第3話 クォーターシンデレラ
「タ、退却ジャァァア痛タタタァァァ……」
腰を押さえカバドンの肩を借りたガーディンが退却を宣言すると、ザンパ村のそこらかしこに転がっていた腕や足の斬られたゴーレム達が後に続くように匍匐で退却していく。
さらばだガーディン。腰、お大事にな。
「な、なんだ……?」「おい、岩野郎共が逃げてくぞ」「勝ったのか?」
ゴーレムは去ったものの、捲れ上がった地面とさっきまで家だった残骸が辺り一面に散らばる光景。
この有り様だ、村人達は酷く徒労を感じているに違いない。せめて労いの言葉でも……。と声をかけようとしたその時だった。
「俺たちの勝利だーーー!!!」
村人の1人が発したその言葉を皮切りに村人達が大歓声を上げる。
…………びっっっくりした。予想とは真逆の反応に動きを止めて周りを見渡すことしかできないくらいだ。
まぁことの流れはどうであれ、手にした勝利には素直に喜ぶ。これも人間の魅力の一つだとは思う。
「ほっほー、あんたさんが噂に聞く“勇者”か」
歓喜に沸く村人達を眺めていると、銀色の束ねた長髪と顎髭を蓄え、眼帯をつけた隻眼の大男が声をかけてきた。
大男と言っても身長が2メートル弱と人間の中で言えば巨体であるだけで、普段から巨体の魔族に見慣れている俺からすればどうということも無い。
だが、彼の肌に刻まれた無数の傷跡や肝の座った目つき。ここから察するに。
「確かに俺がその噂の“勇者”だ。あなたはこの村の村長、で合ってるだろうか」
「ほっほー、正解だ。俺がこの村、ここにいる奴らを纏める男サンダグロだ。勇者殿、お会いできて光栄だ」
目を見開き口角を限界まで釣り上げた顔でサンダグロは握手を求める。これは笑顔のつもりだろうか……。まぁ、悪い人間でないのは十二分にわかったが。
「到着が遅れて申し訳なかった。来るのが早ければ村の被害も抑えられたはずなのに」
「気にしないでくれ。俺たちの生活基盤は移動と居住。家は持ち運べるように元々崩しやすくなってる。組み立て直すのも朝飯前さ。ま、今は夜だがね」
確かに周りを見渡すと、村人達は軽々と崩れた家を修復していく。
数本の枝で骨子を作り、その骨子を厚手の布で覆うだけであっという間に完成。こんな物は魔族領域では見たことがない。
「なるほど。これは新しいな……」
「俺たちはテントと呼んでるんだ。良ければ勇者殿に一つあげようk」「いいのか!?」
「あ、あぁ当然だ……。勇者殿には今日の戦で助けられたからな。報酬みたいなものだ」
建築まで僅か一瞬だというのに複数の人間が居住できるこの大きさ。
俺の新しいものコレクションに申し分ない。きっとエリゼもこれを見たら驚くに違いない。
「しかし珍しいな。テントを見たことないなんて」
その言葉で俺は我に返った。いかんいかん、新しい物を前にアルテムとしての素が出かけてしまった。用心せねば。
勇者ガリアスの正体が人間ではなく魔族、さらに言えば全魔族の頂点に君臨する魔王アルテムである事は絶対にバレてはいけない。
この事は、魔族と人間の共栄、その名も『ゆうえんち計画』を実現するために絶対に守り通さなければならない事なのだ。
統一が果たされるその時まで、魔族世界を魔王アルテムとして率い、人間世界を人間の勇者ガリアスとして率いる表裏の生き方をしていく。それが俺が
「気にしないでくれただの生活環境の問題だ。それよりもサンダグロ、一つ話がある。俺は今魔族領域への進攻を考えていてな、その際の援軍協力を頼みたい」
サンダグロはピューッと口笛を吹くと、ニカリと口角を上げる。しかし先程と打って変わりその目つきは鋭くなっている。その言葉を待っていたといったところか。
「勇者殿、さっきも言ったように俺たちの生活基盤は移動と居住。それは狩りこそが俺たちの生き甲斐だからさ」
落ちていたゴーレムの肉片(石片ともいうべきか)を拾うと、無数の傷が刻み込まれた拳で握り破裂粉砕した。
「ほっほー、俺たちの本領をご覧にいれよう。連絡を待っているぞ!」
馬鹿でかい笑い声を響かせながら仲間の下に戻っていくサンダグロを見て、俺は
