第3話 マツ薬局

 ぼさぼさ髪を雑に束ねた、化粧気の少ない女性である。

 本来はすらりとした長身の美女なのだろうが、姿勢が悪く、表情がだらしないので、いろいろと台無しになっていた。

 ただ、着崩した白衣は、妙に似合っている。


 彼女はマツ薬局のオーナの娘である松(まつ)元(もと)清(せい)華(か)だ。


「こ、これはセイカさん! 別に大したことじゃあ……」


 セイカの登場にタツヨシはうろたえながらも、俺たちよりひと回りは年下の彼女に軽く頭をさげ、愛想笑いを向けた。


「それで、なんの騒ぎだ?」

「いえ、だから大したことじゃあ……」

「アラタ、なんかあったかあったか?」


 言い訳をしようとするタツヨシを無視して、セイカは俺に尋ねてきた。


「いや、いつも通り予約してたライフポーションを受け取りにきたんだけど」

「おう」

「それを渡されて」

「ふーん」


 彼女はそう言うと、ポケットからスマホを取り出し、緑の小瓶にカメラを向ける。


「あっ、ちがっ、セイカさん、それは……!」

「おい、中身がキュアポーションじゃねーか」

「ああ。そういうわけで、困ってるんだよね」

「なるほどな」


 そこでセイカは、タツヨシに目を向けた。


「あ……ぅ……」


 特に感情のこもっていない冷たい視線を受け、タツヨシが顔を引きつらせる。


「おい鵜川、商品は?」

「いや、その……」

「アラタはお得意さんなんだ。さっさと持ってきやがれ」

「は、はい……」


 観念したように返答したタツヨシは、1度俺を睨みつけたあと、店の奥に入っていき、ほどなく黄色の小瓶を手に戻ってきた。


「わざわざ中身を入れ替えるとか、こすいことを考えるぜ、まったく」

「うぐ……」


 本来キュアポーションが入っているはずの黄色い小瓶を、セイカはスマホのカメラに収める。


「これで大丈夫だと思うけど、どうだ?」


 セイカがそう言ったので、俺も黄色い小瓶を見る。

 中身はライフポーションで間違いないようだ。


「問題ないね」

「そりゃよかった。支払いはカード?」

「ああ」


 俺はそう言うと、カードを取り出した。


 これは冒険者ギルドが発行する冒険者カードといい、身分証と電子マネーカードを兼用したものとなっていた。


「いつ見ても便利そうだよなー、アラタの〈収納〉スキル」

「なんの。ポーチで代用できる程度のもんだよ」


 異空間に物を収納できる〈収納〉スキルも、収納ギアであるポーチの登場によりほぼ価値がなくなってしまった。


「でも、ポーチは魔素含有量が少ない物は入れらんねーだろ?」

「だから、いまの俺はほぼフードデリバリーサービスみたいなものなんだよ」

「……あんま自分のこと低く言うのは、感心しねーけどなぁ」


 彼女はそう言いながら俺のカードと手に取り、専用の端末にかざした。

 これで100万円が引かれ、決済が完了する。


「まいどあり」

「こちらこそ、いつも助かるよ」

「どういたしまして。あ、そうそう、これは迷惑をかけたお詫びに」


 彼女はそう言って、キュアポーションの入った緑の小瓶を差し出してきた。


「いや、でも……」


 買えば10万円もするものだ。


「大丈夫、料金はこいつにもらうから」

「なっ……!?」


 一瞥されたタツヨシが、絶句する。


「なら、遠慮なく」


 そういうことなら問題ないので、俺は黄色との緑の小瓶を〈収納〉した。

 あとで中身を入れ替えないとな。


「ああ、それと鵜川」

「……はい」

「お前、クビ」

「はぁ!?」

「ポーション代を引いたぶんの給料はちゃんと払ってやっから、安心しな」

「ちょ、ちょっと待てよ! なんの権限があってそんな……」

「あたしはこの店の店長だぞ?」

「だからって、そんな……」

「じゃあ横領で訴えてやろうか?」

「ちがっ……! 料金は、ちゃんと支払うつもりで……」

「知るか。大事なお得意さんに迷惑かけた時点でアウトだ。すぐに出ていきやがれ」


 冷たくそう言われたタツヨシは、観念したようにうなだれた。


「くそっ……!」


 彼はその場で白衣を脱ぎ、カウンターに叩きつけると、恨めしげな視線を一瞬だけ俺に向け、店を出て行った。


「わりーな、迷惑かけて」

「いや、問題ないよ」

「あれだ、お詫びに、その、メシでもどうかな?」

「あー、お詫びならこれをもらったけど」


 俺はそう言って、さっき受け取った黄色い小瓶を取り出して掲げた。


「いや、それは、ほら、別口っつーか……」

「別口……?」

「ああ、いや、その、ほら、ネコチャンの話も、聞きたいし」

「ああ、好きだもんなセイカ、猫の話」

「お、おう。大好きだな」


 飼い猫にライフポーションを使っているというと、多くの人は眉をひそめる。

 だがセイカは、立派なことだと賛同してくれた。


 そのことが凄く嬉しかったのを、よく覚えている。


「セイカのおかげで、ほんと助かってるよ」


 ライフポーションは製造が難しいせいか、数が少ない。

 冒険者ギルドには常備されているが、俺みたいな低位の冒険者には売ってくれないのだ。


 病院でも扱われているが、猫を相手に使うとなるとやはり販売は断られてしまう。

 どうしても人間が優先されてしまうのは、しょうがないことだ。


 獣医にはそもそも取り扱いがない。


 オークションやフリマアプリにも並ぶことはあるが、価格は数倍から、ヘタをすると桁ひとつ増えることもあった。


 なのでライフポーションを扱う数少ないドラッグストアに、セイカのような理解のある薬剤師がいてくれることは、ありがたいことだった。


「お礼というなら、日頃の感謝をこめて、俺がご馳走させてもらうよ」

「そ、そうか?」


 俺の申し出に、セイカが嬉しそうに微笑んだ。


 詳しい話をしようとしたとき、店内の従業員からセイカを呼ぶ声が飛んできた。


「おっと、わりぃ」

「あ、うん」


 従業員に呼ばれたセイカは、売り場のほうへ駆けていった。


 なにやら従業員と話をしていたセイカを見ていたら、こちらに気づいた彼女が手を合わせ、謝るような仕草をしてきた。


「しょうがない、次の機会でいいか」


 どうやら手が離せない時のようなので、今日の所は店を出ることにした。


 また次来たときに、ゆっくり話すとしよう。

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