第5話 見知らぬ幼馴染、襲来

「お久しぶりね、アル」


 紫ドレスのサソリ型蟲人少女は、その長い尻尾で俺の胸ぐらを掴みながら語りかける。


「魔王になったって聞いたんだけど、とんだ間抜けズラしてるじゃない」


 居眠りを叩き起こされるという事もだが、サソリの尻尾に胸ぐらを掴まれるという初めての経験に、俺は唖然とした。


 そんな俺を見て彼女は、嘲るような笑みを浮かべている。


「ローラ、なんて事をしてるの!」


 蟲人族の魔王軍幹部、ストレティが声を荒げた。

 すると、ローラと呼ばれた少女はため息をついてストレティの方を見る。


「マm……お母さま。アタシはとして敬愛すべき魔王様にご挨拶してるだけよ」


 お母さま、新幹部、ご挨拶。

 一気に知らない情報が流れてきた。特に二つ目のワードに関しては聞き逃し厳禁レベルだ。

 俺は体を少し横にそらし、遠隔投影魔法に映るガンス爺を見る。


「どういう事だ?!」


『あー、幹部の代替わりを行うという事ですぞ』


 ガンス爺は少しバツが悪そうに話し出す。


「先日、獣人トライヴから、ツーマンスのディスカッションのリザルトとして、ニューリーダーがイノギュレーションしたとのリポートがありました」


 ロイキムが説明に割り込んできた。

 だが、その回りくどい喋り方のせいでより困惑してきた。


『そこで、これを機に魔王軍幹部の世代交代を行なおうという話になりましてな』


「アルテム様が今後、数百年というタームに渡って魔王のタスクをエクセキューションする為のメジャーです」


『獣人族以外の譜代種族の次期族長候補達にも招集をかけまして……』


「その第一弾がアタシってわけ!」


 なんとなくわかった。

 つまりこれから先、見ず知らずの10人の魔族が俺を支えるってわけか。


 いや、見ず知らずは違うな。少しではあるが、現幹部達から話は聞いたことある。

 ストレティによれば、一人娘は気品ある見た目とは裏腹におてんばで手が早い性格との事。

 確かに、招集されるやいなや俺の胸ぐら掴みかかったをローラの行動と合致する。


 ともかく、これからの数百年を共にするなら、挨拶の一つはするべきだろう。


「事情はわかった。。これからよろしくな」


 俺は握手のために右手を差し出す。

 だが……。


「は?」


 ローラは何故か顔に青筋を浮かばせた。

 周りを見ると、幹部達は皆、表情を曇らせている。

 なんだ……? 俺なんかまずい事言ったのか?


「あらそう。初めまして、ね」


 低い声色でローラが言う。

 背筋がヒヤリと冷たくなった。本で見た事がある。何か良くない事が起こる前兆だ。


 鋭敏になった感覚が俺に危険の元を知らせる。

 視線が自然と注視したのはローラの左手。ドレスの袖から、手のひらサイズの針が生えてきている。


「覚えてないんだったら……」


 そしてその針からは、キュィィィンと何かを濃縮している音が聞こえる。


「思い出させて……」


 まずい、何かくる!


「あげるわよっ!」


 腕の針から紫色のレーザービームが放たれた。

 俺は胸ぐらを掴んでいるローラの尻尾を支点に、体を時計回りに一回転することで回避した。


 あぶねぇ!

 ビームは俺が座っていた席を真っ二つに破壊。さらに10メートル先の大理石の床まで届き、深い溝を作った。


「……ま、避けるぐらいの能はあるようね」


 ローラは俺の胸ぐらをを放し、腕の針を引っ込め、縦ロールかつサイドテールの髪を靡かせる。

 こいつ、わかっててこれビームやったのか。


「まぁいいわ。アルテム、次に会うのは一週間後の遠征よ」


 今さっき俺に向かってレーザービームを撃ったとは思えないほど、彼女は堂々と長机の上を歩く。


「そこでアタシが何者か、その脳裏にしっかり刻んであげるわ」


 バタンと大きな音を立て、ローラは大広間から去っていった。


   ※   ※   ※


 一方、一騒動が起こった大広間から更に階段を登って上の階にあるアルテムの自室。


 エリゼはクローゼットの奥に聖剣を仕舞っていた。


 幹部会議が行われている間だけ、場内での魔族の往来は極端に少なくなる。

 その僅かなタイミングでバレないように聖剣を運び、アルテムと2人で決めた場所に剣を隠すのがエリゼの重大業務の一つだ。


「ふぅ……」


 手をパンパンとはたくと、次の業務に移る。


 魔王城の管理を代々任されている白エルフ達の中で、エリゼはアルテムの世話を任されている。


 だからこそ、彼女はその役目に誇りと信念を持ち、仕事を全うするのだ。


 アルテムが読み終えた魔術書を棚に戻し、部屋の随所に散らばる幹部達が持ってきた“新しいもの"を一箇所にまとめ、乱れたベットを整えて、ついでに布団に顔を埋めて匂いを————。


