第2話 地球にダンジョンができて約10年

 地球にダンジョンができて、10年ほどが経った。


 当時は世界中に現れた意味不明な場所や、そこからあふれ出すモンスターの群れなどで、大パニックになった。


 海と空は大量の、あるいは大型のモンスターに支配され、海路と空路が封鎖された。


 突然現れたダンジョンのせいで地形もあちこち変動し、そのせいで海底ケーブルは断絶。


 やがて無線通信網も使えなくなり、日本は完全に世界から孤立した。


 ダンジョンの出現によって世界のことわりが書き換えられた。


 大きな変化としては、新たな物質……というか、粒子の出現だろうか。


 それはダンジョンとともに、世界にあふれ出したと推測された。


 その粒子はモンスターの体内や、ダンジョン内で多く観測されたが、ほどなく地上世界にも漂うようになった。


 まるで魔法世界を具現化したようなダンジョンの出現、そしてそれと同時に現れた物質ということで、と名付けられた。


 ダンジョンの出現、そして魔素の発見により、世界は激変した。


 ダンジョンのせいで引き起こされた食料や資源の問題は、ダンジョンのおかげで解消された。


 ダンジョンがなにであるかはいまだ多くが謎に包まれているが、それがひとつの小さな世界であることに、異を唱える者は少ない。


 ドアの向こう、マンホールの下、山間のほらあな、大木のうろ、そんなところが入り口となるダンジョンだが、その先には広大な世界が広がっていた。


 草原、森林、山、湖、大河、海など、自然を成すものが多く、農業や畜産、水産業に適した場所だけでなく、鉱物資源などが採取できるところもあった。


 また、モンスターを倒すことで得られる黒い石が、膨大なエネルギーを有していることも判明した。


 それは魔石と呼ばれ、いまや日本になくてはならないエネルギー源となっていた。


 1度は衰退しかけた文明だったが、ダンジョンの恩恵を受け入れ、利用することで復活した。


 いや、ダンジョン出現以前よりも、ある意味では発展したといってよかった。


 ダンジョンが地球に出現しておよそ10年。


 人類は……少なくとも日本人は、自分たちが思っていたよりも遙かに逞しかった。


○●○●


 新たな平和と日常を手に入れたが、当時の混乱は本当にひどいものだった。


 街にあふれだしたモンスターに対して、自衛隊や在日米軍がかなり善戦してくれた。

 それでも、相当な犠牲は出たのだが。


 やがて彼らは、モンスターの出現するダンジョンへ挑んだ。


 結果は惨敗だった。


 既存の兵器が、ほとんど効かないのだ。


 だがそれでも、成果がないわけではなかった。


 きっかけは、ひとりの自衛隊員がダンジョン内で見つけた宝箱だった。


 そこにはひと振りの剣が入っていた。


 そしてその剣で、モンスターを倒せたのだ。


『ダンジョン産の武器なら、ダンジョンモンスターを倒せる』


 そのことが判明し、ダンジョン攻略が始まった。


 当初は自衛隊や一部警察官だけが攻略を許され、一般人のダンジョン立ち入りは規制されていた。


 だが混乱にあって行政や司法は著しく力を失っており、規制を無視してダンジョンに挑む一般人が激増した。


 そんななか、新たに発見されたのが、『スキルオーブ』だった。


 一般的に『オーブ』と呼ばれるそれを使うと、スキルを得られる。

 そのスキルは、人の常識を超える力だった。


 スキルのおかげで、人々はモンスターと対等に戦えるようになった。


 ダンジョン産の武器とスキル。


 それらの力を得てダンジョン探索に挑み、モンスターを討伐する者たちは、冒険者と呼ばれた。


 やがて政府が力を取り戻し、冒険者を束ねる組織が作られた。


 冒険者ギルドの誕生である。


 俺は当時の混乱で、家族を一気に失った。

 両親はモンスターに殺され、海外に住んでいた兄弟とは会えなくなった。


 残されたのは飼い猫のシャノアだけだった。


 俺はとある事情から、冒険者となった。


 自身の貯金と親の遺産、そして実家を抵当に入れて借りた金をはたいて、オーブを購入した。


 〈鑑定〉〈収納〉〈翻訳〉〈帰還〉〈健康〉という5つのスキルがセットになった、ベーシックパックプラスというものだった。


 本来は2億円以上するものが、ワケありで半額以下となっており、そのおかげでなんとか手に入れたスキルだったが、残念ながら購入から2~3年で価値が暴落した。


 スキルの効果を再現できる特別な道具『ギア』の登場によって。


○●○●


 冒険者ギルドからの帰り道、俺は行きつけのドラッグストア『マツ薬局』に寄った。


 魔素とスキルの発見は、多くのものに影響を与えた。


 その中で大きな変化を受けたもののひとつが、医療だろう。


 ポーション類の発明により、人々はほぼそれらだけで、怪我や病気などを癒やせるようになったのだから。


 ドラッグストアといっても、店頭には食品や雑貨類が並ぶばかりだ。


 医薬品、すなわちポーション類は、カウンターの奥にあった。


「すみません」


 カウンターに座る白衣の男性に、声をかける。


「いらっしゃ……なんだ、お前か」


 店頭にいたのは、かわたつよしだった。


 タツヨシは俺の高校時代の同級生だった。


 当時はあまり関わりがなかったが、最近この店で働くようになったことで、よく合うようになった。


「底辺冒険者さまがどんなご用件で?」


 嘲るような笑みを浮かべ、タツヨシが問いかけてくる。

 こいつは俺のことをこうして見下してくるので、あまり好きではなかった。


「予約してたライフポーションを」

「ああ。あれか」


 タツヨシは奥の棚から緑の小瓶を取り出し、カウンターに置いた。


「これだよな? 100万だ」


 そう言いながらニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるタツヨシに、俺は小さく首を横に振る。


「俺はライフポーションを、と言ったはずだが?」

「はぁ? 緑はライフポーションだろうが」

「はぁ……」


 俺はわざとらしくため息をついたあと、差し出された緑の小瓶を押し戻す。


「中身が違うだろう? これはただのキュアポーションじゃないか」


 俺がそう言うと、タツヨシは不機嫌そうに眉を上げた。


「なにイチャモンつけてんだ? 黙って100万払えや」

「キュアポーションに100万は出せんよ。さっさと本物を持ってこい」

「これが偽物って証拠があんのかよ?」

「お前なぁ……」


 俺はもう一度ため息をつく。


「俺は〈鑑定〉スキルを持ってるんだぞ? 見ればわかるさ」

「てめぇが嘘ついてるかもしれねぇだろうがよ」

「なら鑑定アプリで調べるか?」


 当時俺が大枚をはたいて手に入れた〈鑑定〉スキルも、いまやスマホアプリで代用できる時代である。

 なんとも世知辛いが、こういうときにはありがたいと思う。


「ちっ……じゃあ10万でいいよ」


 観念したように言うタツヨシに、俺は三度目になるため息をついた。


「違うだろ。俺はキュアポーションじゃなくてライフポーションがほしいんだよ」

「はっ、底辺冒険者に売るライフポーションなんざねーよ」


 俺の抗議に、タツヨシは開き直ってそう言った。

 こいつ、最初から売るつもりがなかったのか。


 ただ、俺としてはここで引き下がるわけにはいかない。

 高価で入手困難なものだからこそ、ちゃんと予約していたのだ。


「おいおい、なんの騒ぎだ?」


 俺がさらに抗議を重ねようとしたところで、奥から女性が現れた。

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