第13話 おもひで涙ぼろぼろ

「なに、……これ?」


 深い穴の第三区画側に寝かせられていたローラは、起き上がると目の前の光景に困惑した。

 穴の半分が上がったり下がったりしているのだから。


「お! 起きたか」


 ローラが起き上がったのを確認した俺は、歯車を回す足を止めて近寄る。


「な?! アンタはッ!」


 ローラは飛び上がり、両腕の針を俺に向けた。鋭い目つきで睨み、白い歯を剥き出してガルルルと威嚇する様は蟲人というより獣人っぽい。


「何よ。戦いの続きをしましょうってわけ?」


「待て。俺はお前が目を覚ますまでここで護衛をしていただけだ。第一、毒液も出ないほど消耗しきってるお前と戦う気にはなれない」


 事実、ローラは針を構えども、針からは一切抽出音チャージ音が聞こえてこない。


 ローラもそれに気付いているようで、顔を赤くし、頬を膨らませながら両腕を下ろした。


「一応礼は言っておくわ。……ありがと」


「ああ。とりあえず地上に戻るぞ。歩けるか?」


「みくびらないでちょうだい! ソコまで弱って……ちょ、きゃあ!」


 歩こうとした途端、一気に膝から崩れ落ちる。咄嗟に俺が手を取ってなかったら、石だらけの床に尻餅をついていたところだ。


「もう少し座って休憩するか」


「…………そうね」


 そう答えるローラは目を逸らし、顔が真っ赤になっていた。



「————ねぇ。一つ聞いてもいい」


「なんだ?」


「私の尻尾がいうことを聞かなかった時、なんで切断しなかったの?」


「————誇り、なんだろ」


「え?」


 暴走の直前、ローラがセールスマンに対して切った啖呵。


『死に物狂いで手に入れたもの』


 そんな言葉を聞いておいて尻尾を切り落とせるほど、俺は冷酷にはなれない。身内魔王軍なら尚更だ。


「そういうの、人間領域そっちじゃ“お人好し”て言うんでしょ。アンタ、よくそんなんで勇者なんてできるわね」


「フハハ、確かにな。でも、それでお前を助けられたから無駄ではないな」


「…………ねぇ。本当に身体なんともないの?」


「ん? 今のところは何ともないな。むしろさっきまで動き回ってたよ。おかげで暑くなって経験したことないくらい汗が出てる」


「————っ! そう……」


 ローラは両膝を胸元近くまで抱え寄せ、俺に表情が見えないように顔を埋めた。


「俺も質問いいか?」


 顔を埋めたまま、ゆっくりと頷く。


「ある奴に認めさせる為に死に物狂いで手に入れたって言ってたけど、そのって?」


「…………」


「答えたくなら大丈夫だ」


「アタシの幼なじみ」


 「幼なじみ?」と聞き返すと、頷いた。


「子供の頃、とはいっても人間アンタ達からすれば数十年前だけど、アイツを中心にアタシも入れて数人の魔族の子供で毎日のように遊んでてさ。みーんなアイツを慕ってたし憧れてた」


 少し間をおいて、「アタシも……」と付け加えた。

 だが、異変の日は訪れる。


「突然、ママが『あの子には会わせられない』って言いだしたの。納得できなかったから駄々こねたら『今の貴方じゃ力不足』って返されて」


「それで鍛え出したと」


「うん。腕も尻尾も何回も爛れたり引きちぎれかけたし、内部破裂を起こした回数なんて数えきれないわ。前腕の真ん中から180°曲がった時は一日中泣き叫んだっけ」


「それは、……壮絶だな」


「同情なんてしなくていいわ。そのお陰で次期幹部に認められて、アイツに会えるようになったんだし」


「それは良かったじゃないか」


「うん。良かっ……、良か、良くなかったわよ!」


 ローラは急に泣きながら怒り出した。


「あのアホ魔王、私の顔を見るなり『初めまして』って言いやがったのよ! ありえないわよね、こちとらアンタのためを思って頑張ったのに」


 身に覚えのある話第5話参照に繋がった。途端に流れていた汗が冷たく感じる。


「ムカついたから毒液ビーム撃ってやったら避けたのよ。会議中に居眠りする腑抜けのくせに勘だけは前から鋭くて……」


「————それは、難儀だな」


「そうよね、アンタもそう思うでしょ! あの鈍感男、思い出しただけで怒りが込み上げてくるわよ!」


 数秒前まで泣いていたのに、今度は歯軋りをしながら地団駄を踏みだした。


「待て、落ち着け。下手に振動を起こすとまた崖崩れが起こる」


 ローラは足を止めて、コホンと咳払いをするとまたお淑やかに座り直した。


「なんか余計なことまで喋っちゃったわね。不思議だわ、アンタの前だとお喋りになる」


「ともかく、そうやって暴れるぐらいまで回復したなら地上に戻るか」


「そうね。そろそろ戻らないとママも心配するし」


 こうして、俺たちは第四区画の柱を使って地上まで戻ってきた。

 周りを見渡したが、蟲人軍の残党もギアラシラの国民もいない。


 ローラは「リーダーが死んだと見えたら一目散に逃げて新しいリーダーを作る。蟲人ならよくある話よ」とため息混じりに答えた。


「なら、一刻も早く帰らなきゃな。魔族領域の境界まで送ろうか?」


 だが、ローラは「不要よ」とばかりに赤髪縦ロールをなびかせながらスタスタと歩いて行く。


「じぁね勇者ガリアス。アンタのこと、……アタシは忘れないから」


「今生の別みたいな挨拶だな。またどこかの戦場で会えるさ」


 ローラは一瞥もせず去っていく。銀と金の鎧を着た勇者だけがその場ギアラシラに残された。


 俺も少し時間を置いて帰ろう。


 それにしても、さっきから汗が止まらな……。


「?!」


 目の前が強烈に歪む、と同時に俺は膝から崩れ落ちた。


   ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎


 サソリ少女はギアラシラを出発し、自らの暮らす領地へ一路歩く。


「なにが、なんともないよ……」


 その頬に涙が伝い、人間領域の大地に落ちた。


「多量の発汗なんて、毒が効いてる証拠よ」


 涙が溢れ、誰もいない荒野に泣き声が響く。

 初めて出会った強敵ライバルだった。そして初めて心を開いた人間だった。

 だが死んでしまう、自分の毒によって。


 ローラが最後に他人との別れに涙を流したのは、幼少期にアルテムと出会えなくなった時。


 実に十数年ぶりに、少女は別れに泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る