第8話 少女と勇者(魔王)

「…………その、イノリ」


「…………」


「急に驚かしたのは謝るから、機嫌を直してくれないか」


 チャーチチェアの真ん中に座るふくれっ面のイノリは、俺こと魔王アルテム改め勇者ガリアスに端に座るように指示して距離をとっていた。


「別にー、ガリアスさんの悪戯に怒ってる訳じゃないです」


 そういう割に、俺が真ん中に近づくと、イノリは端に逃げていく。

 話しづらくなってしまった。でも——。


「ぷっ。フハハハハ」


 笑えてもしまう。


「……何で笑ってるんですか」


「いや、なに。出会った時2ヶ月前のことを思い出してさ。助けたお礼に街の案内するて言うのに、ずっと距離取られててさ」


「そ、その時の話はしないでください! それに、あの時のガリアスさんだって私にちょっと警戒してたじゃないですか」


 ふくれっ面が今度は真っ赤になった。こんな風に言い返すようなったことだってあの時からは考えられない。

 そう思うとまた笑いが込み上げてくる。


「もう、笑わないでください」


「フハハッ、すまない。でも嬉しいんだ。ずっとうつむいてたイノリが今じゃ生き生きしてるのが」


 俺とイノリの出会い————。それは俺が聖剣を拾った最初の一週間ウィークワンでの事。

 イノリは膨大すぎる自身の魔力を制御できず、度重なる暴発事故のせいで心を閉ざしていた。

 

 そこで俺は魔王城に所蔵されている魔術書の知識と、身体を張ったことで、イノリは魔術制御を成功させた。


「3日前だって大活躍だったじゃないか。防御魔法壁と同時並行で怪我人の魔術治療。どちらも俺にはできない事だよ」


「————それはどうもです」


「それに聞いたぞ。最近、別の教会が運営する児童養護施設にも手伝いに行くようになったって。すごいじゃないか」


「ありがとうございます。……それで、他には」


 いつの間にかイノリは俺の隣にくっつき、綺麗な桃色の瞳で何かを欲しがるようにじっと俺を見つめる。

 俺はイノリの頭に手を置き、優しく撫でた。


「それと、ありがとな。俺の頼みを聞いてザンパ村まで来てくれて」


 イノリはえへへ、と照れ笑いを浮かべた。


「あー、それで実はまた出張の相談が……、おっと」


 急にイノリが俺の胸に飛び込んでくる。

 見ると、目を瞑りすぅすぅと寝息を立てていた。


「あらあら、イノリちゃんたらこんなところで寝ちゃって」


 教会の奥からシスタークルミが現れた。

 俺は軽く会釈すると、クルミはニコリと微笑み会釈を返した。


「さっき嗅がせたハーブのせいかしらね。ガリアスさん、申し訳ないけどイノリちゃんを部屋まで運んで貰えないかしら?」


「ええ、それくらいなら」


 俺がイノリをお姫様のように抱き抱えると、クルミはイノリの顔をそっと撫でた。


「あらあら、こうして寝顔を見ると、イノリちゃんもまだなのよね」


 クルミは俺を見る。睨まれている訳ではない。だが精神的になんだか重く感じる。


「ガリアスさん、イノリちゃんの側にいるのはありがたいです。でもあまり無茶させないでくださいね」


「……心得てますよ」



 イノリをベットまで運び終え、その寝顔を見る。クルミが言った通り、その表情はまだ少女のそれだ。


 今回、俺が中皇第八教会まで来た理由。それはいよいよ4日後に迫ったローラのギアラシア遠征について。

 ローラのビームの謎解明と対策は完成した。だが、万が一の事態に備えてイノリに魔術援護を頼みたい。


「あまり無茶、か……」


 先程のクルミの言葉が浮かぶ。

 イノリの現在の年齢は17。外見年齢が俺と近いから間違えそうになるが、魔族でも17といえばまだ赤子扱い。とても戦場に送るようなものではない。


 ————俺は一つの決断を下した。

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