第16話 海賊と呼ばれたい男

 その日、中皇全域に号外新聞がばら撒かれた。

 その内容とは……。


「イノリちゃーん。お使いを頼みたいんだけど〜」


 教会の広間にやってきたシスタークルミ。

 しかし周りを見渡せども少女シスターの姿が見当たらない。代わりに一枚の号外が床に落ちている。


 拾い上げて号外に目を通したクルミは、その内容に「あらあら」と口にした。


 【勇者死す?!】

 それが号外の大見出しだ。


 続く細かい文章では、魔族によるギアラシアへの強襲や、駆けつけた勇者ガリアスが魔族の攻撃を受けて約三百メートルの穴に落ちた後瓦礫に潰されたと一部始終が記載されている。


 裏面にも号外は続く。

 コルグ村郊外の森で、中皇前線基地に通じる巨大な一本道がいつの間にか出来上がっていたことが写真付きで報じられている。

 更には、戦術予報士による魔族の侵攻の予測。


 そして、こうした記事は大抵この言葉で締め括られている。


 【中皇王室は現在、対魔族侵攻への義勇兵を募っている。】


「あらあらまぁまぁ、由々しき事態ね。イノリちゃん、無理しないといいけど」




 ————中皇前線基地となるレンガ造りの宮殿。

 そこが誇る広大な庭園広間には、人族領域各地からやってきた報奨金目当ての義勇兵志望者達が集められている。


「我々が募っているのは義勇兵である。早急に帰れ!」


 しかし、シスターであるイノリは宮殿の屈強な色黒門兵に追い返されかけていた。


「待ってください! 私にだってできることはあります。魔術での宮殿の防御や治療などが————」


「魔術での援護などたかが知れている。第一、この宮殿に到達させないが為の戦いだ。宮殿に立て籠もる気のある者などいらん!」


「必要とならば前線にも出る覚悟です!」


「一端のシスターが前線に来てどうする!? 魔術援護しかできないのだろう? わかったのならば早く帰れ!」


 門兵は、イノリの肩を強く押した。後ろによろめき退がったイノリは手を握りしめる。


「私が……、私がやらなきゃいけないのに。ガリアスさんの為に……、ガリアスさんに信頼されているんだから…………」


 周囲の空気が揺れだす。木々から鳥が一斉に飛び立ち、地面の小石が浮かび上がる。


「な、なんなのだ?! 急に体が震えて、汗が……噴き出るっ!」


「私が……、ガリアスさんにならなきゃ……」


 イノリの立っていた地面に亀裂が入り、一瞬で門のある壁まで到達する。


「止まれ、シスタァイノリ。門兵がビビってるだろォが」


 声の主は、拳握るイノリの右腕を掴んだ。イノリはハッと我に返り、周囲の空気が戻った。


 イノリは後ろを振り向く。右手を掴み彼女を制止したのはダンだった。


「あなたは……、あの時の部隊長様」


「部隊長じゃねェつっただろ。俺はダンだ」


 ダンはザンパ村での時と同じく、茶色のポンチョを着込んでいる。


「急に空気が騒がしくなったと思ったら、なにヤってんだシスタァ」


「わ、私はただ……」


「このシスターは、中皇王室による義勇兵募集要項をしかと確認せずにここにやってきた。したがって追い返しただけだ!」


「なるほど、そういうことか……」


 ダンはイノリの腕を離し、門兵の目の前に立った。屈強な門兵百九十五は、ダン百八十よりもひと回り体格が大きが、ダンに怖気付きは一切見られない。


「このシスタァはテメェが思ってるようなヤワな女じゃねェよ。通してやんな」


「し、しかしだな。ヤワじゃないと言ってもシスターだぞ。それにお前のその髪色……」


「ほお、俺らの実力が信じられねェってか? なら」


 ダンは、門兵の筋肉質な腕を掴んだ。




 宮殿の庭園内には大小様々な武器を携えた男達が集まっている。彼らの人相や格好はお世辞にも中皇への義勇で集まっているとは思えない。

