第13話
「今度奴らと出くわしたとしても、俺たちは戦わなくて大丈夫なんで」
確かな情報……それはヘビたちからは俺たちを襲ってこないということ。
初めて出くわした時はムメイさんがすぐに襲いかかってしまったけれど、俺たちはそもそもあのヘビたちと戦う必要はなかったんだ。だって奴らはムメイさんが棒で殴った時も、俺たちがどこにいるのか全く認識できていなかったのだから。
ムメイさんはモブ以上にはなりたくない!#13
俺が立てた仮説の話をしよう。
恐らくヘビたちには視力がなく、その代わりに魔力の探知能力が備わっている。だからあれだけうじゃうじゃ固まって集団で移動していても、ヘビたちは個々でぶつかりあったりしない。各々が持っている魔力のおかげで、互いに個体の位置や個体同士の距離を共有できるから。
ムメイさんの話の通りなら今の俺たちは魔力がない。つまり魔力のない俺たちをヘビたちが認識することは本来なら不可能なんだ。俺たちを認識することが出来なかったのはそのせいだ。
実際、俺の仮説は正しかった。あれから通路でヘビたちと出くわしても、奴らは全く俺たちを認識することは出来なかった。だから俺たちはヘビが通るたびに通路脇に避けるだけで済んだ。……まあこれがまた大変だったんだけど。
元々の通路が狭い分、避けて立ってもどうしても奴らの体の一部が触れてしまう時があった。ムメイさんの場合、目隠しをしてるから見えてないとはいえ、ちょっとでも触れようものならヘビがすぐ側を通ったことがバレてしまう。それを避けるために、俺はムメイさんをお姫様抱っこして歩く羽目になった。直接ヘビが触れないように頭から透明な布をかぶり、ヘビが来た時はムメイさんを壁側に避けるようにして立つ。透明な布なんか使わなくてもヘビには姿が見えないというのに、なんてもったいない使い方なんだろう。通り過ぎるたびに何回も布にヘビのトゲがぶつかってるから、塔を出る頃にはボロボロになってそう。たぶん超レアアイテムなのに。
通路を進んではヘビをやり過ごして、階段を登って通路を進んではヘビをやり過ごしてをひたすら繰り返し、ムメイさんの体を支えている俺の手がプルプルし始めた頃、やっとそれらしい部屋を見つけた。なんの変哲もない、周りの壁と同じ素材で出来てそうな石の扉。
「ムメイさん、なんか扉があったんですけど」
辺りを見回してヘビがやってこないことを確認してから目隠しを外す。ムメイさんはメガネの位置を調節してから扉に耳をあてた。
「んー?なんか誰かいるっぽいな。音が聞こえる」
ムメイさんに手招きされて、俺も扉に耳を当てる。
……本当だ。なんか音が聞こえてくる。でも話し声というかこれは……電子音?ピコピコした感じの音楽が聞こえてくる。
「人の声というよりは音楽っぽくないですか?」
俺がそう言うと、ムメイさんはもう一度扉に耳を当てた。
「どうです?」
眉間に皺を寄せ真剣な面持ちで音を聞いていると思ったら、ムメイさんはおもむろに石の扉を掴んで開けた。ズズズと重そうな音を立てながら、横開きの扉が開く。
……ええ?!中に何があるかわからないっていうのに!
「わからないものはわからん!」
ムメイさんはそう言い終えるなりズカズカと部屋に足を踏み入れた。
そ、そんなあ。もし部屋に中ボスとか待ち構えてたらどうするつもりなんだよ。ムメイさんがこの部屋に入るなら手錠で繋がれてる俺まで道連れなんだけど?
手を引かれるまま、俺は部屋に足を踏み入れる。室内に入ると部屋の外に漏れ出していた音がさっきよりも鮮明に聞こえるようになった。
敵が潜んでいるかもしれないというのに、ムメイさんはズンズンと部屋の中に進んでいく。電気もついていない真っ暗な部屋の中で、部屋の奥には光を放っている何かと、それに照らされている一人分の人影。
まるで一日中ゲームに勤しむオタクの部屋みたいな……。いやいや、でもここは異世界だぞ?異世界に来てまでそんなことあるか?ていうか、部屋の奥にいる人物は扉を開けられた時点でなんで気づかない?それとも気づいていても、こちらを油断させるために気づかないふりをしているとか?
