第2話 巨人の石
人間の領地最北端、————ザンパ村。
吐く息凍る極寒の環境。故に銀の髪色をした人々は、敵に勝つ事に、生きる事に必死なのである。
そんな彼らは現在、突如として進攻してきた魔族のゴーレムと交戦中である。
「デカブツ野郎……! これでも喰らいやがれッ……!」
筋骨隆々な村人がゴーレムに向かって、小型タル爆弾を投げる。
その小型タル爆弾は、手の平に収まるサイズ感からは予想できぬ爆発力でゴーレムの巨体を吹っ飛ばし、侵攻を著しく妨げていた。
「ゴルルルルルァ!!!」
だがゴーレム達も手榴弾に吹き飛ばされ地に転がりっぱなしのタフネスを持っているわけではないではない。
ゴーレムは起き上がるのではない。
飛ぶ! 高く飛び上がるのだ!
前線にいた村人達が後に語るに、その高さ、目測最低でも百メートル超。
個体差はあるものの成人したゴーレムの体重はおよそ二・五トン。
そんな巨体が百メートル超の高さから真っ逆さまに落ちるのだ。
ドズグォン!!!
着地点を起点に大地が捲り上がるが如き勢いで波打ち、今度は村人達が高く宙に打ち上げられた。
ザンパ村の男達は高所から落下した際の対処は心得ている。しかし、それは落下地点が見えていればの話である。
舞い上がった砂埃が彼らの感覚を狂わせ、数名が地面に強く叩きつけられた。
「今の攻撃で出た怪我人を奥へ運べ!」
茶色のポンチョを着込んだ茶の髪色の青年、ダンは怪我を負った村人を肩で担ぎながら村奥の民家へ運ぶ。
「クソっ! これじゃあこっちの戦力が減る一方じゃネェか。
新しい怪我人だ! すぐに応急手当て……、を……」
ダンは、横たわる怪我人の仲間達を見て驚いた。
「止血処理だけじゃねぇ。傷薬の塗布、傷のひどい奴には回復魔法まで。この村にシスターはいネェはずだろ。一体誰が
「部隊長様でしょうか?」
ダンは背後から聞こえてきた可愛らしい声に反応して振り向く。そこにはシスターの少女が立っていた。
体全体を覆う修道服を着てはいるが、桃色の瞳、小柄な頭身に合わせるように顔も小さく白く綺麗な肌に、形の整った鼻と艶のある薄いピンクの唇。
その可愛さに、ダンは一瞬ではあるが惚けた。
「あ、あんたがやったッてのか。シスター……?」
「シスターイノリです。
「中皇だと? チッ。あんな老人共に救援出しやがったのか」
「いえ、中皇に救援要請は来ていません」
「? 何言ッてんだ。今、中皇からって……」
「中皇から独断で来ました」
「…………死ぬなよ」
ダンは思い出したかのように、担いていた村人を床に寝かせた。
「悪ィが、こいつの手当ても頼んだぞ。俺は前線に戻る」
「お待ちください、部隊長様。あなた様も手当てが必要なケガを……!」
「言い忘れたが、俺は部隊長じゃねぇ。こんな傷なんざ慣れっこな、ただの風来坊な狩人だ。そんな心配そうな目ェすんな。勝算はある」
民家から前線に戻ってきたダンは、バサリと勢いよく羽織っていたポンチョを脱ぎ捨てる。現れたるは右腕に装着されたボウガン。腰に装着した矢筒にはボウガン用の矢が七本収納されている。
「弓は樹齢千年杉の若枝、弦には獣人族の英雄ガリバートゥースの立髪をあしらった俺だけの一点もの。さて、岩石ヤロォ共。こっからは俺のワンマンゲェムだ」
先端に鉄球を取り付けた矢をセットし、一番近くにいたゴーレムに向けてドダヒュン!と発射する。
一瞬遅れて気が付いたゴーレムは、放たれた矢を迎え撃つように拳を繰り出す。が、矢に接触すると同時に拳から肩にかけて粉砕し貫かれた。わずか一瞬で起きた力負けにゴーレムは驚きを隠せない。
「次ィ!」
放たれた二本目の矢はダンから二番目に近いゴーレムの胴体に直撃。胴体に深いヒビを入れ、吹っ飛ばした。
「させっかよ!」
二体の惨状を見た三体目のゴーレムは素早くジャンプ攻撃体勢に入る。しかし、矢が右太ももを粉砕したことでバランスを失い不発に終わる。
「ったく。狩った後は防具にでも加工しようかと思ったが、これじゃあクソの役にも立ちそうにねェなァ! ……そろそろ終わらせっか」
ダンが四本目の矢をセットしたその時、大量の石つぶてが彼に向かって投げつけられた。
咄嗟に回避したダンは石つぶてがきた方向を確認する。そこに居たのは一体目のゴーレム。
「粉砕された
だが、石つぶてだけではない。今度は右足が飛んできた!
