魔王にして勇者の表裏生活(ツーサイドライフ)

亜上 諌

第一節

第1話 頂点に在る者

 表裏一体。

 それこそがこの世界を形成するモノだと俺は思う。

 太陽と月。空と大地。熱と冷気。光と闇。愛と憎。そして、オスとメス。あげればキリがない……。

 両者は対極の場に位置するが、その存在こそが物事に価値を与える。コインの表と裏の様に————。


 俺が生きるこの世界で特に大きな表裏一体は生物種だ。


 一陣営は人族。対するもう一陣営は彼らがモンスターと総称する魔族。

 何の因果か二陣営の生物比率はほぼ同数。故に世界を二分し支配している。

 更にはお互いの領地の奪い合い長年の間絶え間なく続く。


 そんな状況の中で俺、アルテム・ブラッドサンの役目は魔族をまとめ上げ、世界の半分を一手に担うこと。有り体に言うならば、——だ。


 そんな俺は今、魔族領域の境界を目指し、魔王軍幹部の最年長にしてドワーフ族の族長であるガンス爺と二人、夜の草原を馬で駆け抜けていた。


「見ろガンス爺、夜風が気持ちいい!」


 俺は馬の手綱から手を離して広げ、「フォー!」と声を上げながら全身で向かい風を受け止める。


「アルテム様! 何度も言っておりますがその乗り方はやめてくだされ。このガンス、残り少ない寿命が尽きてしまいますぞ」


 そう言うガンス爺は、俺が馬から飛ばされた際に受け止められるように、俺の一馬身後ろのポジションにピッタリと付いている。


「ちぇ。わかってるよ、境界を越える時にはちゃんと握るから」


 今走っている草原の途中には、その昔に何らかの要因で生まれた底の見えない縦にも横にも巨大な渓谷がある。そこが魔族領域と人間領域の境界だ。

 俺たちが乗っている馬ならば、十分に助走をつければ渓谷を飛び越えることなどいとも容易い。


 渓谷を飛び越え、対岸の草原を走り、その果てである切り崩された崖の上で馬は足を止めた。


「さ、着きましたぞ! この崖から眼下に広がる村が今宵の戦場、コルグ村ですぞ」


 ガンス爺に言われて視線を落とす。

 そこに広がるのは煉瓦造りの建物が立ち並ぶ人間の町、コルグ村。そこに住む灰色の髪の者(主に男)たちは剣を手に魔族と戦っている。


 対するは魔族:アンデットゾンビ。単純な力比べでは圧倒的に人間側に群牌が上がるが、アンデッドゾンビの強みは何処を、何度も斬られようとも死なないその不死性にある。


 要は彼らが自らの死を認めない限りは死ぬことはない。故に、戦況としては消耗戦を強いられる人間側の戦力が風前の灯火となっている。だが人間はここからが面倒くさい。


 追い詰められた状況下で彼らの原動力となるのは根性。この根性によって灯火が最大火力へと化ける。そして魔族は往々にして、こうした人間の根性から来るしつこさに手こずってきていた。

 そして、俺の役目というのは……。


「みんな、見ろ! 我らが魔王アルテム様が来てくださったぞ!」


 出陣前の会議で、頃合いを見計らったアンデッドゾンビの族長、ニックスが高らかに声を上げた。

 魔王が自分達の戦いを謁見している。その事実がアンデットゾンビ達の士気を大いに向上させる。


 自分達の武功が魔王に認知されているという事は、この後開かれる魔王軍幹部会で優位な立ち位置を得られるということ。つまり魔族全体でも有力魔族の座に一歩抜きん出ることができる。ならばアンデットゾンビ全体の士気が上がるのも当然のことだ。


「それではアルテム様。いつも通りあの魔法を使うのですぞ」


 ガンス爺に言われ俺は覇王眼エンペラーサイトを発動する。自らの眼球に魔力を込めて相手を睨み、恐怖に陥らせる。俺が使だ。


「ひっ……! ひゃぁぁぁっ……!」


 早速、一人の人間が恐怖に取り憑かれ、灯火はいとも容易く吹き飛ばされる。彼は持っていた剣を手放し、悲鳴を上げながら涙目で逃げ出した。


「ひいいいい〜〜っ……」


 後はもう連鎖である。恐怖に陥った人間が次から次へと武器を手放し、連携は瞬く間に崩壊していく。

 早いもので戦場での俺の役目はこれにて終了だ。


「今だ! 片をつけるぞ」


 あとはニックスの号令と共に、部下のアンデットゾンビ達が残った人間をコルグ村から追い出していく。全ての人間の排除確認をもって、終結となった。


「無事、作戦通りと言ったところですかな」


「あぁ、うまくいってよかったよ」


 俺個人としても、計画通り人間の犠牲者が出なくてよかった。

 とはいえなぁ。このいくさ、俺が来る意味があったのだろうか……。


「……アルテム様、またいつものお悩みでございます?」


 ガンス爺はすぐに俺の不満を見抜いた。


「確かに、人間を脅すのであればメデューサ族の者を連れてくればいい話。しかしそれは脅すの場合のお話ですぞ」


「他に意味があるのか?」


 ガンス爺は「えぇ、ありますとも」と深く頷く。


「アルテム様が魔王の座に着きましてまだ二ヶ月。これから魔族を率いる者であると、人族に、そして魔族に知らしめなければなりませぬ」


 馬を寄せ、年季の入った手が俺の手を包む。


「たとえ魔法が使えなくとも、亡き先代魔王であるお父上を継ぐ器がアルテム様には十分にございます」


 ガンス爺はいつも「魔法は使えなくても大丈夫」と俺を励ます。だが、魔術に関する書物を読み漁り試行錯誤を凝らしても、一向に魔法が使えないのは俺にとっては深刻な問題だ。


