第16話

ペラペラペラペラ……部屋の中にひたすらページをめくる音が響いた。時々聞こえるあくびの声はムメイさんのものだろう。俺はあくびの声に気を取られながらも、手は止めることなく動かし続ける。

なんで魔神を倒しに来たはずの塔でこうして囚われの(?)お嬢様と格ゲーをして、みんなで無言で攻略本をペラペラしてるのかなんて俺にもわからない。でもこのツッコミどころしかない状況を脱却するために、今こうしてページをめくっていることだけは確かだと思う。

しばらくして、お嬢様のページをめくる手が止まった。

「ちょっと見てちょうだい!これじゃないかしら?!」

お嬢様に手招きされ、俺はお嬢様の方へ行こうとした……ものの、ムメイさんに繋がれたままの手をすごい力で引っ張られ、勢いよく床に尻もちをついた。冷たくて硬い石の床に打ちつけたケツが痛む。

「いきなり何するんですか?!」

ムメイさんは痛みで目に涙を浮かべた俺の顔を不満げな顔で見ていた。

「いきなり何するんですかはこっちのセリフだ!いきなり動くな!ずっと座ってたから私は足が痺れてるんだよ!いきなり動けるわけないだろ!」

そんなの見ただけでわかる訳があるか〜い!

「知りませんよそんなこと!」

歪み合う俺たちを横目に、お嬢様はため息をついて立ち上がった。床と接していた部分の長いスカートを、手でパタパタと軽く叩く。

「まあまあ二人とも落ち着いて。私が持っていってあげるから」

お嬢様やっさし〜!そこのぶっきらぼうな乱暴者と違って、なんて親切な人なんだ……!

お嬢様は俺とムメイさんの前に立つと、本を俺たちに向けて差し出した。

「ほら、ここよ」

差し出された本を左手で受けとり、ページに目を通す。差し出されたページには『発生率0.001%?!究極の技!』という見出しと共に、さっきの着ぐるみのおっさんの画像が映されている。

「……は?」

先に内容に目を通していたらしいムメイさんが眉間に皺を寄せながら言った。いったい何が書いてあったんだ?そんな反応をするようなものなの?その究極の技ってやつは。

俺も該当の部分にざっと目を通す。

えーと、どれどれ?

『究極の技!見せられないヨ!

背中のチャックによって封じられていたブラックホールに全てを吸い込む技。誰かが背中のチャックを下げるか、応援アイテムを食べ続けさせて最大限まで肥えた状態にしてチャックを破裂させるかの二択でしか発動することが出来ない。着ぐるみの中、その深淵を何人たりとも覗いてはいけない……』

「……は?」

開いた口が塞がらなかった。

なに?初っ端から頭が取れて中のおっさん丸見えになってたのはセーフなの?深淵覗くどころかモロ見えですけど?チャックさえ下りなきゃいいの?

てか誰かが背中のチャックを下げる状況ってどんな状況?

そんなことより、そんなことより……。

「結局ただのクソゲーじゃねーか!!!!」

もう我慢ならなかった。俺は持っていた攻略本を地面に叩きつけた。その瞬間、空いた手をお嬢様にがしっと両手で掴まれる。右手にムメイさん。左手にお嬢様。

お嬢様は俺の目をまっすぐ見つめながら、こくこくと首を縦に大きく振った。

「でしょーー?!?!」


ムメイさんはモブ以上にはなりたくない!#16


「ねえなんだったの?!さっきの戦いはなんだったの?!あの長ったらしいモノローグはなんだったの?!」

「ねえ、何を見せられてたの俺たちは!!!!あの時間はなんだったの?!?!?」

「攻撃が何も当たらない時点で勝負になってないのよ!!!!!!」

お嬢様の一言を皮切りにして、俺たち(ほぼ俺とお嬢様)はこのクソゲーに対する不満をぶちまけまくった。というかそもそもムメイさんはゲームに疎いようで、あの時、ムメイさんが眉間に皺を寄せてた理由が「攻略本に書いてあることの何がおかしいのかわからなかったから」だったみたい。そりゃあ、ゲーム初心者からしたら「?」ってなるよな。