思わぬ飛来物に体勢を崩したダンに向けて、自分の肉片を握ったゴーレムの拳が大きく振りかぶる。
「ピッヂャー:ガバドン、ラズトイッギュウ。ナゲマシタ!」
迫り来る石つぶて。せめてもの防御として顔を覆うダン。アウトか、セーフか。
「セーフ」
ザンパ村に到着した魔王アルテム改め、勇者ガリアスによって石つぶては全て斬り落とされた。
※ ※ ※
間に合った!
もし馬車の着替えが1秒でも遅れていたら、多分この人間を助けられなかった。
そんな彼はゆっくりと顔を上げ俺をみる。
「大丈夫か?」
俺が手を差し出すと、彼は一人で立ち上がりジロリと俺に睨んでくる。察するに「余計な真似をするな」ってとこか。
「あんたか。最近噂になってる勇者ってェのは」
「いかにも! 勇者ガリアス、ここに顕現だ!」
俺の答えに彼はため息は吐いた。
それは確かに到着が遅れたせいでもあるし、そのことについてはすまないとは思っている。
だがこっちにもれっきとした理由があって遅れたんだ。
まぁ反論としてその理由を彼に告げようものなら、即正体がバレるだろうが。
「オマエェェェ! ナニヤッデンダァァァ!」
そんなやりとりをしていたら怒号が飛んでくる。
見ると、怒号を飛ばしたのは片腕が取れた新人ゴーレムのカバドンだった。出陣の時は初現場に緊張してたが元気そうでよかった。
「すまない、無視をしてた訳じゃない。ここからは俺が相手を……」
「ダイダランニュウ! シカモファール!!」
…………は? ダイダ? ファール? 何を言っているんだ彼は。
「多分、ベースボールのことじゃねェか? 本来だったら俺が喰らうハズだった石つぶてをあんたが代わりに受けた。それが代打。んで、あんたは石つぶてを打ち返さずにその場に斬り落とした。それがファール、つまりやり直しっつゥわけだ」
俺の困惑を察してか、彼が用語も交えて解説を入れてくれた。ありがたい。
「石つぶてを打ち返す勝負のやり直し……。なるほど」
「おい待て。なんで剣構えてんだよ。まさかマジでベースボールで勝負する気じゃねェよな」
「相手が勝負の形式を指定してきているなら、それで打ち負かした方が後腐れはないだろう?」
「チッ、真面目かよ。……なら構え方が違ェだろ。ベースボールやったことがねェのかよ」
「多人数を交えた球遊びは経験がない」
幼少の頃、同年代の魔族の子供達が球遊びをしている様子は何度か魔王城から眺めたことはある。だが俺の場合、エリゼが唯一の遊び相手である為キャッチボールぐらいしか経験はなかった。
「まず体は横向き、顔はそのまま正面だ。剣は両手で掴んで胸から上の位置で構える。んで、両足は地につけて膝を曲げて腰を落とす」
「この構えで合っているか?」
「
「なるほど。助かった」
格式張ってはいるが、腕に力が入りやすい。なるほど、理にかなっているポージングだ。
「では改めて再戦といこう」
「待テイッ!」
俺とカバドンが睨み合っていると、カバドンの背後から低く重々しい声が響いた。現れたのは体表面が黒く輝き通常より一回り以上大きい体躯のゴーレム、族長にして長老のガーディンだ。
(来たか、ガーディン!)
