第6話 地上のお仕事

 翌日、朝食を終えた俺は、スマホで冒険者アプリを開いて閲覧していた。


「ゥナォン……」


 喉を鳴らしながらまとわりついてくるシャノアの顎を撫でながら、依頼ページを見る。


「これと、これ……あと、これも受けとくか」


 スマホがあるのだから、ギルドの依頼だってアプリから受注できる。


「ンニャァ」


 いくつかの依頼を受けた俺は、シャノアに見送られて家を出た。



 〈収納〉からスクーターを取り出し、移動する。

 これも動力は魔石だ。

 電動スクーターのように、静かに走る。


「えっと、このへんかな?」


 スクーターを停めてスマホを出し、依頼内容を確認。

 目の前には、廃墟があった。


 このあたりは田舎ながらもそれなりに人口のいた街だったが、ダンジョン発生の混乱で住人が激減した。

 ダンジョンから溢れたモンスターに殺された人、家族を失って家を離れた人など、理由はさまざまだ。


 とにかく、人口が減ったせいで空き家が増え、それらが時を経て廃墟となった。


 依頼人は佐藤さん。

 廃墟となった旧田中家のご近所さんだ。


 佐藤さんいわく、旧田中宅から不穏な物音や気配がするので調査してほしい、という要望が、市役所を経て冒険者ギルドへ流れてきた。


 スクーターにまたがったまま、スマホを取り出した俺は、索敵アプリを起動した。


 これは〈気配探知〉〈熱源探知〉〈魔力探知〉〈敵意探知〉などのスキルを組み合わせ、周囲に敵がいないかを確認できるものだ。

 冒険者必携のアプリといえるだろう。


 その効果はスマホのスペックに左右されるので、俺は毎年最新のものを買うようにしている。


「いるな……家の中か」


 雑草が生い茂る庭の向こうに、ボロボロの家屋が見えた。

 そのあたりに、いくつかの反応があった。


「よし、じゃあ今日も1日、ご安全に」


 俺はひとり呟くと、スクーターを〈収納〉し、念のため拳銃を取り出した。

 今日の得物は9ミリのオートマティック拳銃だ。


 庭には腰の高さほどに成長した雑草が生い茂っている。

 それをかき分けながら、玄関の前まで移動した。

 そこで、玄関引き戸の戸車に、取り出した潤滑油を差す。


 少し時間を置き、慎重に戸を動かすと、最初こそ引っかかりがあったものの、引き戸はあまり音を立てずに開いた。


「(おじゃまします)」


 玄関に足を踏み入れた俺は、拳銃を構え直しつつあらためてスマホを確認する。


 それほど威力の高くない9ミリ拳銃を使うのには、いくつか理由があった。


 ひとつには、こうやって片手でスマホを見ながら扱えることがあげられる。

 最近はゴーグル式の拡張モニターも販売されているが、正直高すぎて手が出ないので、俺はいまなお古きよきディスプレイ目視タイプだ。


 一応44口径でも扱えるのだが、片手だとどうしても精密さに欠けてしまう。


 足音に気をつけながら、家の中を歩く。

 キッチンと思われる場所に、反応がふたつあった。


 索敵アプリには、ゴブリンと表示されている。

 ある程度近づくことで、相手の魔力パターンから敵の詳細がわかるのだ。


 どうやらこの旧田中宅は、ゴブリンの住処になってしまったらしい。

 放っておけばご近所の佐藤さんも危険にさらされるので、早い内に市役所へ相談したのは賢明な判断だ。


「グギギッ」

「ゴギャゴギャ」


 ゴブリンの声が聞こえる。


 半壊したキッチンのドアは開け放たれているので、あと数歩進めば遭遇するだろう。


「すぅ……ふぅー……」


 俺は小さく深呼吸し、大きく踏み出した。


 ――バスッ! バスッ!


「ギャッ!?」

「ゲギッ……」


 比較的静かな銃声のあと、ゴブリンが短い悲鳴とともに倒れた。

 それぞれ眉間と側頭を撃ち抜いておいた。


 俺が9ミリ拳銃を使う理由のふたつめが、この静音性だった。


 サプレッサーなどはつけていない。

 拳銃自体に〈遮音〉の効果が刻まれているのだ。

 この〈遮音〉だが、完全に音を遮断できるものではない。

 元の音量が大きければ、そのぶん効果は低くなるので、住宅街で使うには9ミリが限界だった。

 あまりうるさくするとクレームが入り、査定に響くのだ。


「うん、いいね」


 傷の少ないゴブリンの死骸を見て、俺は少し満足げに呟いた。


 俺が9ミリ拳銃を使う理由の3つめが、この傷の少なさと小ささだった。


 散弾銃を使えばもっと安全かつ確実に仕留められるが、多くの傷がついてしまう。

 頑丈なゴブリンの皮は、安価な革製品の素材としてそれなりの需要がある。

 他のモンスターにしても、それぞれ使い道はあるので、傷は少ないほうがいいのだ。


「さて、と」


 俺は倒れたゴブリンを〈収納〉する。

 死骸はそのまま、ギルドが買い取ってくれるので、放置するという選択肢はない。


「それにしても……」


 スキルの収納量が随分増えたものだと我が事ながら感心した。

 習得当初はバックパックひとつぶんくらいの収納量しかなかったのだが、いまや自分でも限界が把握できないほどだ。


 それに、気づけば収納物の劣化もしなくなった。


 スキルは使えば使うほど効果が高まると言われているが、まさにそのとおりだった。


「さて、残りも片付けてしまうか」


 俺はその後も旧田中宅に住み着いたゴブリンを倒し、佐藤さん始めご近所さんの平穏な生活を維持することに貢献したのだった。

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