第11話 佇むゥセールスマン

「誰ッ?!」


 ローラが後ろを振り向くと、そこには黒いスーツを着た男が立っていた。

 土煙で顔は見えない。だがその佇まいを見ているだけで赤毛が逆立っていく。

 更には先に針のついた太く長いしっぽがスカートのスリットから現れ男に向けられた。


「なるほど。そちらが奥の手、いや奥の尾といった所でしょうか」


「誰って聞いてるのよ! 答えなさいッ!」


 尻尾の先からキュイィィィンという毒液の抽出音チャージ音が鳴りだした。

 だが、男は不敵に笑っている。


「そうですね。……セールスマンとでも名乗っておきましょう。本日は貴方にわたくしを見ていただこうかと思いまして」


「セールスマン……? アンタ今の状況がわかってるのかしら。戦闘中なのよ。構ってる暇はないの。さっさと消えてちょうだい」


 ローラはキッと睨み付ける。尻尾の抽出音が大きくなっていく。


「おい、そこに誰かいるのか?」


 ローラの前方、土煙の向こうからガリアスアルテムが低い声で問いかける。

 ガリアスはローラの次の攻撃に備えて聴覚を研ぎ澄ませていた。すると、ローラと聞きなれない声の会話が聞こえてきたので、不審に感じ声をかけた。


「気にしないで。ちょっと水が差しただけよ。すぐにぶった斬ってあげるわ」


 ローラはガリアスに声をかけ返した。

 その言葉を聞いて、男は顎に手を当てる。


「ぶった斬る‥…ですか。そう言っている割には先程から全て躱されているようですが」


 男は苦笑混じりに言葉を続ける。


「断言しましょう。その奥の手も


「うるさい! ぶった斬れるかどうか、アンタで試してもいいのよ……!」


 すると男は左手を前に出し、お待ちをと言った。


「不快にさせたのなら失礼致しました。侮辱する意図はありません。ただ貴方に提案をと思いまして」


 左手を下げ、代わりに右手を前に出す。その手にはジュラルミンケースが握られている。

 そしてケースが開くと、そこには何やら黒い歯車が収められていた。


「本日のドッキリドンドコメカ、全形態対応強化チューンギアです。使い方は簡単、その尻尾に装着するだけ。是非ともお試しください」


 男はゆっくりとローラに近づいていく。

 だが、ローラの尻尾がジュラルミンケースをメキャリと音を立てて貫き破壊した。

 当然、中に収められていたチューンギアも粉々になって宙を舞う。


「ふざけないで……!」


 怒りに震えた声でローラは言う。男を睨む目も怒りだけでなく、軽蔑と敵視が入り混じっている。


「この尻尾はね、ある奴にアタシを認めさせる為に死に物狂いで手に入れた、謂わばアタシのなのよ。テメェ如きが気軽に手を加えて良いものじゃないわ!」


 ケースを貫いた尻尾の先が男に近距離で向けられる。聞こえてくる抽出音チャージ音も高音に達している。発射準備は整った。


 だが、男の佇まいは変わらず落ち着いている。

 それどころか、口角が鋭く上がっている。


「このチューンギアのセールスポイントなのですが……。全形態対応には理由がありまして、実はこのメカはなんです」


 ————瞬間、宙に舞った歯車の破片が黒い流動物体に変化しローラの尻尾全体に一瞬で取り憑く。

 そして、尻尾の動きが激しくブレだした。


「なっ……、何ッ? どうしたのよ!? 言うことッ、聞きなさいよ!」


 その様子を見た男は、何かを思い出したかの様に人差し指を立ててそうそうと口にする。


「チューンギアには少し難点がありまして。使用者の意思と関係なく常に最大出力を出すようになってしまうのです。使用者の生命的活動限界まで」


「っ————!」


 ローラは絶句した。だが暴走する尻尾に身体を振り回され、男を睨むこともできない。


「一押し商品とはそれつまり、の意。これが私のやり方ポリシーです」


