第4話 銃の役割

 ベーシックパックのひとつ〈帰還〉はその名の通り帰るためのスキルだ。

 設定したホームポイントへ、一瞬で転移できる。


 スキルを習得した直後はひとつしかホームポイントを設定できなかった。

 だが使っているうちにスキルが成長し、いまはふたつ設定できるので、家とギルドをホームポイントにしていた。


 非常に便利な転移スキルだが、これも転移ギアの登場によって価値はさがってしまった。


 ただ、いまのところ転移ギアは使い捨ての少し高価なものしかないため、まだそれなりに重宝はされている。


「あー、買い物しそびれたな」


 店を出て、思わず呟く。


 猫以外の家族を失った俺は、独り言が増えていた。

 家の中では猫に話しかけているつもりだが、会話が成り立つわけでもないのでほぼ独り言みたいなものだ。


 本来はマツ薬局で必用な物を買いそろえて、〈帰還〉で帰るつもりだった。


「ま、たまには歩くのもいいか」


 俺は近所のコンビニまで歩き、必要最低限のものを買いそろえた。


 そこから家までは歩いて5分なので、わざわざ〈帰還〉を使うまでもない。


 そう思ってぶらぶらと歩いていたときだった。


「おいっ!」


 目の前に、ひとりの男が立ちはだかる。


 タツヨシだった。


「なんだよ?」

「テメェのせいで、店をクビになっちまったじゃねぇか!!」


 とんだ逆恨みだ。


「そのうえ、セイカさんにまで、嫌われて……」


 タツヨシが力なくうなだれる。

 こいつ、セイカに惚れでもしていたのだろうか。


「自業自得だろ?」


 俺がそう言うと、タツヨシは顔を上げ、恨みの篭もった視線を向けてくる。


「底辺冒険者がイキがりやがって!!」


 彼はそう言うと、懐から刃渡り20センチほどのナイフを取り出した。

 両刃のダガーナイフだ。

 〈鑑定〉したところ、そこそこ高価なダンジョン産の武器だった。


 親にでも買ってもらったのだろうか。


「ナイフをしまえよ。シャレじゃすまんぞ?」

「うるせぇ! ぶっ殺してやる!!」


 タツヨシはそう叫んで、俺を威嚇するようにその場でナイフを振り回した。

 完全に素人の動きだ。


「死にたくなけりゃポーション出せよ!」

「どっちの?」

「両方に決まってんだろうが!!」

「あっそう。ま、断るけど」

「てめぇ……!」


 タツヨシのこめかみに血管が浮き上がる。


「俺が殺れねぇと思ってんのか!?」

「どうだろう。というか、本気で俺を殺すつもりか?」

「だったらなんだってんだ!」

「なら俺も遠慮はいらないよな」


 俺はそ言うと、拳銃を取り出し、引き金を引いた。


 ――バンッ!


 銃声が響く。


「ぎゃあっ!?」


 その直後、タツヨシは悲鳴を上げて仰け反り、ナイフを落とした。


「ああああ……」


 彼はその場に尻餅をつき、自分の右肩を見る。

 じわりと血が、にじみ始めた。


「ぎゃああああっ! 撃ちやがった! こいつ、俺を撃ちやがったぁ……!」


 タツヨシが痛みにのたうち回る。


 44口径のリボルバーから放たれた銃弾は、彼の肩を貫通したようだ。

 運がよかったな。


 ただ、着弾の衝撃で弾頭が潰れるホローポイント弾を使ったので、背中のほうはズタズタになっているだろう。

 かわいそうに。


 なんてことを考えながら歩み寄り、タツヨシの頭に銃口を突きつける。

 衝撃の大きい大口径の拳銃だが、問題なく片手で扱えた。

〈健康〉スキルのおかげで、俺は見た目より身体能力が高いのだ。

 それでも、戦闘系スキルを持っているヤツの足下にも及ばない強さではあるが。


「お前、俺を殺すつもりだったんだろう? だったら殺される覚悟も決めとかないと」

「そんな……あれは、脅し……!」

「ダンジョン産のナイフ出しといて、脅しはないだろうに」


 ナイフとはいえ、威力の高い武器だ。

 俺が来ている鎖帷子など、あっさりと貫いてしまうだろう。


 それに至近距離だと、拳銃よりもナイフのほうが圧倒的に有利なのだ。

 先手を打っておかないと、やられるのは俺のほうだった。


 ただしこいつが本気なら、の話だが。


「どうした、服が破れてるぞ?」

「えっ?」


 俺の言葉に、タツヨシがきょとんとする。


「あ、あれ?」


 右肩を見ると、衣服は血に汚れて破れていたが、傷は完全に塞がっていた。


 俺がヒールポーションをかけて、治していたのだ。


 あちらが先にナイフを抜いたとはいえ、銃による反撃はあきらかな過剰防衛だからな。


 というわけで、証拠は消しておいた。


「転んだのか? おっちょこちょいだな」

「あ……う……」


 心配するような俺の声にタツヨシが微妙な反応を返すのは、まだ頭に銃口を突きつけられているからだ。


「気をつけないとな。が悪ければしんでしまうこともあるんだぞ?」


 そう言って撃鉄を起こすと、タツヨシは短い悲鳴を上げて顔を引きつらせた。


「じゃあ、足下に気をつけて、おとなしくかえろうか?」

「は、はいぃ……!」


 俺が銃口を外してやると、タツヨシは慌てて起き上がり、走り去ってしまった。


 彼が去ったあとに、ナイフが残された。


「あー……」


 迷惑料としてもらっておいてもいいだろう。


 そう思った俺はダガーナイフを拾って〈収納〉する。


「すっかり日が暮れてしまったなぁ」


 気づけばあたりは暗くなってしまった。


「野良モンスターが出ると、面倒だ」


 ダンジョンから地上世界へ出てきたモンスターは、野良モンスターと呼ばれた。


 ダンジョン内の個体と違って、野良モンスターには通常兵器が有効だった。


 スキルのない一般人にとって野良モンスターは脅威であり、銃は有効な防衛手段だ。

 そのためダンジョン発生後の混乱期には大量の銃器が市井に流された。


 その後、司法機関がそれなりに力を取り戻したが、防衛手段を取り上げることもできず、一般人に銃の所持が認められる。


 新たに生産もされ、政府公認のガンショップでも売られるようになった。


 俺も防衛手段のひとつとして、いくつかの銃を持っている。

 銃弾も豊富に揃えて〈収納〉していた。


 ただ、ダンジョンでは役に立たない。


 研究と調査の結果、ダンジョンモンスターは、魔素を多く宿しているせいだと判明した。


 つまり、魔素を多く含む武器なら、ダンジョンモンスターに有効だということになる。


 魔素は宝箱から見つかる武器だけでなく、ダンジョン産の資源にも多く含まれていた。


 ただ、加工の段階で魔素が抜けてしまうため、含有量を維持するには〈鍛冶〉や〈錬成〉などのスキルが必要となった。


 それらのスキルは銃弾の作成には向かないため、いまだにダンジョン探索に適した銃は存在しなかった。


「こいつは、あくまで地上での護身用なんだよな」


 俺はそう呟くと、リボルバーを〈収納〉した。


 そしてあと数分の距離ではあるが、家に〈帰還〉するのだった。

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