第14話
「ゲームのやりすぎで頭がおかしくなったのかしら……?なんかバグったドット絵みたいな奴らが来たんだけど……?」
バグったドット絵?俺たちが?
「……?訳がわからん。私たちのどこがバグったドット絵?ってやつなんだ?ていうかドット絵って何だ?」
ムメイさん、ドット絵も知らない人だったか。
「点々で描かれた絵のことですよ」
俺とムメイさんが話してる間、女の子は近くに開いたまま置きっぱなしになっていたトランクの中をゴソゴソしていた。その中から鏡を見つけ出すと、俺たちの姿を鏡に映して見せる。
「ほら!どう見たってバグったドット絵じゃない!」
ムメイさんはモブ以上になりたくない!#14
うわ、本当だ。
鏡に映った俺たちの姿は、透明な布のあちこちに開いた穴のせいで、体の一部が点々としか表示されていなかった。ていうか、ずっとこれかぶったままだったの忘れてたな。
ムメイさんは透明な布を外すと、繋いでいた手を引っ張って俺を立ち上がらせた。
「あ、あれ?見間違い?今度はちゃんと見える。ゲームのやりすぎで目が悪くなったのかしら?」
お嬢様は目をゴシゴシと擦りながら言った。
そりゃあ何も知らない人からしたら、俺たちは急にここに現れたように見えてしまうよな。大丈夫、見間違いじゃないよ。
ムメイさんはツカツカとお嬢様の前まで歩いていくと、立ちはだかるように立った。初対面の相手にも容赦なく発揮される威圧感。
「質問に答えろ。お前は何者だ。何の目的でこの塔にいる?」
それ質問って言わない。尋問。こんな状況でも強気に出られる怖いもの知らずなムメイさんに、今は心強さしか感じない。
画面の中で膝をつくボクサーと仁王立ちの軍人。その二人と目の前の女の子二人の姿が重なる。このままお嬢様が大人しく話してくれればいいんだけど。
「私が何者かですって?」
どうやらそう簡単にはいかないらしい。お嬢様は不敵な笑みを浮かべた。
「そんなの『あなたたち何者なのよ』って、私だって訊ねたいくらいだわ」
それもそうだ。お嬢様からしたら俺たちはただの侵入者みたいなものだろうし。
「だからこうしない?」
お嬢様は床に置かれていたもう一つのコントローラーの方を差し出した。
「ちょうどCPUの相手も飽きてきたところだったの。ねえ、これでバトルしましょうよ。私とあなたたち、このゲームで勝った方が質問に答える。どう?」
げ、ゲームで?ていうかこんなことしてる場合じゃないんじゃ……。
「望むところだ!」
ムメイさんの顔を見て絶句した。こんなにウズウズしてるムメイさん、今まで見たことない。だって顔に書いてある。『ゲームってやつを私もやってみたい!』って。いつもなら力づくでも情報を吐かせるとこなのに。
「交渉成立ね!」
お嬢様は不敵に笑うとメニュー画面から二人プレイモードを開いた。キャラクター選択画面にはずらりと並んだ猛者たち。
お嬢様はさっきのボクサーを迷わず選択。ムメイさんはキャラの性能を一人一人吟味し始めた。これ、選び終わるのに何分かかるんだろう。待ってる間は暇だし、その辺の攻略本でも読んでようかな。
「あの、ここの本お借りしても?」
「あらいいわよ。でもこっちの方がいいんじゃない?」
お嬢様は積まれた攻略本のタワーの中から一冊取り出して俺に手渡した。どうやらゲームのキャラクター専門の攻略本らしい。パラパラとめくってみるとキャラのスキル、得意技、攻撃タイプとか、登場キャラのありとあらゆるステータス情報なんかが詳細に書かれていた。
「ありがとうございます。でも、いいんですか?敵に塩を送るような真似して」
俺がそう言うとお嬢様は自信たっぷりに頷いた。
「だってその方が楽しいじゃない!ただ一方的に痛ぶるなんてつまんないもの!相手にも一番良い状態で挑んでもらいたいわ」
……この人は純粋にバトルを楽しむ気なんだ。同じゲーマーとしてその心意気が嬉しい。ムメイさんが対戦してる間、この攻略本にじっくり目を通してどのキャラを使ってプレイするか真剣に決めることにしよう。
「よし!決めたぞ。私はこれでいく!」
ピャン!というSEとともに画面が切り替わる。ロード画面に表示されたコントローラーの操作説明に目を通しつつ、二人のバトルが始まるのを待つ。ムメイさんがあの数あるキャラの中から誰を選んだのか。なんとなくそれだけ確認したい。
ロードの画面が切り替わり、ステージの映像が流れる。紅葉が散る中、東家と木製のベンチが映る。和風の庭園みたいなステージだな。洋風寄りな建物の多い異世界の景色に慣れてきたからか、日本風なものを見ただけでなんだか懐かしく感じる。こっちの世界のゲームにもこんなステージがあるってことは、もしかしたらこの世界にも日本みたいなところがあったりするんだろうか。
ステージ紹介の映像が終わり、選択キャラがアップされる。
1P、中年オヤジレスラー。
2P、二足歩行で立っていて、茶色い毛皮で、頭だけがデカくて、体がひょろ長くて……てか、よく見たら背中にチャックがついてる。
二人の選んだキャラクターが画面の左右に並ぶ。花道として用意されている真っ赤な橋の2P側を歩いてきたのは……ただの着ぐるみ?!
