前線基地戦

第15話 侵攻計画の裏の裏

 黒く染まったはずの意識が暖かみのある白色に塗り替えられる。

 眩しい。


 瞼を開けると、見知った窓とそこからの景色が目に入った。


「う……、うぅん……」


 寝返りをすると、見知った天井に見知ったベッド、至る所に置かれた“新しいもの”、そして


「お目覚めになられましたか、アルテム様」


 馴染みのある顔がすぐ側にいた。


「おはようエリゼ。……俺、寝てたのか?」


「はい。時間にして16時間ほど」


「そんッ……なに……か。あれ、俺なんで寝てるんだ?」


「————アルテム様、覚えていないんですか?」


「えーと、ちょっと待って。今思い出す」


 エリゼが眉間に皺を寄せズイッと近づいくので、ローラと別れて以降第14話参照の記憶を辿った。


 草原を越え、山を越え……。


「…………精霊木ピクシーウッド燃やしたよな?」


「ええ、まぁ……。もう、頭を抱えないでください! しょうがないじゃないですか、緊急事態だったんだから!!」


「そうだな。なんか言われたらシラきるかぁ」


「それより、他に何か思い出しませんでしたか? そして、何か言うことは」


 他のこと……。


 ——そうだ、毒だ!

 エリゼが精霊木を燃やして駆けつけた直後に、俺は昏睡したんだった。


「毒、抜いてくれてありがとな」


「いえ、毒抜きはしてませんよ。どうやらブラッドサン魔王の血にとってローラ蟲人族の毒は強力な睡眠薬ぐらいの作用しかないようですね」


「そうなのか……」


「私が駆けつけた時、それはもう気持ちよさそうに眠ってましたよ」


 じゃあなんだ? 俺はものすごく眠くなっているのを毒で弱ってると勘違いしてたって事か?

 やだ、恥ずかしい。


「そうじゃなくて、まだ他にありませんか!?」


「まだあるのか!? ……そうだ、だ! あれはどうなったエリゼ——、え、違ったのか?」


 ベッドから飛び起きてエリザの顔を見ると、目を細めながら俺を見つめていた。


「別に間違ってはいませんよ。例の作戦であれば無事に成功しましたよ」


 なぜかエリゼは素っ気なく答え、俺に向けていたジトっとした視線をテーブルの上に置かれた地図に移した。


 今回のローラ達によるギアラシア侵攻。実はその裏で別の侵攻計画を進めていた。


 コルグ村からギアラシアに続くルートから少し離れた所にある熱帯雨林地帯。その先を行くと中皇の前線基地となる宮殿がお見えする。


 この裏侵攻計画とはストレティが率いる蟲人別動隊が熱帯雨林地帯のルートを秘密裏に整備し、数日以内に俺が魔王軍を率いて前線基地を攻略する。


「ところまでがストレティ様を始めとした幹部の皆様に伝えた計画ですよね」


「ああ。ここからは俺たち2人しか知らない【ゆうえんち計画】の領域だ」


 前線基地に到着し、攻撃を開始したところで俺が勇者に変身して前線基地の一部損壊程度まで抑える。

 その後、この侵攻状況で人間を焚きつけ魔族領域に攻め込みを行わせる。


「当然、魔族と人間に犠牲者を出さないように前線には俺が立つ」


「くれぐれも今回みたいな事にはならないで下さいね」


「……まぁ、そこは要対策だな」


 こうして人間に魔族領域へ足を踏み込んでもらい、魔族の生活文化に触れてもらう。

 これが計画の真の全貌だ。


「上手くいくと良いですね」


「ああ」


 正直、心配な事は多々ある。その中でも特に……。


「ギアラシアでを見た」


 ローラの尻尾が暴走した時に見た骸骨鳥の紋章。

 それを象徴として使っている敵は、関わっている人物も、規模も、目的も全てがわからない。

 わかっていることは、この紋章をつけた者はなんらかの破壊活動を行う。ということのみ。


「ローラにあの紋章を付与した人物を捕まえられなかった。もしかしたら、この作戦の中でまた現れるかもしれない」


 今回のローラの一件も、大崩壊は防いだものの大量の犠牲者が出てしまった。

 大規模な動きが起こる今回の作戦で紋章を持つ者が暴れたら、俺一人で対処できる自信が持てない。

 ウィークワンの時のように部族の崩壊を招くかも知れない。地域が吹き飛ぶ可能性も————。


 そんな事を考えて握り震える俺の拳に、エリゼは優しく手を置き……。


「その時は、私も一緒に戦いますから」


 俺の目をまっすぐ見つめてそう言った。俺がこの表裏生活ツーサイドライフを決意した言葉を投げかけた時のように。


 自然と拳の力は緩み、全身の緊張も解けていった。


「ありがとな、エリー」


「?! その呼び方……ッ」


「森の中で思い出したんだ。エリゼが俺を助けてくれる時はいつだって、家臣じゃなくて、俺のことをアルって呼ぶ幼馴染として助けてくれるって。だから……」


 俺もエリゼの目をまっすぐ見つめ返す。


「俺もありがとうって言うよ。魔王じゃなく、エリゼのことをエリーて呼ぶ幼馴染として」


 だがエリゼは顔を赤らめ、目を逸らしてしまった。


「その呼び方、他の方の前では呼ばないでくださいね。……体裁もあるので、魔王としての」


「わかってるって。2人っきりの時しか呼ばないようにするよ」


「————ッとに! アンタそういうとこ」


 エリゼは耳まで赤くなった顔を腕で隠しながら、足早に部屋を出ていってしまった。


「あ、ちょっと待って。まだ聞きたいことが……、行っちゃった」


 気絶する直前に見た夢に出てきた子供達のこと、エリゼなら何か知っていると思ったのにな。


「また後で聞けばいいか」


 俺は少し汗ばんだ寝巻きを脱ぎ、クローゼットからローブを取り出して羽織った。


 この時、俺は知らなかった。人族領域では俺こと勇者ガリアスがローラとの戦いで死亡した事になっていることを……。

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