ちなみになぜあんなに着ぐるみのおっさんの究極技の発生率が低いかというと、着ぐるみのおっさんを選ぶ人がそもそもほとんどいないのと、あそこまで肥えるまでポテチを食わせる人もいないかららしい。知らんわそんなの。

お嬢様はお嬢様で何かこのゲームにいろいろと思い当たる節があったらしく、「なんでこのゲームにあんなにハマってたのかわからなくなってきたわ」……なんて言いながら、大きなクッションに寄りかかって虚空を見つめていた。

あるあるだよな。遊んでたゲームが実はクソゲーだってわかって、費やしてきた時間とか色々思い出して虚無になる時間。

俺の体を無理やり引っ張り起こすと、ムメイさんはズンズンとお嬢様の前まで歩いていった。

「勝負は勝負だからな。この勝負、お前のキャラを戦闘不能にした私の勝ちだ。そうだろ?……もうちょっとゲームとやらで遊んでみたかった気もするが」

え?ムメイさん、実はあのクソゲーをちょっと楽しんでたりしたの?

お嬢様は気だるげに顔を上げ、それからクッションに顔を埋めた。

「もういいわよそれで。なんか勝ち負けとかどうでも良くなっちゃった。で、何が聞きたかったんだっけ?私で答えられることなら答えてあげるわよ」

お嬢様の声がクッションに遮られて、モゴモゴとしたこもった声で返ってくる。俺にはわかる。今お嬢様はクソゲー虚無なんだ。もうちょっとそっとしといてあげればいいのに。でもムメイさんはそんなことはお構いなしらしい。

「聞かせてもらおうか」

ムメイさんはお嬢様の前に胡座で座り、膝に肘をおいて頬杖をついて言った。そんな格好してたらまた足が痺れるぞ。

取り調べ室ならカツ丼でも出てくるんだろうけどここはただの塔だ。ていうかこの世界にカツ丼ってあるのかな?いや、さすがにないか。……とまあ、そんなどうでも良いことはさておき。

ムメイさんはエルシャさんにひたすら質問を繰り返した。あ、エルシャさんっていうのはお嬢様の名前ね。

エルシャさんの話によると、エルシャさんはある日、庭に落ちていた謎のでかいトランクを見つけたらしい。つい中身が気になったエルシャさんは、そのいかにも怪しいトランクをこっそり自室まで運んで開けてみることにした。トランクを開いてみると中には一枚のメモと、このクソゲーを遊ぶためのセット一式やら、謎の赤い宝石がついたペンダントやら、男物の服やらその他諸々が入っていたらしい。で、そのメモに何が書かれていたかというと、ある場所までの簡易マップと「このトランクをこの場所へ持ってきてほしい(意訳)」という旨が書かれていたそうな。

「危機感ないの?どう見ても怪しすぎるだろ」と思わずツッコミを入れたくなるけど、エルシャさん曰く「貴族の暮らしは習い事と勉強と他の貴族たちへの接待ばかりで何も面白くないのよ。なのに突然こんな面白そうなことが起こりそうな手紙を見つけても何もしないでいられると思う?」だそうで。まあそれなら……いやそうはならんだろとやっぱりツッコミを入れたくなったものの、ムメイさんが横で「そうだな」と肯定してしまったので俺はわざわざここでツッコミを入れるのも野暮だなと思い、黙って続きを聞くことにした。

エルシャさんはその晩、ご両親やご兄妹、複数の使用人たちの目を掻い潜り、トランクを持って指示された場所へ向かった。屋敷の外へ一人で出たことはほとんどなく土地勘もなかったために道に迷いに迷ったそうで、指示された場所へ着く前にツノと羽の生えた魔族の女が途中で迎えに来たそうだ。魔族の女も痺れをきらすほどの極度の方向音痴だったんだろうな。