 そう言葉を残して、男は緑色の髪を靡かせて土煙の中に消えていく。


「あぁぁぁっっーーーー!!!」


 残されたローラは絶叫をあげた。



   ※   ※   ※



 土煙の向こう側。つん裂くような絶叫が響いた。


「ローラ!」


 いても立ってもいられず、俺は聖剣を振り土煙を飛ばす。次の瞬間、毒液のビームが横薙ぎに飛んできた。

 聖剣でのガードはもう間に合わない。ビームが当たり、俺は吹っ飛ばされた。


 幸いな事に鎧に一文字いちもんじのキズが入った程度で身体は真っ二つにはならなかった。

 だが周りを見ると、数十人の蟲人が切断され死んでいる。


「どうしたんだ、ローラ!?」


 もう一度ローラに呼びかける。もはや声の低さを意識している余裕はない。


「もぅ……、止まッ、……あぁぁぁ!」


 だが、俺の声はローラの耳には届いていない。

 尻尾は絶え間なくビームを撃つ暴走を続け、ローラを振りまわし、次々と蟲人の犠牲者を増やしていく。


 ローラと男の会話の中に出てきたワード。チューンギア、ナノマシン、常に最大出力、使用者の生命的活動限界まで……。一刻も早く止めなくては。


 だが俺には聖剣を盾に身を守り、その影からローラの様子を伺うことしかできない。


 目を凝らして見つけ出せ、解決の糸口を。


 その時だった。尻尾の先を覆っているナノマシンの表面に黄色い紋章が浮かび上がる。


 十字架の入った円の上に立つ月桂樹を羽根に見立てた鳥の骸骨。


 ————最悪だ。

 あの紋章は俺が初めて勇者になった時に目にして以来、なんらかの不吉を引き起こす前兆のようなもの。

 覚悟を決めるしかない……!


 聖剣の持ち手を両手でしっかりと握り、全身にグッと力を入れて、鎧のキズを一瞬で塞ぐ。

 そして、ローラに向かって勢いよく駆け出した。道中でビームが当たっても足を止めずに突き進む。


 狙いはただ一つ。暴れ狂う尻尾の先を抱き止め、そのまま針を俺の胸に刺した。

 当然、毒液が俺の中に大量に流れ出した。


「うぐぁぁぁぁ!!!」


「アンタ何やってるのよ!」


「尻尾を斬り落とす。痛みに耐えろ!」


「はぁ?!」


 聖剣を逆手に持ち、刃を尻尾に当てる。あとは力を入れるだけ。


「…………」


 剣を持つ手に力が入らない。

 ダメだ、を聞いてこの尻尾を斬り落とすことなんてできない。

 ならどうすれば……!


 その時だった。

 尻尾に取り憑いていたナノマシンの一部が聖剣に飛び移ると、一瞬で灰色に変わり剥がれ落ちていった。


 ————これだ!

 俺は尻尾を斬らないように慎重に表面のナノマシンに刃を入れる。すると、灰色になったナノマシンが剥がれていった。


「来た! 尻尾の制御戻ってきたわ!」


 俺の体内に流れてくる毒液も少しづつ落ち着いてくる。

 そして最後のナノマシンを剥がし終わった時、毒液も完全に止まり、針も胸から取り外せた。

 かなり消耗したせいで、鎧は修復されない。


「……アンタ、平気なの?」


「今のところは、なんともない……」


「————そう」


 そう答えるローラの顔は安堵と悔しさが入り混じっていた。


「今日のところはこれで引き上げるわ。勇者ガリアス、世話かけたわね」


 ローラがよろけながらゆっくりと立ち上がったその時、地面に切れ目が入り崩れだした。

 尻尾が暴走していた時、地面もビームで切っていたのだ。


「きゃ!」


 ローラは短い悲鳴をあげて底の深いに落ちていく。少し遅れて俺も穴に飛び込んだ。


「捕まれ!」


 落下しながらも手を伸ばす俺とローラ。上から崩れてきた土砂が容赦なく飲み込んだ。

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