第5話 シャノア

 玄関に転移した俺は、靴を脱いで家に上がった。


「ニャア」


 奥から、黒猫が現れた。

 飼い猫のシャノアだ。


「ただいま、シャノア」


 ダンジョン発生の混乱で家族を失った俺にとって、こいつは唯一残された家族だ。


「待ってろよ、新しいポーション買ってきたからな」

「ウニャァアア」


 足下にまとわりついてくるシャノアを蹴飛ばさないように注意しながら歩く。


 居間に入った俺は、浄水器内を循環するシャノアの飲み水に、ライフポーションを一滴垂らした。


「これでひと安心だな」


 シャノアは魔素不全症という病気にかかっていた。



 魔素が世界に溢れたことで、人類を始め地球上の生物がそれに適応した。


 そのことで、人には新たに魔力という力に目覚めた。


 魔力は、スキルや魔法を使うための力だ。


 ちなみに魔法とは、スキルの一種である。

 ただ、魔法系スキルは『魔法』と呼ばれ、それ以外のものは『スキル』と呼ばれている。


 そのほうがなんとなくわかりやすいからだ。


 魔素に適応したことで、人々や他の生物は魔力を得た。

 ただ、適応できない者もいた。


 別名魔素アレルギーとも呼ばれるこの病気は、魔素を異物と判断した脳が身体から無理やり魔素を排出してしまう、という症状を引き起こす。


 魔素が排出されると、魔力が消費される。


 そして消費された魔力を回復するために、生命力を消耗する。


 生命力を失った生物は、死に至る。


 この魔力不全を治療するには、魔素濃度の低い場所でゆっくりと時間をかけて魔素を身体にならしてやる必要があった。


 だが専用の治療施設は使用料が高いうえ、いまのところ動物は使用できない。


 そこで対症療法として、ライフポーションを飲ませて消耗した生命力を補う必要があった。


 1本100万円のライフポーションを、およそ2ヶ月で消費してしまう。


 俺の収入の大半は、シャノアのためのポーション代に消えていた。

 そのため、俺は新しい武器も、スキルも買えず、底辺を彷徨っているというわけだ。


 だが、シャノアを見殺しにするという選択肢はない。

 というか、彼を助けるために、俺は冒険者になったのだ。

 全財産をはたいたうえに借金までしてスキルセットを買ったおかげで、当初はそれなりに稼げた。


 すぐにスキルの価値が下がり、収入は減ったが、借金を返し終わったあとだったのは幸運だったと言えるだろう。


 その後も途切れることなくポーションを買い続けられるだけの収入はあるので、これ以上望むのは贅沢というものだ。


 もう十数年生きているシャノアの老い先は、それほど長くない。


 ならば、彼の最期を看取るまでは、いまの生活を続けようと思う。


「ニャア」


 ぴちゃぴちゃと音を立てて水を飲んだあと、ひげを濡らしてかわいく鳴くシャノアを見て、俺は決意を新たにした。


○●○●


「そうだ、魔石を補充しとかないとな」


 風呂に入り、夕食を終えたところで、ふと思い出して呟く。


「ニャウ」


 返事をするように鳴くシャノアの頭を撫でたあと、俺は裏口から外に出た。


 家の裏、その一角に、四角い箱のような機械が設置されている。


 魔力発生機だ。


 ダンジョンの出現により、送電網や有線通信網が寸断された。

 復旧作業をしたところで、いつどこに現れるかわからないダンジョンや、野良モンスターの手で台無しになってしまう。


 そのため、混乱初期は太陽光発電や蓄電池、電気自動車、家庭用発電機が、主なエネルギー源となった。


 ダンジョン発生にともなう人口の減少で、家庭用の電力は最低限以下ではあるが、ゼロにはならなかった。

 企業向けの電源については、各企業がいろいろがんばってなんとかなったりならなかったりしたそうだが、詳しいところは俺もよくわからない。


 とにかく、エネルギー問題は、早急に解決しなくてはならなかった。


 そんななか、ある研究所が魔法に目をつけた。


 〈火魔法〉〈風魔法〉〈土魔法〉などがあるなか、〈雷魔法〉というものもあった。

 つまり、魔力から電気が作れるのではないかと考えたのだ。


 それから官民一体となって魔法と科学の研究がなされた。


 そして魔石から抽出した魔力を電力に変換できる装置が完成した。


 魔力発電機と名付けられたそれは、魔石を入れれば電気が生まれるうえ、構造自体は簡単なので量産もできた。

 そこで各家庭に1台は置かれるようになった。


 ちなみにこうやって魔法と科学を組み合わせた技術は、錬金術と呼ばれるようになった。

 当時の官僚に、アニメ脳の持ち主でもいたのだろう。


 ついでに言っておくと、医療用の錬金術は錬丹術と呼ばれる。

 ポーション類を作る技術だ。


 そうやって生まれた魔力発電機だが、なんといっても効率が悪かった。

 そこで各企業は、魔力発電機の改良ではなく、電化製品の改良に乗り出した。


 ようは、魔力で動く機械を作ろうというわけだ。


 その結果できあがったものは、魔道具と呼ばれた。


 魔道具の登場によって、日本は失われた文明を一気に取り戻した。


 ほどなく魔素と電波を融合した無線通信網も開発され、かつてのようにスマホも使えるようになった。


 それどころか、スキルの研究がすすんだおかげで、ある面での文明は飛躍的に進歩を遂げたと言っていいのかもしれない。


「よいせっと」


 俺は魔力発電機のフタを開け、魔石を放り込んでいく。

 電池のように規格をあわせる必要はなく、様々な大きさの魔石を入れるだけでいいのはありがたい。


「これなら半月はもつかな」


 魔力発生機のエネルギー残量を見て、呟く。


 この魔力発生機に使う魔石代が、ダンジョン発生以前でいうところの水道光熱費にあたるといっていい。


 そう、電気やガスの代替だけでなく、水もまた魔力によって生成されていた。


 当初は純水、すなわち不純物のないH2Oしか作り出せず、飲み水はスーパーやドラッグストアで購入する必要があった。


 だがそこは食にこだわる日本人。


 錬金術の研究を進めた結果、各種ミネラルを含むそこそこ美味い軟水を生成できるに至った。


 まぁ飲料水に関しては名水を産出するダンジョンもあるので、いまだに各所で販売はされているが。


「さて、明日に備えてそろそろ休むか」


 魔石の投入を終えた俺は家に戻り、シャノアをひとしきり愛でたあと、眠りについた。

 

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