サンダグロか……。
何はともあれ、ザンパ村の人々と友好的な同盟関係を結ぶことはできたし良しとしよう。
「そういえば、お前の名前も聞いていなかっ……」
ふと先程まで横にいたボウガンの青年に話をかけようとしたが、彼はいつの間にかいなくなっていた。周りを見渡しても家を修理している姿も見当たらない。何者だったんだ彼は。
「ガリアスさん!」
俺の名を呼ぶ声が聞こえたので、そちらを振り向くと明るい笑顔のイノリが駆け寄ってきている。
が、瓦礫に躓き転びそうになったので高速移動を使い受け止めるという結局はこっちが迎えにいく形になった。
受け止めた衝撃で修道服の帽子が取れる。
すると中から長くて艶のある金色の髪が現れた。
「不注意の癖は相変わらずだな。大丈夫か?」
イノリは「また助けられちゃいましたね」と照れくさそうな笑顔を向ける。
抱え起こすといそいそと髪型や服を整え、改めてにこりと笑いかけた。
「髪の色、元の金色に戻したんだな」
そう言うと、イノリは照れながら自分の毛先を触る。
「はい、少しは自分を好きになれた証と言いますか……。あの……、似合い、……ますか?」
「あぁ!
その言葉にイノリの顔は赤く熱くなる。が、すぐに両頬を叩き平常心を取り戻したところで、「それよりも!」と会話を続けた。
「ゴーレムの攻撃音が止んで皆さんの喜ぶ声が聞こえたので、もしかしたらと思って。やっぱり来てくれたんですね!」
「俺は勇者だ、当然のことをしただけだ。それよりイノリの方はどうだった?」
「怪我をされた皆さんは治療魔法で回復済みです。それに聞いてください! この間教えてもらった結界魔術で村の重要な建物も守れました」
そう言ってイノリは得意げにピースサインをする。
人員などの致命的な被害は無しか。やはり彼女に情報を流しておいてよかった。
人間はおろか魔族をも凌ぐ希有な魔力量を持つイノリがサポートに着いてくれるのはとても心強い。
「毎度の事ながら、魔術に関してはイノリに頼りっきりなのが申し訳なくなるな」
「そんな申し訳ないなんて! 私はガリアスさんの助けになれるのが凄く嬉しいんです。今の私があるのだってガリアスさんが魔術の使い方を教えて下さったおかげですし……」
イノリ自身は謙遜しているが、申し訳なく思ってるのは事実だ。
彼女は俺が初めて遭遇した人間だ、故に人間の中でもっとも多く交流しているし、人間を理解する上で彼女を通すことも多い。
しかしそれは勇者ガリアスとしてだ。
アルテムという自分の正体を一切明かしてはいない。つまり、俺はイノリを、そして彼女の才能を魔術が使えない自分の代わりとして都合よく利用してしまっているのだ。
正体を明かさずに彼女に接している俺ができること。それは……
「そんなことはない、イノリの助けがあっての俺だ。本当にありがとな」
頭を優しく撫で、感謝の言葉を述べる。
彼女の成長を褒め、肯定する。俺と関わった時間を後悔しないように。
彼女も撫でられたことに「えへへ」と笑みを含んだ照れた反応をする。やはり、いつみてもイノリの純真さは愛しい。
「それじゃあ、俺は他に向かうところがあるからこれで失礼しよう」
「はい。次にお会いするまでに結界魔術、もっと完璧にしてみせますね!」
「あぁ、楽しみしてるよ。イノリ、また会おう」
ガリアスは一瞬にしてザンパ村から走り去り、残されたイノリは先程まで彼が撫でた自らの頭に手を乗せ、残った温もりを感じとる。
「もっと頑張ったら、もっと褒めてくれるかな……」
頬を赤らめ、口元を緩めながら彼女はそう呟いた。
(急げ、急げ、急げ……)
ザンパ村をでた俺は全速力で南下する。気が付いたらエリゼに宣言した10分をとっくに過ぎていたからだ。
人間領域と魔族領域の境界線を越え、平原でさらに加速し、林を突っ切り、大運河の水の上を渡り、山二つを一度に飛び越える。
もとより他の追随を許さぬ
山二つを越えた先には約50エーカーに及ぶ
木の中で暮らすピクシーを起こしてしまうと色々厄介だ。歪な伸び方をしている枝に足を取られぬように、爪先立ちで慎重にかつ迅速に……。めんどくさい。