 それはそれとして、問題がもう一つ……。


「ガンス爺、もう一つの戦場はどうなっている」


「北のザンパ村でございますか。あそこでは現在ゴーレム部隊が出兵しておられるはずですぞ。後数分もすれば制圧は完了するかと……」


 ガンス爺は重苦しい口調で一言付け足した。


「最近噂となっているが現れねばですが」


 その一言に俺は胸が重苦しくなった。だからといって躊躇している暇はない。

 俺はすぐに乗っている馬を回れ右させる。


「おや、アルテム様。ザンパ村に向かわれるのですか?」


「いや、もう疲れたので馬車で城に帰る。ガンス爺はニックス達と被害状況の確認を頼む」


「左様でございますか。それで、なのですか……」


 ガンス爺は何かを言いたげにモジモジとしだす。

 何を言いたいのか俺にはわかる。だけど長老ともあろう者がモジモジとしている様は正直言ってみっともない。はっきり言うとキモい。

 俺は心の中でため息を漏らした。


「アンデットゾンビ伝統の勝利の宴、参加してきてもいいよ。幹部の皆には俺が許可を出したって言っておくから」


 途端にガンス爺の顔がパアッと明るくなる。


「左様でございますか。それではこのガンス爺、お言葉に甘えて参加させていただきます。それでは! アルテム様もおやすみなさいませ〜」


 ガンス爺は宴で踊る為に体をほぐしながら馬で崖を下っていく。相当高齢なのに張り切ってるなぁ。

 まぁ、派手に騒いでくれた方が俺としては都合がいいが。


 今後、コルグ村を人間の手に戻した時、アンデットゾンビの文化の痕跡が残っていれば、人間が魔族文化を知るきっかけになる。

 それは『』を進めるにあたっても有効だ。


「それじゃ、俺も行くか」


 馬をUターンさせてここまで来た道を逆に走る。急がねば。ザンパ村が占領されてしまうに……。


 馬で駆けることものの一分で草原から少し離れた林道に止めた馬車に到着した。境界から約三キロ離れたこの場所までこのタイムとは、さすが王族が古くから御用達としている血統だ。


「エリゼ、俺だ開けてくれ!」


 馬車の扉をノックすると、メイド服を着てセミロングの銀髪をポニーテールにした碧眼の美少女が扉を開ける。


「おかえりなさいませ、アルテム様」


 彼女の名前はエリゼ・ティルターニャ。魔王である俺の側近として仕える白エルフ族の少女であり、俺の幼馴染でもある。


「計画通り、ガンス長老はコルグ村に置いてきぼりにできましたか」


 そんなことをすまし顔で言い放つ。このメイドエルフは……。

 エリゼはいつも、皮肉めいた事を俺に言ってくる。絶対わざとだろ。


「置いてきたんじゃない。息抜きの機会を与えただけだ」


 俺は急いで身につけているマントを脱ぎ、エリゼに投げ渡す。


「それより、今はザンパ村だ。ガンス爺の話だともう時間がない」


「貴方様であれば全力疾走すればザンパ村まで約一分ですし、そこまで焦る必要はないと思いますけど?」


「忘れたか、ゴーレム族の平均制圧記録は約七分。しかも今日は長のガーディンが腰痛から全快したことでえらい張り切ってる」


「…………急ぎましょう」


「あぁ。とりあえずいつも通り遠回りルートで魔王城に向かいつつ、精霊木ピクシーウッドの森を出たところで待機しててくれ」


「行って帰ってくるまでにどれくらいかかります?」


「多く見積もって……、十分じゅっぷんだな」


「魔王軍きってのパワータイプなゴーレム軍相手に余裕の時間設定ですこと」


「長居すればするだけ正体がバレる危険性が高まるだけだ」


 こんな風にエリゼとやりとりしながら、俺は動きやすい肌着以外の服を脱ぎ馬車に放り込む。

 魔王は威厳を示すために出陣の際は多くの伝統的な衣装を身に纏うと言われたが、正直暑い・重い・身動きが取りにくいの三拍子が揃って邪魔で仕方がない。


「剣を」


 エリゼが座席の物入れに隠した大聖剣を引っ張り出し、俺に手渡す。

 俺が聖剣の柄を握った瞬間、銀を下地に金の装飾を施された鎧が召喚され、俺の身を包んでいく。

 こうして鎧を纏った俺は、人間を守るために魔族と戦うというもう一つの姿へと変身する。


 魔王にして、———勇者。


 もしもこの世の表裏一体に順位があるのだとしたら、その頂点にるのは俺だ。


「それじゃ、行ってくる」


「行ってらっしゃいませ」


 ダンッ!!!、と地面が抉れ捲り上がる衝撃音が森全体に鳴り響く。

 俺が最高速度の初速で走り出した音だ。

 あっという間に白エルフの遠視能力を持つエリゼですら目視できぬ遠くまで行ってしまった。


「がんばれ、アル」


 アルテムが向かったザンパ村の方角を眺めながらエリゼは呟く。

 彼女は馬車の扉を閉じ、ゆっくりと馬車を走らせ始めた。

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