な、なんてものを選んでるんだよ!!!
絶句した。なんだこれ。マジでなんだこれ。着ぐるみ?え?着ぐるみだよな?なんでよりにもよってあんな安っぽくて弱そうな着ぐるみ?どう見ても格闘術とかしてるようには見えないんだけど。これを選んだ意図はいったいなんなんだ。
「ルイキ見ろ!二足歩行のクマがいるぞ!」
そうだね。クマさんだね。……ってそうじゃなくて!
ダメだこいつ。意図とか絶対ねえ。だってめちゃくちゃ初めて見るものに目を輝かせちゃう子どもみたいな顔して画面を指差してるんだもん。絶対に興味本位で選びやがったなクソッ!
俺は攻略本の索引のページから、ムメイさんが選んだキャラクターの名前を探した。手錠で繋がれたままの右手が使えないから探しにくいな。てか、キャラ多くない?ゲームの方はもうバトル始まるし。
『3・2・1……Fight!』
試合開始を知らせるゴングの音が鳴ると共に画面が切り替わる。
でもこれでキャラ名の確認ができるな。どれどれ、ムメイさんのキャラは……
『着ぐるみのおっさん』
……中身おっさんなのかよ!ていうか中身の情報はいらんだろ!
まあとりあえず名前はわかったし?『着ぐるみのおっさん』がどんなキャラクターかさえわかってしまえば、戦術も立てやすくなるはず。
索引から確認したページを開いた。その瞬間に目に飛び込んできた文字を見て俺は絶望する。
『超 上 級 者 向 け』
終わったァァァ!!!
俺は力無く項垂れた。視界の端に映る、お辞儀した瞬間に外れて転がった頭を拾いにいくおっさんの姿。うわ、鈍くせぇ……これ本当に格ゲーなんだよな?なんで早々に頭のかぶりもの落として拾いに行くドジっ子属性のおっさんの姿なんか見せられてんの?
「なんだ?このクマの中には人が入っているのか!ルイキ!見ろ!人が出てきたぞ!」
うるせえ!真面目に戦え!勝たなきゃ情報が手に入らないんだぞ!
キレ出したいのを必死に堪えて、俺は攻略本の『着ぐるみのおっさん』のページに目を通した。
絶望するのはまだ早い。もしかしたら説明をちゃんと読めば、どこかに勝つための糸口が掴めるかもしれないし。えーと、なになに……
『勝率0.001%。プレイヤー使用率1%未満(当社調べ)。キャラクター説明・着ぐるみを着ているただのアルバイトのおっさん。三度の飯よりもポテトチップスが好き』
……ははっ。乾いた笑いしか出てこない。もう無理じゃんこれ。勝率0.001%?ハァ?ソシャゲのSSRよりも低いじゃん。てか説明これだけ?どうせこんなキャラ誰も使わないだろうし適当に書いとけwwwっていう編集者の意志を感じるな。
あぁ〜〜〜ッ……落ち着け。落ち着くんだルイキ。ムメイさんが負けても俺が勝てば良い。そうだろ?もうムメイさんには自由に遊んでもらおう。俺はそれをあたたか〜く見守ろう。そうしよう。
拾った頭をかぶり直すおっさんと、頭を拾ってかぶり直すまでの一連の動作を呆然と眺めるプロレスラーのおっさん。てかなんでお嬢様は攻撃しないの?今叩いてたら確実に勝ててたよね?
「あら、どうかした?」
お嬢様と目が合った。
視界の端に映った画面の中の着ぐるみのおっさんが「いやー、すいませんすいません」と言わんばかりにペコペコとお辞儀をする。なんか腹立つな。
「あの、バトル始まってますよね?相手の俺が言うのもアレですけど、今叩きに行ってればあなたの勝ちだったのになぁって思って」
「まあ!そんなことするわけないじゃない!」
お嬢様はムッとした表情でこちらを見た。
「だってここで攻撃するなんて卑怯でしょう?困ってる人に追い討ちをかけるような仕打ちはしたくないわ。私は正々堂々とバトルしたいのよ!」
ご、ごもっとも!
