地球にダンジョンができたと思ったら俺だけ異世界へ行けるようになった~地球にはないジョブシステムと神獣になった飼い猫の力で二つの世界を行き来しながら無双する~

平尾正和/ほーち

第1章

第1話 ダンジョンの日常

 薄暗い森のなかで、巨漢が暴れ回っている。

 3メートルはあろうかという長身、重量級の格闘家を思わせるがっしりとした体格のそいつは、手にした鉈のようなものを振り回してた。


「グォオァアアーッ!」


 雄叫びとともに鉈が振り回されれば、一抱えはあろうかという大木がなぎ倒される。


 そんな鬼のような巨漢を、数名の男女が取り囲んでいた。

 全身鎧に身を包んで槍を構えた者、軽鎧を身に着けて剣を構える者、ローブに身を包んで杖を手にした者、少し離れた位置で弓を構える者。


 彼らは暴れ回る敵を倒すべく、悪戦苦闘してた。


 まるで出来の悪い映画のような光景だった。

 あるいは高精度のファンタジー系VRゲームの中にでもいるといったほうがいいか。


 だが、これは紛れもなく現実だった。


 俺ことふるみねあらは、少し離れた位置にある大木の陰から、彼らの戦いを眺めていた。


 ちなみに俺は膝丈の鎖帷子に皮のベスト、頭にはヘルメットという少々不格好な姿だ。


「てめぇらオーガごときに手こずってんじゃねぇぞ!!」


 すぐ近くの大木にもたれかかるように立つ男が、叱咤の声を上げる。


 半脱ぎのつなぎを着た金髪の男だった。

 このパーティーのリーダーであるくろじんだ。


 ジンは、メンバーの戦いぶりに不満を露わにしていた。


 彼らが戦っている巨漢は、オーガと呼ばれるモンスターだ。

 その巨体に加え、くすんだグレーの肌、大きく開かれた口から覗く牙、なにより頭に生えた角から、それが人間でないことはあきらかだった。


「グゴァーッ!」

「ぎゃぁっ!!」


 軽鎧の剣士が、オーガの一撃をくらって吹っ飛ばされた。


「おい、大丈夫か!?」


 俺は慌てて剣士のもとへ駆け寄る。


「こらタカシぃ! てめぇちんたらやってんじゃねぇぞ!」


 リーダーのジンに、メンバーをいたわる様子はない。


「ぐっ……ごほっ……!」


 タカシと呼ばれた剣士が、口から血を吐く。

 金属製の胸甲は切り裂かれ、胸から腹にかけて深い傷が刻まれていた。

 傷口からも、血があふれ出している。


「しっかりしろ!」


 俺はタカシに声をかけながら、手にした青い小瓶のふたを開け、中身を傷口にかけてやった。

 彼の様子を見ながら、ゆっくりと、慎重に。


「おいコラおっさん! んなもんサクッと回復してそいつを戦線に戻せや!!」


 ジンがいらだたしげに叫ぶ。

 彼の言う〝おっさん〟とは、俺のことだ。

 18歳の彼にしてみれば、三十半ばの俺はたしかにおっさんだろうな。


 青い小瓶に入った『ヒールポーション』を使えば、どんな深い傷もたちどころに回復できる。

 傷口に対して大量にかければ裂かれた皮膚や筋肉そして断たれた骨はつながり、一気に飲ませれば損傷した内臓も回復するだろう。

 ポーションは腹に溜まることもなく、消化を待つ必要もないので、それこそサクッと傷を治せるものだ。


 だが、それを実行するわけにはいかない。


「ダメだ、傷が深すぎる! 無理に回復すれば死んでしまうぞ!!」


 俺はジンにそう告げながら、慎重に量を調節しつつ、傷口にポーションをかけていく。


 ポーションによる回復は、生命力を消費する。

 深い傷を急速に回復しようとすれば、傷は治るが生命力を使い果たして死んでしまう、ということが起こるのだ。


 なので回復には、かなり気を使わなければならない。


「ちっ、使えねーザコが」


 ちらりと見ると、オーガ相手に戦っていたメンバーは、劣勢を強いられていた。

 タカシが抜けたことで、戦力が下がったせいだろう。


「しゃーねぇ、オレがいねぇとなんもできねぇんだからよ」


 ジンは呆れたようにいいながらも、どこか嬉しそうな笑みを浮かべ、腰に巻いたツナギの袖をほどく。

 袖を通し、ファスナーを閉じると、傍らに置いてあった長剣を手に取った。

 西洋風の、ロングソードだ。


「どけっ、てめーら!」


 長剣の鞘を払いながらジンが言うと、メンバーは慌てて後退した。


「ゴァッ……!?」


 彼らを追撃しようとしたオーガだったが、ジンのほうを見て驚いたような声を上げた。

 敵意を、感じ取ったようだった。


「ガアアァァーッ!」


