第8話 ギルドへの報告

 図書館を出るころには、少し日が傾き始めていた。


 俺は〈帰還〉を使ってギルドに転移し、そのまま受付のほうへ向かう。


 依頼達成の報告はスマホでもできるが、収納した野良モンスターの納品は窓口へ来なければならないからな。


「ほ、本当に、すんませんでした……!」


 ギルドに入ると、待合室からそんな声が聞こえた。


「あれは、ジン?」


 待合室の椅子にふんぞり返るジンの前で、だれかが土下座をしていた。


「それに、タツヨシか?」


 土下座をしていたのは、昨日マツ薬局をクビになったタツヨシだった。


「あっ!」


 俺の声が聞こえたのか、タツヨシが頭を上げてこちらを見た。


「ジンさん、あいつです! あいつのせいでライフポーションが……!」

「あぁ?」


 タツヨシの言葉に、ジンは俺を見て不機嫌そうな声をあげた。

 どうやら昨日のライフポーションはジンに横流しするつもりだったようだ。


「おいおっさん、なんでギルドにいんだ? 探索はあさってだぞ?」


 ジンがふんぞり返ったまま、俺に尋ねてくる。


「いや、荷運びだけでやっていけるほど稼げんからな。探索がない日は地上の依頼を受けてるんだよ」

「へぇ、そうかい」


 ジンはそう言うと立ち上がり、俺のもとに歩み寄ってくる。


「ま、んなこたどうでもいいからよ、とりあえず出せや」

「ん?」


 ジンがなにかを要求するように手を出してきたが、よくわからずクビを傾げた。


「おっさん、さっさと出せや」

「出せって、なにをだ?」

「ライフポーションだよ。おっさんが持っててもしょーがねーだろ? だったらオレが有効に使ってやんよ」


 ジンはそう言いながら、馬鹿にしたような笑みを浮かべてきた。

 なんというかこいつも、残念なヤツになっちまったなぁ……。


「悪いな、もう使ったよ」

「はぁ? 昨日の今日でなんに使うんだよ」

「ジンさん! こいつ、猫にライフポーション使ってんですよ!」


 そこへ、タツヨシが割り込んでくる。


「はぁ!? 猫に? なに考えてんだおっさん!」

「いや、なにをどう使おうと俺の勝手だろう。俺が買ったんだから」


 俺の言葉に、ふたりは心底呆れた様子だった。

 まぁ、実際ライフポーションはほとんど使ってないんだが、残ってると知ったらなにを言われるかわからないので、もう使い切ったことにしておいた。


「ちっ……クソが」

「もういいか? 納品があるから」


 俺がそう言っていこうとすると、ジンはまたも馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「はんっ、情けねーなぁ。オレみてーな若造にこき使われるだけじゃなく、休み返上で働くなんてよ。しかも地上のしょーもない依頼とか、笑えるぜ」

「ま、生きていくためにはしょうがないのさ。ただ、そうだな……」


 俺はそこで言葉を句切り、ジンと向き合う。


「ジン、いつもありがとな」


 そう言ってポンと彼の腕を軽く叩いた。


「は?」


 言われたジンは、なにがなんだかわからない、というような様子だ。


「いや、なんだかんだでジンの依頼が一番実入りがいいんだよ」


 A級冒険者であるジンの探索は危険も伴うが、そのぶん報酬も大きい。

 荷運びの報酬は探索の期間や場所の危険に応じて、ギルドの決めた報酬が支払われるのだ。


 ジンの依頼がなければ、俺はもっとカツカツの生活をしていただろう。


「なんだよ、それ」


 俺の言葉に、ジンは不満そうだった。


「てめぇ、悔しくねぇのかよ!?」

「なにがだ?」

「自分が面倒見たガキに追い越されて、雑用やらされてんのがだよ!」

「すまん、なにが悔しいのかよくわからんが、ジンの教育係になれたのはラッキーだったと思ってるよ」


 15歳で冒険者になったばかりのジンに、冒険者のイロハを教えたのは俺だ。

 だからこそ出世したいまも彼は俺を荷運びとして雇ってくれているのだろう。


 これは本当に俺としてはいい縁だと思っているし、ジンのほうも恩返しのつもりだと思っていたのだが。


「ちっ……!」


 なにが気に食わないのか、ジンは舌打ちを残して去っていった。


「ジンさん、待ってくださいよー」


 そのあとを、タツヨシは慌てて追いかけていった。


「なんだ、ありゃ?」


 なんだか妙な事態に巻き込まれた気はするが、俺は気にせず受付に向かった。


「これはアラタさん、いつもありがとうございます」


 受付担当の女性が、丁寧にあいさつをくれた。


「それじゃ、これ」

「はい」


 俺が冒険者カードを渡すと、彼女はそれを専用端末にかざした。


「今日もたくさん野良を狩ってくれたんですね。ありがとうございます」

「まぁ、仕事ですから」


 冒険者カードには倒した相手の情報が自動的に記録されている。

 それを端末で読み取ったのだ。


「野良の納品をしたいんだけど、いいですかね?」

「はい、ではいつものように、納品カウンターへお願いします」


 納品カウンターには、一抱えほどのケースがいくつか並んでいた。

 それらすべてが収納ギアであり、〈収納〉スキルやポーチから直接ものを移動できるようになっていた。


 俺は今日の依頼で倒した野良モンスターを移していく。


 この納品箱は、ポーチと違って野良モンスターも収納可能だ。

 ただその性能を持たせるため、いまのところ据え置きタイプのものしか存在しない。


 これが携行可能になったら、〈収納〉スキルの価値はさらに下がるんだろうなぁ。


 なんてことを考えているうちに、納品が終わった。

 あとはギルド側で査定されたうえで、報酬が振り込まれるという仕組みだ。


「終わりました」

「本当に、いつもいつもありがとうございますね」


 受付担当から、あらためて礼を言われた。


 地上の依頼は実入りが少ないので、人気がないのだ。

 野良モンスターには銃が有効なため、住人の有志が集まって駆除をすることもあるが、やはり専門家である冒険者に受けてもらうのが安心なのだろう。


「それと、こちら前回の魔石です」


 受付担当はそう言うと、カウンターに小箱を置いた。

 その中には、前回の地上依頼で得た魔石が入っている。

 俺は地上の依頼を受ける際、毎回こうして魔石だけは自分で受け取っていた。


 そもそも魔素含有量の低い野良モンスターは、宿している魔石も小さいので、そこまで需要はない。

 それでもうちの水道光熱費を賄えるだけの量にはなるので、こうして受け取っているのだった。


「それではアラタさん、またお願いしますね」

「ええ、こちらこそ引き続きよろしくお願いします」


 用を済ませて冒険者ギルドを出た俺は、家に〈帰還〉した。

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