お嬢様の姿がなんか眩しく見えた。変身シーンに攻撃する悪役はいないっていうお約束みたいなものだよね。てかこの人マジで良い人そうだな。
画面の中のおっさん二人が定位置に戻ったところでバトルが始まった。お嬢様は体験者なだけあって、それなりに戦えそうな動きをしている。対するムメイさんは……どこ行ってんの?着ぐるみのおっさんが全速力で画面の端に向かってまっしぐら。
「あの、ムメイさん?逆です逆。そっちじゃなくて左側にアナログスティックを傾けて」
「傾けてもそっちに行かないが?」
ムメイさんは不服そうに反論した。ムメイさんの手を見ると確かにちゃんとコントローラーを相手のおっさんのいる方向に向けて操作している。じゃあなんで?
画面をマジマジと見てみる。よく見たらおっさんの残りHPのゲージの上にSってマークが出てる。Sってもしかしてスキルのこと?
ペラペラとスキルについて書かれたページまでページをめくる。クソッ、片手だとやっぱりめくりづらいな。てかキャラのスキルくらい、さっきのキャラ紹介ページにまとめとけよ。
ページをめくる間に画面の中のおっさんとおっさんの距離がどんどん離れていく。てかお嬢様のおっさん歩くのおっそ!いや、着ぐるみのおっさんが歩くのが速いだけか?でもあれだけ重そうな体型だったら、お嬢様のおっさんの足が遅いのも頷けるような?
着ぐるみのおっさんを必死に追いかけるおっさんを眺めながら、お嬢様は悔しそうな顔でこちらを見た。
「くっ、距離をとって攻撃が当たらないようにする作戦とはなかなかやるわね……!」
いや、まだ戦ってもいません。お嬢様。奴は敵に背を向けて逃げているだけです。
二人の距離は離れるだけ離れ、やっとスキルについてまとめられたページまで辿りついた。どれどれ、着ぐるみのおっさんは〜っと……。みんなが探すようなメインキャラクターたちのスキルばかりが並ぶ。着ぐるみのおっさんは不人気キャラだし、どうせさっきみたいに最後の方にちまっと書いてあるんだろ。ペラペラと流し読みで目を通すとピンチパワーとか、加速とか、ありがちなスキルが並んでいる。そうそう、格ゲーといえばこういうのだよな。スキルが発動すると自分にバフがかかるやつとか、相手にデバフがかかるやつ。で、着ぐるみのおっさんは?
スキル紹介の最後のページに辿りついて、やっとそれらしき文面を見つけた。なになに……着ぐるみのおっさんのスキルは……
『逃 げ る が 勝 ち』
戦えこの卑怯者〜〜〜ッ!!!
俺は勢いよく攻略本を閉じた。なんなんだよ格ゲーキャラのくせに逃げるが勝ちって。戦えよ。しかもスキルの説明を一言でまとめたら『敵前逃亡』なのマジでなんなんだよ。もしかしてあれなの?最初に頭のかぶりもの落っこどしたのも、敵見てビビってずっこけたとかだったの?
おっさんたちの距離が開きすぎて画面の中で豆粒みたいなサイズになったところで、ムメイさんに繋がれた手錠を引っ張られた。
「ルイキ!なんかさっきからマークが出たり消えたりするんだがあれはなんだ?」
「マーク?」
画面を見てみると、時々プレゼントボックスみたいな絵の描かれた吹き出しが出たり消えたりしている。たぶんアイテム的なやつだろうな。
攻略本の基本のルールについて書かれたページを開く。なになに?応援アイテム?
「ああ、それキャラに渡してあげてください。キャラに合わせてステータスが上がったりするらしいんで」
ムメイさんが表示されたボタンを押した瞬間に大きな吹き出しが表示される。なるほどな。これだけ豆粒みたいなサイズになってちゃ何してるかわからないもんな。……で、着ぐるみのおっさんの応援アイテムはというと……ポテチ?
着ぐるみのおっさんはプレゼント箱からポテチの袋を取り出すと、ばりっと引っ張って袋の口を開けた。不器用なのか、開けた瞬間に中身の数枚が外に飛び散っている。
でもこの姿でどうやって食べるんだ?そう思いつつ画面を眺めていると、着ぐるみのおっさんは頭と体の隙間に手を突っ込んでポテチを食べ始めた。おい。アウトだろ。絵面的にアウトだろ。もっと食い方考えろよおっさん。
「お腹空いてたんだな。たくさん食えよ」
ムメイさん。微笑ましそうに観てるけど、こいつプレイヤーの操作無視して敵前逃亡した上に、与えられたポテチ食ってるだけだからね。
吹き出しの中の着ぐるみのおっさんは貪るようにポテチを食った。それから食い終えるなりポテチの袋をその辺にポイ捨てして、お嬢様のおっさんとは逆方向に向かって歩き出す。
おい、その辺に捨てんな。家じゃないんだからちゃんと持って帰れよ。ポイ捨てまでするなんてマジでクソ野郎だな。
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