 オーガが、己を鼓舞するように雄叫びを上げる。


「うるせーんだよザコがっ!!」


 ジンが叫ぶとともに、剣を一閃する。


「ガッ……!?」


 次の瞬間、オーガの肩から脇腹にかけて、袈裟懸けに斬られたような傷が刻み込まれた。

 ジンとオーガのあいだには、5メートル近い距離があったにもかかわらず。


「ガッ……ゴォ……」


 ずるり、とオーガの身体がズレる。

 それと同時に敵はうしろに傾いた。

 地面に倒れる途中、身体の一部が木にひっかかり、そのせいでオーガの身体は完全に両断された。


「やっぱすげぇな、ジンさんの疾風剣は」


 いつのまにか近くに来ていた弓持ちの男が、ぼそりと呟いた。


「あいつは、あれひとつで成り上がったからなぁ」


 俺も思わずそう口にしていた。


「げほっ……ごほっ……!」


 タカシが咳き込む声で、我に返る。


「お、おい……大丈夫なのか、そいつ?」


 弓持ちの男が心配げに尋ねてくる。


「まずいかもしれん……」


 傷口は塞がったが、内臓の損傷が酷かった。

 このままだと、生命力がもたない。


「仕方ない……!」


 俺は緑色の小瓶を

 中身は、底に少したまる程度のものだった。


「お前、それ……」


 弓持ちの男は驚いた様子だったが、俺は気にせず隆の口に小瓶の口を当てた。


「ほら、飲め。口に含むだけでいいから」


 ポーションは飲み込まなくとも、口に含むだけで効果が現れる。


「んぐ……ふぅ……」


 タカシの表情が和らいだ。

 しばらく様子を見て、問題ないと判断した俺は、続けて青い小瓶を彼の口に当てた。


「ゆっくり飲め、ゆっくり……」


 タカシは小さく頷きながら、ゆっくりとポーションを飲んでいく。

 ほどなく、彼の呼吸が落ち着いてきた。


「ふぅ……助かったぜ、おっさ――いや、アラタさん」


 どうやら傷は無事に回復したようだ。


「おいおいおいおい、正気かおっさん? こんな貴重なポーション使いやがって」


 いつのまにか近くにきていたジンが、地面に転がっていた緑の小瓶を拾ってそう言ってきた。


「それがなけりゃ、危なかったぞ」

「ならくたばっちまえばよかったんだよ。あー、もったいねぇ」


 ジンの言葉に、タカシは気まずそうに目を逸らす。


「やるよ、それ。振れば一滴くらは出るんじゃないか?」

「あぁ?」


 ジンは俺の言葉に、不機嫌そうに眉を上げたが、それ以上はなにも言わず緑の小瓶をポケットに入れた。


「おい! オーガの死骸をさっさと回収しとけや!」

「は、はいぃっ!」


 ジンが叫ぶと、少し離れた場所にいたローブ姿の女性が慌ててオーガの死骸に駆け寄った。

 そして彼女が手をかざすと、死骸は淡い光に包まれたあと、消え去った。


「それよりおっさん、腹減った。メシ出せよ。それしか取り柄がねーんだからよ」


 あからさまに見下すような態度で、ジンが言ってくる。


「……ほら」


 俺はチーズバーガーを、ジンに手渡した。


「へへっ! これこれ……!」


 ジンはチーズバーガーの包みをめくり、かぶりついた。


「ポテトとコーラも、置いておくからな」

「おう」


 紙袋に入ったままの温かいフライドポテトと、炭酸のしっかり残っているコーラを、地面に置いておく。


「君らは、どうする?」


 俺が問いかけると、他のメンバーも思い思いに弁当やサンドウィッチなどを求めたので、それらを出していった。


「あー、今日はもう帰るか」


 食事が一段落ついたところでジンが言い出したため、この日の探索は終了となった。


「それじゃ、俺の身体に触れてくれ」


 メンバー全員が俺の身体に触れたのを確認する。


「それじゃ、帰るぞ」


 次の瞬間、森のなかにいた俺たちは、屋内施設に移動していた。


「よーし、じゃあ次の探索は3日後だ。おっさん、次はテリヤキバーガー頼むな」

「ああ、わかったよ」


 ジンがそう言い残して帰り、他のメンバーも解散した。


「アラタさん、今日は助かったぜ」


 ひとり残ったタカシが、礼を言ってくる。


「気にするな。仕事のうちだよ」


 俺がそう言うと、タカシは1度深々と頭を下げ、去って行った。


「さて、帰りにドラッグストアに寄らなきゃだな」


 空になった緑の小瓶を思い出しながら、俺は冒険者ギルドをあとにするのだった。

 

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