部屋の奥に進めば進むほど、部屋の中の様子は鮮明に映った。あの電子音と光を放っている機械はまるで向こうの世界のテレビのようだし、その機械の画面に映し出されているボクサーのような男と軍服姿の男が戦っているそれは格ゲーにしか見えない。奥にいる人物から聞こえてくるカチャカチャと忙しい音は、ゲームのコントローラーを動かしている時の音にそっくりだった。やっぱりこれはゲームなのかもしれない?
ムメイさんは部屋の主から少し離れたところで立ち止まると興味深そうに画面を眺めた。それから画面を指差しながら小声で言う。
「あれはなんだ?」
ムメイさん、ゲーム機を知らないのか。やっぱりこっちの世界にはゲーム機はないのかな。
「あれはゲームじゃないですかね。あ、ゲームっていうのは俺が前にいた世界にあった、人を楽しませるためのおもちゃみたいなものです」
「ほう」
小声とはいえ、これだけの至近距離なら気づいてもいい頃だと思う。なのにも関わらず、部屋の主はゲームに夢中で全く気づいていないようだった。
「おりゃっ!それっ!……うりゃあ!」
かこかこかこ。コントローラーを必死に動かす音と、プレイヤーのボイスが室内に響く。
機械の前に胡座をかいているのは、明らかにどこかの国のお嬢様といったような風貌の女の子だった。サラサラで下の方がくるくるとカールを描いている金髪のロングヘア、リボンやフリル、ドレープがたっぷりとついた緑色のドレス、お行儀よく並べられたヒールのついた靴。
でかい屋敷でお茶会とかしてそうな女の子が、なんでこんな塔の中の真っ暗な部屋でゲームに夢中になってるんだ?……夢中というか、画面に釘付けになってるのは横にいるムメイさんもなんだけどさ。
プレイヤーと書かれた方のキャラクター(なんでボクサーみたいなヒゲオヤジを選んだんだろ?)のゲージは減っていくばかり。おっさんも頑張ってはいるけど、敵の動きが素早いから振り回されっぱなしって感じ。
「ふーん。あの軍服男はそれなりに武術の鍛錬を積んでるらしいぞ。母国の格闘技以外にも相手や状況に応じて、様々な国の伝統的な武術を取り入れてるからトリッキーな動きをすると……へえ、確かに只者じゃない動きだな」
何その解説?!ていうかムメイさんの持ってるその本はいったい何?!
「なんなんですかそれ?!?」
「ん?床に落ちてた本だけど?」
それ絶対あのゲームの攻略本……!
画面に気を取られてて足元なんかあまり気にしてなかったけど、たしかにあちこちに本が積まれてたっけな。これまさかみんな攻略本とかいう?
床に落ちていたうちの一冊をパラパラとめくる。あー、これはたしかに攻略本。収録キャラクターの紹介からマップから、攻略方法からアイテムの説明までありとあらゆる情報がこの一冊にまとめられていた。
「ちゅどん!」
おっさんが倒れた時の効果音がちゅどんって。
テレビから聞こえてきた効果音に頭を上げた。画面にはゲームオーバーの文字とコンティニュー画面が表示されている。
あー、ついに負けちゃったか。武闘派軍人相手によく頑張ったよ。ボクサーのオヤジ。ていうかこれはキャラクター変更して別キャラで挑んだ方がいいと俺は思うんだけどな。
俺はさっきの攻略本をペラペラとめくった。
だからこそ、俺は気づけなかった。
「ああもうやってらんない!何なのよこのクソゲー!このキャラが強いって言うからこのキャラを選んだのに全然強くなんかないし!攻略本もあてになんないし!」
「あだっ!?」
女の子が仰け反った瞬間、右手に握られていたコントローラーが俺の後頭部に直撃する。痛え!痛みで悶絶する俺の姿を女の子の目が捉えた。
しまった!気づかれた!
「誰?!」
マジで今の今まで俺たちの存在に気づいてなかったんかい。どんだけゲームに夢中になってたんだよ。
お嬢様はこちらに向かって指を差し、ガタガタと震えながら続けた。
「ゲームのやりすぎで頭がおかしくなったのかしら……?なんかバグったドット絵みたいな奴らが来たんだけど……?」
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