「……違うでしょ。何やってるのよ私は」


 頬をパンパンとはたき、仕事に戻る。

 部屋の片付けを終えたら、次に向かうのは大広間だ。


 会議中に寝落ちしたアルテムを起こし、ロイキム達から聞いた会議の決定事項を伝える。

 その後、アルテムの部屋にて“新しいもの”品評会及びの進捗の確認。


 多忙ではある。だが、幼馴染アルテムの世話をできるのは自分エリゼだけ。

 その思いが、彼女の強い原動力となっている。


「エリゼ? やっぱり、エリゼじゃない!」


 大広間に続く廊下でローラと鉢合わせ、ローラは満面の笑みでエリゼに飛びついた。


「ひーさーしーぶーりー!」


「その赤毛と尻尾、もしかしてローラ?」


「うぇ〜ん! エリゼェ……。あんだはぢゃんど覚えででぐれだのね゛〜」


「言ってる意味がわかんないんだけど!?」


 ローラは半泣きで抱きつきながら、くるくるとまわっている。

 エリゼは、ドレスとメイド服が汚れるのでとりあえず引き剥がし、ハンカチを差し出す。


「いきなりどうしたのローラ。というかなんで魔王城ここにいるの?」


「グスッ。実は、かくかくしかじかで……」


 ——————。


「そう。ようやく幹部になれたのに、アルテムからは“初めまして”と。確かにそれはショックよね」


「そうでしょ! やっぱりエリゼもそう思うわよね! だいたいアルは昔っから……」


 ローラは相変わらず涙目ではあるが、その表情は怒りを表しており、地団駄を踏んでいる。


「それにしても、ローラが魔王軍幹部になるなんて。すごいじゃない!」


 このままでは延々と愚痴を聞かされると察知したエリゼは、話題を切り替える。

 ローラの表情は怒りから、照れが混じった得意げな顔にコロッと変わった。


「そ、そうかしら。まぁアタシも、伊達に鍛えてきたわけじゃないし。尻尾だって立派になって、毒液だって——」


 そこでローラは言葉を詰まらせた。


「エリゼだって凄いじゃない。そんな立派なメイド服着るようになってさ」


「そうね。というか、ローラが幹部になったなら、私も失礼のないようにしなくちゃね」


 エリゼはメイド服の両裾を持ち上げ、ローラに対して頭を下げた。


「改めまして、魔王アルテム様専属メイド、エリゼ・ティルターニャと申します。ローラ様、私のことはエリゼとお呼びください」


「ちょっ、ちょっと、急に畏まらないでよ。ふつーにローラでいいってば。ていうか、昔みたいにエリーって」「ローラ様」


 エリゼはローラの言葉を遮った。


「魔王軍幹部とは、アルテム様の時に手足、時に脳として魔族領域統轄を支える者。つまりアルテム様の一部と言っても過言ではありません。私が敬意を払うのは当然の事。御用命があればなんなりとお申し付けください」


 完全に魔王アルテムの従者スイッチを入れたエリゼの振る舞いに、ローラは寂しげな目を向けた。


「そっか。誰よりもアルテムの近くにいたあんたでさえ、そう教え込まれた口か。————ッ!」


 だが寂しさから一転して、ローラは急に口角をニヤリと上げた。


「エリゼ。あなた今、ご用命をお申し付けください、って言ったわよね」


「はい、私に出来る事ならば」


「じゃあ早速最初のご用命よ。2人っきりの時でいいわ、アタシのことをローラって呼びなさい!」


 それはランプの魔神に「3つの願いを4つにしろ」と言うが如き掟破りの命令。


「え、いや。そのご用命には従いかね……」


 ローラは自分の頭をエリザの頭にゴツンとぶつける。

 エリゼは思わず「いっ」と口に出した。


「いい、エリゼ。アタシとあんたは幹部と従者だけど、その前に友達! 対等でありたいの」


 さぁ早く呼びなさいとジェスチャーで急かす。

 観念したのかエリゼは軽くため息をつくと…


「ローラ」


 と名前を口にした。

 呼ばれた側のローラは満足げにフンスと鼻を鳴らした。


「おっけーよエリー。それじゃ、再会を祝してお茶でもしましょ。ここに来るまでにいい場所見つけたの」


 ローラはエリゼの手をとる。


「ちょ、ちょっと。私はアルテムを起こしに行かなきゃ」


「大丈夫! あいつはアタシが叩き起こしといたから」


 2人の少女は紫のドレスとメイド服を揺らし走り出した。

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