第15話
ムメイさんはプレゼントボックスを見つけるたびに、着ぐるみのおっさんに与え続けた。お嬢様も何回か自分のおっさんに与えてたみたいだったけど、攻略本によるとお嬢様の方のおっさんは一時的なパワー系のバフスキルだから攻撃してない今は特に関係なかったみたい。
ところでさっきまで豆粒サイズになるほどおっさんたちの距離が開いていたはずなのに、どんどん二人の距離が縮まっていた気がした。それになんとなく……いや、これは確信があるんだけど、着ぐるみのおっさんがポテチを食うたびにどんどん肥えてる気がする。
ムメイさんはモブ以上にはなりたくない!#15
おっさんを追いかけ続けるおっさんと、着ぐるみのおっさんがポテチを食い続けるだけの映像をひたすら見せられ続けてさすがに飽きてきたんだよね。ずっと座ったままだから、お尻も痛くなってきたし。床に寝っ転がりたいとこだけど、ムメイさんと手錠で手を繋がれたままだからそうもいかないんだよな。
あくびをしながら画面を見る。自分の体の重さで動きまでどんどん鈍くなって、ついに追いつかれてしまった着ぐるみのおっさんと、やっと追いついたボクサーのおっさん。よく見たらHPのゲージが半分くらい減ってるし全身に汗をかいている。そりゃそうだよな。あれだけ歩かさせられたらな。
着ぐるみのおっさんも観念したのか、ついに逃げることをやめてボクサーのおっさんと向き合った。もともと細身だったからか着ぐるみの布はパンパンに膨れ上がっていて、今にもどこかがはち切れそうだった。
「やっと戦う気になってくれたのね」
「そうみたいだな」
画面から目を離さずに二人は言った。さっきまでのだらっとした空気とは違って一触即発の空気だ。
「じゃあ、行かせてもらうわよ!」
ボクサーのおっさんが着ぐるみのおっさんに向かって走り出す。重そうな右ストレート。あの鈍い動きじゃさすがに避けられないんじゃ……?そう思った瞬間だった。
スンッ……。
当たる寸前、着ぐるみのおっさんは俊敏な動きで右ストレートを腕で受け流して見せた。
「えっ?!」
思わずムメイさんの方を見てしまった。格ゲーはど素人のムメイさんがこんなピンポイントで避けさせるなんて技を出来るはずがない。
「ならもう一発!」
今度はワンツーからのアッパーのコンビネーション。これならさすがに当たるだろ。……そう思いきや、またもや着ぐるみのおっさんはその全てを見事にかわして見せた。
え、ええ……。
「なんかすごいな!お菓子食べさせたからパワーアップしたのか?」
ムメイさんはさらに目を輝かせながらコントローラーのボタンをぽちぽちした。でも着ぐるみのおっさんはムメイさんがなんのボタンを押そうが、まったくその通りには動いていない。……ってことはムメイさんは気づいていないだけで、このおっさん、プレイヤーの操作と関係なく自分勝手に動いてるだけ?ど、どうなってるんだよこれ。
「う、うう〜〜っ。こうなったら当たるまで戦うだけよ!」
お嬢様は悔しそうに顔を歪めると、次の攻撃を繰り出した。お、派手なエフェクトまでついててなかなかの大技っぽい。お嬢様、CPUに負けてるくらいだからあまり強くないのかと思ってたけど、大技を出せるくらいの強さはあるんだなあ。思わず感心してしまった。もちろん、避けられて全く当たらないんだけど。
「もう!なんなのよ本当に!」
悔しがるお嬢様と、画面の中で技を外した悔しさで地団駄を踏むボクサーのおっさんの姿が重なる。
それから、お嬢様はコンビネーションから大技まで次々に持ち技を披露して見せた。ボクサーのおっさんが技を繰り出すたびに、周囲の建物は破壊され、あちこちの地面がめり込んだ。けれど、どれだけ建物が崩れ落ちても、どれだけ地面がめり込んでも、どれだけ大技を使っても、着ぐるみのおっさんのHPは一ミリも減らなかった。
「もう!何よこれ!攻撃が一切入らないんだけど!?あなたたちチートでも使ったの?!」
痺れを切らしたらしい。お嬢様はコントローラーを地面に投げつけた。
「いいえ!俺たちは特に変わった操作とかは何もしてないですよ〜!あの着ぐるみの人がですね、オートで勝手に動き回ってるだけというか」
「チートってなんだ?」
ええい、やかましい!チートっていうのはあんたみたいな能力が無茶苦茶なやつのことだよ!
それにしても着ぐるみのおっさんの謎の俊敏な動き。最初の鈍臭さはどこへ行っちゃったんだよ。てかあれだけ動けるのになんで逃げてたんだよ。まさか戦えない理由があったとか言う?そもそもマジでこのおっさん、何者なんだよ。
俺の抱いていた疑問に、まるで呼応するようなタイミングで画面上に文字が浮かび上がる。
『セバスチャンはある屋敷の執事だった』
「は?」
な、なんかいきなりモノローグが始まっちゃったんだけど?てかこのおっさんの名前、セバスチャンだったの?着ぐるみのおっさんじゃなかったの?