「カントク!」
ん? 待て。今
「ソノ男。イヤ、男カハワカランガ、ソイツァ噂ノ勇者ダ。ナラバゴーレム族ノ長デアルコノガーディンガオ相手シヨウ!」
マウンドに立ったガーディンは手に持っていた岩をメキャリと握り潰し石つぶてを作り出す。もはや待ったなしだな。
「待て、その前に一ついいか」
だが俺は待ったをかける。この勝負よりも優先しなければならないことがある。
「お前達の後ろで倒れているゴーレム。そいつを撤退させろ、気になって勝負に集中できない」
俺が指名したのは胴体にヒビが入ったまま倒れているゴーレムだ。
ゴーレムたちは胸部体内に核となる水晶が埋まっており、それが無事であるならば腕が飛ぼうが足が飛ぼうが修復は可能だ。しかしこの水晶が破壊されたら最後、ゴーレムは死亡してしまう。
倒れたゴーレムからは微弱ながら呼吸音が聞こえることから、まだ水晶は完全に破壊されていない。つまり今すぐに撤退すれば修復が間に合うはずだ。
「了解シタゾ」
ゴーレムが仲間達に運ばれ戦線を離脱したことを確認すると、俺は改めてバッティングフォームを構える。
ガーディンも片足を高く上げる投球フォームに入る。
病み上がりだから気合入ってるなぁ。
「喰ライヤガレィ! 儂ノ魔球ヲッ!」
ガーディンが投げた石つぶて達は足を高く上げたことにより舞い上がった砂埃を纏い込む。これを人間の肉眼で見たならば消える魔球、いや消える魔石となっていただろう。
しかし魔王アルテム改め勇者ガリアスが持つ驚異的視力の前には、全くの無意味だ。俺は剣の側面で全ての石つぶてを打ち返した。
「人間、打ったら次はどうすればいい?」
「え? あぁ、そしたら一周してここに帰ってくりャ勝ちになるが……」
「わかった!」
「おい、待て! 走る際にはバットを捨て……、いや剣だからどォなんだ?」
まずは直線上にいる三体、そこから二つ目の角を左に曲がりそこにいた二体。右曲がって四体、裏道に入って一体、そこからUターンして広間に出て五体。
右折、左折、直進、左折、地下通路、井戸に飛び込み、…………。
俺はザンパ村中を隈無く走り回り出くわしたゴーレム達の腕や足を斬り落としていく。
もとよりゴーレム軍を撤退させる手段として彼らを手足を奪い行動不能にするつもりであった。街を一周がルールであるベースボールは非常に都合が良い。
そんなこんなであと二百メートル直線を走りきれば一周だ。だがゴール前にはガーディンが立ち塞がっている。
「ホームベースハ、踏マセンゾォ!」
ガーディンの拳が俺に向かって繰り出される。あの人の体を構成しているのは七〇%の黒曜石と二十五%特殊合金、その頑強さは一般ゴーレムの十倍以上。絶対に砕かれないと自信の上に繰り出されたパンチだ。
だが、俺の聖剣は最も容易くガーディンの腕を斬り捌いた。
「ナンノォォ、コレシキィィ!」
瞬く間にガーディンの腕が再生していく。この万が一に備える用心深さ、そして対応力。さすが魔王軍幹部歴75年だ。
だからこそ俺は対策を練ってきた。
腕を再生する一瞬の隙を突き、スライディングで股の下をくぐり背後に回る。聖剣を握っていない左手を拳に構え、狙いは一点。
ガーディン、治った直後なのに本当にすまない……。
ガンッッ!「ギャァァァァァァ!!!」
人族の領地最北端、————ザンパ村。
老ゴーレムの絶叫が夜に響いた。
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