第53話—① お菓子な動くハウス

 ここに来てからほんとに色〜んな家を見てきた。

 毳毳しかったり、巨大な木の上に建ってたり、猫そのものだったり。そういえばホームセンターもあったな。


 今日の調査でも鉄の人形で家族を題材にした喜劇を作っている魔女の家なんかも訪ねた。


「そしてここにきて何の変哲もない家か……」


 これといって突破な所のない、茶色のレンガで組まれて窓と煙突がある家。


「ここに人族が住んでるんだよなイノリ?」


「はい。クルゾウさんから指定された住所は確かにここを指しています」


 クルゾウがイノリに手渡した紙を俺も見るが、確かに住所はこの家で間違いない。


 煙突から何も煙は出てないし、窓から光は漏れてこない。とりあえずドアをノックしてみたが、返ってくる反応も一切無し。


「ガリアスさん、魔力反応もありませんでした」


「てことは留守か。しょうがないから次の家行くか」


「はい。えーと、次の家はですね……」


「おい、菓子食わねぇか?」


 予想だにしなかった真後ろからの声に、俺とイノリは声を出して振り返る。そこには歯抜けした笑顔を見せる、とんがり帽子を被った老婆が立っていた。


「菓子、食いねぇ」


 そう言って老婆は袋に包まれたクッキーを二枚渡してくる。俺とイノリの分だろうか?

 ちょっと不安なので二枚とも俺が受け取り、そのうちの一枚の封を切ってクッキーを取り出す。

 見た目も匂いも特に不審なところは無い。俺の感覚も危険を知らせてこない。


 なら普通のクッキーなのか?


 それを探るべく、俺はクッキーのほんの一部分だけ齧った。


「…………普通のクッキーだな?」


「じゃろ? ほれ、ざら飴も食べねぇか?」


 老婆は米粒のように小さい紫色の飴が大量に入った袋を二つイノリに渡す。

 おそらくそれも普通の飴だろう。なら問題ない────。


 異変が起きたのはその時だった。


「────ッ? か……ッ?!」


「ガリアスさん?!」


 口の中の水分が……、! しかも、めちゃくちゃ喋りにくくなった……!

 たった一口食べただけなのに、この威力。


 そんな口内乾燥と戦う俺を見て老婆は、ケケケケケ、と笑う。


「名付けて“砂漠クッキー”じゃ。ケケケのケ〜」


 老婆はその枯れ木のように細い体で俺とイノリの間をするりと抜けて、留守だった家の中に入る。

 この家、あのババアの家だったのかよ……!


「ガリアスさん、大丈夫ですか?!」


 イノリが持っていた水筒によって、俺の口はようやく潤いを取り戻した。

 ついでに飴も十中八九碌なもんじゃないだろうから回収。


「とりあえず、次の家に行くとしよう」


「わかりました。次の家はですね……」


 ————次の瞬間、断続的な大きな揺れが俺たちを襲った。突然のことにバランスを崩すイノリを、間一髪で俺は抱き止めた。


「イノリ、大丈夫か?」


「はい、それより……あれを」


 イノリが向こう側を指差す。俺もその方向を見ると、予想だにしないものがやってきた。

 白い煙を吐き出す太い煙突が刺さった黒ずんだ家、連結されている四つの物置小屋。家と小屋は下から機械の足を生やし、地面を揺らしながら練り歩いていた。


 なんだあれは……?


「ガリアスさん、あの家……なのでしょうか? とにかく、あれが私たちが次に訪問する家です! この紙に貼られた写真と概ね同じです」


 マジか……。そう思って紙に貼られた写真を確認する。

 確かに一軒の家と四つの物置小屋は一致している。でも写真では足は生えていない。


「あー! いましたー!」


 家から声が鳴り響き、ズンズンと俺達の方に近づいてくる。

 蒸気を一吹きして止まり、家のドアが勢いよく開いた。


「ちょっと〜、いつまであたしを待たせる気よぉ!」


 ふくよかというにはあまりにも膨らみすぎている体を引き摺りながら歩く厚化粧の魔女が俺たちに声をかけた。

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