『昔は主人やその家族を守るため、ありとあらゆる格闘術を極めた優秀な屋敷の使用人だった……』
あ、一応格ゲーらしい要素あったんだ。
『己の強さは主人のために。セバスチャンはそれを信念として掲げ、護るために必要な力以外を決して振るいはしなかった』
あのー。もっともらしいこと言ってますけど、これ格ゲーでしたよね?必要以上に戦う気がないのに、なんで戦うためのゲームのキャラとして選抜されたのこの人。
『だが、勤めていた屋敷が没落して路頭に迷い、最終的には薄給の着ぐるみのアルバイトにたどり着いた。……そんな過去がある』
設定重ッッ!!だから着ぐるみなの?どうして着ぐるみのバイトを選んだの?てか何の話を聞かされてるの??
『私にはもう戦う理由などない。護るものも何もない』
……だから重いって設定が!
『だが、彼にも捨てられない思いがある』
『この力は誰かを護るためのもの』
『決して暴力のためになど使ってはいけない』
『そんな思いから、セバスチャンは自分に向けられた攻撃は反射的に全て受け流してしまうのだった』
『堕ちるところまで堕ちても、彼の信念はずっと変わらない』
『To Be Continued……』
勝手にモノローグで行間を食いまくるな!!!それに良い雰囲気で終わらせようとしてるけどそもそもまだバトルの途中だからな!?
「ただのおっさんかと思ってたけど、つらい過去があったんだな」
「うっ、うっ……。中の方、こんなに大変な思いをしてきたのね……!」
中の方いうな。それにしてもお嬢様、感情移入して泣き出すあたり本当にいい人なのかもしれない。こんなところで長い時間ゲームに明け暮れてたみたいだし、ただのお嬢様じゃなさそうだもんな。なんか自分と重なる過去とかあるのかな。
お嬢様は涙をグイッとハンカチで拭うと、床に落ちていたコントローラーを握りしめ直した。
「……でも勝負は勝負!たとえ避けられてしまうとしても、結果が出るまで戦うまで!」
「もちろん、お情けなんかいらないからな」
いや。ムメイさん、めっちゃキリッとした顔でそれっぽいこと言ってるけど、自分で操作できてないのに何言ってるのこの人。
待ちくたびれたのか、胡座をかいて座ってたボクサーのおっさんがお嬢様の操作で立ち上がる。対する着ぐるみのおっさんはというと、猫背でボリボリと腹のあたりを掻いていた。やっぱこいつ、その辺のおっさんの間違いなんじゃね?
「じゃあ行くわよ!グラウンドインパクト!!」
お嬢様がボタンのいくつかを手早く入力する。繰り出された技は、ボクサーのおっさんの持ち技の中でもかなり高い威力を持つものらしかった。破壊音と共に、着ぐるみのおっさんに向かって大小様々な無数の岩が飛んでいく。
ムメイさんが次々に入力するボタンの操作を無視して、着ぐるみのおっさんはひたすら避けていく。複数飛んできたものを避けるには、本来ならかなりの技量が必要なはずだ。あまりにも俊敏な動きすぎて、目で追うのがやっとだった。
でもそれだけ俊敏な動きだっただけに、残念ながら着ぐるみのおっさんの服の耐久力は限界を超えてしまったらしい。
「プチッ」
明らかにそう聞こえた。チャックが弾け飛んだ音と、その瞬間にジャッ!と勢いよく開いた背中のファスナー。開いたファスナーから放たれる虹色の光線。眩しささえ感じさせたその光線は画面全体を虹色に変える。『しばらくお待ちください』の文字が表示された数秒後、あの明るい画面は一転、グレーの砂嵐に変わった。
「しょ、勝負はどうなったの……?」
何が起きたかもわからずに呆然とした顔で顔を見合わせるお嬢様とムメイさん。俺だってびっくりだよ。まさかこっちの世界に来てまで、放送終了後に流れる虹色の画面だの、しばらくお待ちくださいの文字が表示された画面だの、砂嵐なんて見ると思わないもん。
しばらく待っていると画面は砂嵐から、タイトル画面に切り替わった。え?リザルト画面は?決着はどうなったの?てかさっきのあれは何だったの?
持っていたコントローラーを置くと、ムメイさんは俺の顔をじっと見つめた。
「ルイキ、さっきの見たか?チャックが飛んだやつ」
「見ましたよ」
やっぱりムメイさんも見てたんだ。俺が返事をかえすと、お嬢様もコクコクと頷いた。
「私も見たわ。チャックが弾け飛んで……それから画面が切り替わって。それでなんだけど、私ちょっと思い出したことがあって」
「「思い出したこと?!」」
俺とムメイさんの目が一斉にお嬢様の目を捉える。もしかしたらその思い出したこととやらが解決の糸口になるかもしれない。
「もしかしたら……もしかしたらだけどね。その辺にある攻略本のどこかに答えが載ってないかしら。ここに連れてきてくださった方が攻略本を持ってきてくれたんだけど、あまりにもたくさんあるものだからパラ読みしかしてなくて。どの本かどうかもわからないけど……」
なんだ。結局、頼るべきは先人の知恵か。まあ、そうなるよな。
たくさんとは言ってもここにある攻略本は全部で十数冊。一冊一冊のページ数がエゲツないとはいえ、三人で手分けして読めばそんなに時間もかからなそうだった。
「それがわかっただけでも十分です!三人で手分けして探しましょう!」
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