 それもそのはず。この場に集められた者達の正体は傭兵。義勇兵とは中皇が体裁の為に呼称しているにすぎないのだ。


「総員整列ぅ!!」


 庭園内に小柄な軍人の男の号令が響く。が、庭園内の傭兵達は、訳もわからず、小柄な軍人を見たまま立ち尽くしている。


「なぁにをしておるかぁ! これは義勇兵に適しているかの試験! 上官の命令に従えないは即、つまみ出し! わかったなら早く整列!」


 その言葉を受け、集められた傭兵達は大慌てで整列する。出来上がった列を見て小柄な軍人はニンマリとしだす。


「んふふ。階段の上から小市民を見下ろす、やはり絶景だな」


「ウテビ中尉、義勇兵志願者は集まったか?」


 宮殿の奥からは初老の軍人がやってくる。小柄な軍人改めウテビは初老の軍人に敬礼した。


「ハッ! お疲れ様です、ゴンリツ大佐! 四十七名の志願者が集まりました!」


「四十七名、だと?」


 ゴンリツは縦七列横七列に整列した傭兵達を見下ろすと、脇腹から剣を抜き、志願者達に向けた。


「三列目の右から二番目、右六番目と交代。四列目の右五番目、二列後ろと交代。五列目右端は右七番目に行き、右七番目は二列目右四番に。七列目の五人は帰れ」


 突然のゴンリツの指示に彼らは動揺した。特に退場を命じられた七列目の五人はお互いの顔を見合わせている。

 ゴンリツの二歩後ろに立つウテビはまたかと言うかのようにため息を漏らした。


「待ってくれよ! なんで俺たちが出て行かなきゃならねぇんだよ。納得いかねぇぞ!」


 ようやく七列目が声を上げた。それに続くように、他の傭兵達も不満をゴンリツ達に向ける。


「美しくないからだ」


 ゴンリツは低い声でゆったりと答える。傭兵達は訳が分からず言葉を失った。


「七列目左二つが欠けている事によって七×七になっていない。かと言って両端を開けても不自然な形だ。したがって七×六の長方形で整え————」

「イダダダアァァァアァ!!!」


 その時だった。門兵の右腕を握り潰しているダンと涙目で引き摺られる門兵、少し遅れて困惑気味のイノリが庭園に入ってきた。


「門兵、取っ替えた方がいんじゃねェか?」


 ダンは門兵を地面に放り投げる。地面に転がった屈強な門兵は、骨折した自分の右腕を抱え啜り泣く。


「茶髪の男。君も義勇兵志願者か?」


「ああ。後ろのシスタァもな」


「なるほど。これで四十九人、七×七ができあがる。早く並びたまえ」


 ダンとイノリは指定された通り、七列目の左二枠に収まった。


「よろしい。ではウテビ中尉、彼らに今回の戦いに関する詳細を」


「ハッ! かしこまりました! いいかよく聞け貴様らぁ! 今回の魔族侵攻はな————」


 その時だった。

 

 わっせい、どっせい、わっせい、どっせい。


 男達の低い掛け声が聞こえてくる。そして庭園の門から木製の小舟がやってきた。


 漕ぎ手は左右に三人ずつ。オールを地面に突き立て、自分達ごと船体を浮かせ、前に着地する。

 そうして船は前進している。水の上を走行するのと変わらない速さで。


「ヨーヤホー。義勇兵集会場ってのはここで合ってるか?」


 船首に立ち不敵に笑っている、上半身裸色白筋肉質男じょうはんしんはだかいろじろきんにくしつおとこが声を上げた。


「そ、その通りだが……。 その青髪、アオミ海域に住む者だろ! アオミの水夫がなんの用だ!」


 話を遮られたウテビは不満そうに答える。


「俺の名はエンタロウ。そして!」


 エンタロウが口笛を吹く。すると、漕ぎ手達は一斉にオールを地面に刺し、船首を高く浮かせる。

 当然、エンタロウも他の者達より体一つ分ほど高くなる。


「俺は海賊だ!」

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