そんなこんなでようやく森を抜け、エリゼの馬車に辿り着いた。
「エリゼ、俺だ。開けてくれ」
「本当にアルテム様ですか? 証拠を見せてください」
ドアを叩くと、少しだけ開きエリゼの声がする。それと微かに食器の音も。
「おいエリゼ、ふざけてる場合じゃ……」
「証拠を……」
しょうがないので聖剣から手を離すと、鎧が消えてアルテムの姿に戻った。
「これでいいか?」
ドアが開き、呆れ顔のエリゼが出てきた。馬車の机の上には何もないが、部屋全体から紅茶の香りがする。
こっちは大急ぎで駆けずり回ったというのに、そっちはティーブレイクですか、そうですか。
「宣言した10分より5分遅刻ですね。ガーディンさんに手こずった様で」
「違うんだエリゼ、聞いてくれ。実はザンパ村で珍しいものを貰ってな……」
「わかってますよ。いつもみたいに『新しいもの』に油売ってたんでしょ。それよりも早くした方がいいのでは?」
エリゼは壁に並べ掛けられた王衣を指さす。
—————そうだよな。
エリゼの役目は俺が魔王と勇者をスムーズにこなせるようにする事だ。幹部会議に間に合わせる為に急がなければならないよな……。
「……それに、こんな狭いとこよりもアルテム様の部屋での方がゆっくり見られるでしょう?」
「…………! そ、それもそうだな。そうとなれば早く行こう!」
馬車馬の手綱を引くと、馬達は翼を展開し魔王城に向かって飛び走り出す。
馬車の中は魔術加工により揺れないから着替えも楽に行える。
聖剣を座席の物入れにしまい、王衣を纏っていく。着付け役がいないから、一人で王衣を着るのも一苦労だ。
装着が特に面倒なマント以外着用完了した俺は、反対側の座席に移り物入れを開ける。
「エリゼ、これ貰うぞ」
「お持ちください! その紅茶の出来は私的に納得いってない奴で……」
「大丈夫だ。エリゼの入れた紅茶はどれも美味しいだrあっっつ!!」
「あー、もう何やってるんですか。溢した紅茶は自分で拭いてくださいね、私は操縦で手が離せないので」
「わかってるよ。えーっと、布巾は……あった、これだ」
「まったく。飲むならちゃんとしたものを淹れたのに……」
「ん? 何か言ったか?」
「…………もうすぐ魔王城に到着すると言っただけですよ」
馬車の窓からも見えてきた。
世界の半分を占める魔族領域、その中心に孤高に聳え立つ巨大な黒きレンガ造りの魔王城。それが俺が生まれた時から暮らしているブラッドサン城だ。
「待ってくれ、まだマントが装着できていない」
「すでに城門を抜けて玄関階段前への着陸態勢に入ってます」
「なんだ? 勝手に紅茶を飲んだことへの仕返しか?」
「いえ、私はただ自らの業務を遂行しているだけですよ」
くっ、やっぱり拗ねてる。テントを見せる時に茶菓子も用意した方がいいな。
ゆっくりと着陸した馬車からアルテムは勢いよく飛び出し、マントを靡かせながら階段を駆け上がる。
「ふぅ。なんとか会議には間に合いそうね。その間に私は聖剣をアルの部屋に片付けて、……あら?」
エリゼは馬車の床に転がる“何か”を拾い上げた。
一方のアルテムは扉を蹴り開けて城内に入り、玄関正面の上り大階段を駆け上がる。上りきった先にある大広間の扉の前で足を止めた。
いくら急いでいたとはいえ、息を切らしながら皆の前に出るわけにはいかない。ここで息を整e……、「アルテム様!」なんだ!?
見るとエリゼが城内の壁を走りこっちに来る。歴史ある
「アルテム様、こちらをお忘れです」
俺の横に着地したエリゼが手に持っていた何かを差し出す。
それは黒いブーツ。自分の足元を見ると裸足だった。
ブーツを履いてつま先で床をトントンと叩き、王衣の皺を伸ばし、息を整えてエリゼを見る。
「ありがとう、エリゼ」
「どういたしまして、アルテム様」
そしてアルテムは大広間の扉をゆっくりと、かつ堂々と押し開けた。
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