会したのは、1年ほど前だった。

 あいつがわざわざ、俺を指名して荷運びに雇ってくれたのだ。


「よう、おっさん。久しぶりじゃねーか」

「おう、久しぶり」


 久々にあったジンは、見違えるように成長していた。


 どちらかといえば線の細い、小柄な少年だったジンは、俺よりも頭ひとつ大きく、体格もがっしりしていた。


 髪は金色に染め上げていて、首元や手の甲にはタトゥーが見える。

 ファッションの可能性もあるが、タトゥーによって恒常的に能力を上げられるスキルもあるというので、おそらくそれだろう。


 再会するなりおっさん呼ばわりされたのは面食らったが、まぁおっさんであることに変わりはないので気にしないことにした。


「おっさん、まだDランクなんだってな」

「おう、安全第一でやってるからな」


 冒険者ランクの最低はFなので、俺はそのふたつ上というわけだ。


 一応Fの下にGもあるが、それはあくまで見習い用のランクであり、半年活動を続ければ自動的にランクアップする。

 もちろん活動実績次第でそれより早くランクアップできるので、1~2ヵ月でみんなFになる者が多い。


「オレはもうBランクだぜ」

「おお、すごいな」


 そう言って胸を張るジンに、素直に感心した。

 2年そこらでBランクとなるとは、そうとう危険な活動を続けたに違いない。


「さっきも言ったが、俺は安全第一でやってるからな。もし危険があるなら、この依頼は受けられれんよ?」


 俺がそう言うと、ジンはきょとんとしたあと、大笑いを始めた。


「くくく……ったく、安全第一とか、相変わらずダセェこと言ってんな、おっさんはよ」


 笑いが落ち着いたところで、ジンは小馬鹿にするようにそう言った。


 まぁ、そのあたりの感覚は、若い子にはわからんだろうと思い、俺も苦笑する。


「わぁったわぁった。おっさんの安全は保証してやっから、雑用たのむわ」


 そんな経緯もあって、俺はジンのパーティーで荷運びをやるようになった。


 その気になればダンジョン産の武器を買って、もっと本格的に探索はできるだろう。


 だが俺は、シャノアのためにも死ぬわけにはいかない。


 だから俺は比較的浅い場所にしかいかいない教育係や、地上の依頼を中心に活動しているのだ。


「それじゃ、よろしくな、ジン」


 しっかりと俺を守ってくれるというなら、荷運びをやることも問題はなかった。


 ジンはかなり深い部分を探索するため、報酬はかなりよかった。

 おかげでこの1年、かなり生活に余裕が出たので、銃を買い換えたり、種類を増やしたりして、地上の依頼での実入りもよくなった。


 ただ、ジンの評判はあまりよくなかった。

 何ヶ月か前にランクアップしてから、さらにヒドくなったような気がする。


 横暴な態度が目に余ると、俺に文句を言ってくる者もいた。

 俺もできる限りは注意したが、なんといってもこちらはDランクで、いまやあちらはAランクだ。


 なかなか聞く耳は持ってくれない。


「根はいいヤツだと思うんだがなぁ……」

「ニャォン」


 腹に乗ったシャノアを撫でながら、俺はそのままうたた寝をするのだった。

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