第53話—②

「ここの族長が人雇って訪問してるって聞いたから急いで準備したのよぉ! それなのに一向に来ないなんてあたしを舐めてる気ぃ? おぉん?!

 ん? あ! あぁ! そこのシスターどっかで見たことある顔だと思ったら第八教会のシスターイノリじゃないの! なんでアンタがここにいんのよ!」


 ものすごい勢いで言葉を捲し立てる厚化粧魔女に、俺とイノリはただただ呆気にとられるしかない。


「何よこれ、中皇も一枚噛んでんの? めんどくさいわねもー!」


 厚化粧魔女の捲し立てはまだまだ続く。


「ほんとに暇なのアンタら? やることがもっとこう……あるでしょ!

 最近また魔族と揉めてるらしいじゃない。ギアラシアで戦争あったんでしょ? そっちの方に対応しなさいよ!」


 そして言いたいことを言い切ったのか、手に持っていたキセルを咥え吸い込み、大量の煙を吐き出した。


 俺はイノリを立たせて、厚化粧魔女の家をじっくりと見る。


「何よ……」と俺の視線が気になる厚化粧魔女。


「この家がお前の魔術研究の産物なのか?」


「ん? …………あー、そうなんじゃない? いいでしょこの家、下についてる足で行きたいとこにどこでも移動できるの。この図体にはありがたいってもんさ。

 ま、こんな便利な家だからこの図体になっちまったのかもだけどねぇ」


「————この家の煙突から出てる煙はなんなんだ?」


「あー……、あれよ、この家動かす時に出るやつよ。燃料燃やして動くから、その時に煙が出んのよ」


「なるほど……。こんな大きな家を動かすんだ、燃料も相当かかるだろう?」


「それがねぇ、今使ってる奴がすっごい効率いいの。使った時なんか、いきなり三日三晩動き続けて驚いちゃったわ」


 なんか、さっきから会話に違和感を感じる。

 どこか他人事というか、この家を造った割には家の事をよくわかっていないとは。


「その燃料…………、見せてくれないか?」


 そう言った瞬間、厚化粧魔女の手からキセルが落ちた。大量の脂汗も膨らんだ顔の表面を流れ落ちる。


「えー、あー、それはね……。ハッ!」


 何かを思い出したような表情を大袈裟にとり、俺たちに背を向ける厚化粧魔女。


「そういえばケーキを焼いてたの思い出したわ。早く帰らなくちゃ」


「いや、帰るも何もそれがお前の家……」


「アンタらに家見せたからいいでしょ? 文句ある? それじゃね!」


 厚化粧魔女は力任せに扉を閉め、少しすると勢いよく煙突から煙が上って猛スピードで家が動き始めた。


 怪しすぎるどころじゃない。確実に何かを隠している。俺たちが探している“乗っ取り”に繋がる何かをっ!


「イノリ……!」


「私は後で追いつけます。ガリアスは先に追いかけてください」


「すまない、ありがとう!」


 俺は移動する家が巻き起こす土煙を全速力で追いかけた。

 多脚を駆使し、一秒で家二十軒分は移動する速度に走りで追いつけるのは、俺が魔族もっというとブラッドサンの血による身体能力があるから。


 人族のイノリは追いつけないし、仮に背負って走ったとしてもスピードの負荷に彼女が耐えられないだろう。


 だから、“俺一人で先に追いかける”という考えをイノリは察してくれたのだろう。ありがたい。


 とはいえ、家が街中を無理やり進んでいくから俺が全速力で走っても追いつけない。それに土煙のせいで、家の後ろに連結された小屋も見えないしなんだったら前も見えない。


 くそっ、後ちょっとなのn————。


 突如として目の前に現れた大穴。すんでのところで俺はブレーキをかけて大穴の淵で止まった。

 土煙は大穴の中からも吹き出し続けている。


「地中に逃げたか……」


 聖剣がないなら、これ以上追いかけるのは得策じゃない。


 振り返りイノリの元に戻るために歩き出す。

 土煙が晴れた魔女の都市の街中は、地面がめちゃめちゃに踏み荒らされて捲れ上がり、その道に立ち並ぶ家も踏み潰されていた。

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