それからエルシャさんは魔族の女にこのまま自分をトランクと一緒に攫ってほしいと頼んだらしい。……おいおいおいおい。もうツッコミどころしかないぞ。「だってわくわくしてきたんだもの!このまま帰りたくなかったの!」じゃないよ。「帰ったら今まで通りの生活に逆戻りよ?それなら自分から冒険に飛び込んでいくものでしょ!」って自信たっぷりに言われても俺どうしていいかわからないよ。魔族に連れてかれたりしたらもう帰ってこれなくなっちゃうかもしれないし、俺ならついていかないもん。

……と、話がまた脱線してしまったけど、もう一度話に戻ろう。魔族の女はエルシャさんの話を聞いて、どうするか考えた結果、この塔に連れて行くことを決めたそうだ。魔族の女が善人か悪人かは置いといて、トランクを持った人間が約束の場所に現れず、その上迎えに行く羽目になり、行ったら行ったで訳の分からない無茶振りをされたんだと思うとさすがに同情する。

結局、こうして魔族の女はエルシャさんの押しに負けて、エルシャさんをトランクと一緒にこの塔に連れて行くことにした。

話の通りなら魔族の女がこの塔にいるのでは?!と俺は思い、エルシャさんにそのことを聞いてみると、魔族の女は時々エルシャさんに食料などの物資を届けに来るだけで、今はこの塔にはいないらしい。よかった。魔神と戦う前に魔族の女とバトルなんてことにならなくて済みそうだ。

ここまでがこの塔に連れて来られるまでの経緯。

次にエルシャさんがここに連れて来られたあとの話なんだけど、魔族の女は"楽しいこと"を保障する代わりにこの塔の留守番を言いつけたそうだ。思い出したように「レベッカは楽しいことなんて思わせぶりなこと言ってたけど、とんだクソゲーだったわね!」と付け加えた。それは俺も同意する。ちなみにレベッカっていうのは魔族の女の名前らしい。

塔の中のこの部屋に着いた後は、魔族の女はゲーム一式のセッティングを済ませて、エルシャさんにこの部屋の外には絶対に出ないことを約束させるとどこかに行ってしまったそう。そういう訳なので、エルシャさんはこの塔がいったいなんの塔なのかということについては全く知らないようだった。

エルシャさんも色々と疑問に思うことがあったようで、「なんで私をここに連れてきたの?この塔ってなんなの?外に出てはいけないのはなぜ?」と魔族の女に聞いたことがあるらしい。それについて魔族の女は「質問ばっかでめんどくさいな。この塔には安定した魔力があるの。ゲームは魔力が必要だから、常に魔力を供給できるここにアンタを連れてくる必要があったってワケ。あとこの部屋にはモンスターは入れない特殊な防御壁が張ってあるけど、外は魔力を求めてるモンスターがウヨウヨしてて危険だから出ちゃダメ。出たら最後、どうなるかはわからないじゃ〜ん?」と答えたそうな。魔族の女チャっっら!てか、ついにめんどくさいって言っちゃったよ。

魔神がいる危険な場所だっていうのに、ゲームをするためだけに囚われてたお嬢様って。なんだか気が抜けるな。

ムメイさんはムメイさんで何か引っかかることがあったようで、難しい顔でずっと首を捻っていた。そうだよな。脱力してる場合じゃなかった。エルシャさんの話を元にこれから何をすべきか考えないと。

まず大前提としてこの塔の魔神を目覚めさせるためには大量の魔力が必要。魔族の女の話によれば、この塔には安定して供給できる魔力がある。でもムメイさんの話によれば、魔神の封印が解けるまでの期間が早まったのは最近……。

「ムメイさん、魔神の封印が解けるまでの期間が早まった原因って魔力のせいなんですよね?」

「そうだな」

ムメイさんは顎に手を当てながら冷静に返事をした。対してエルシャさんは両手で口元を押さえながら真っ青になっている。

「え?!魔神?!この塔には魔神がいたの?!」

え?今さら?と思うかもしれないけど、彼女はここが魔神の塔であったことを知らない。驚くのも無理ないよな。

さて、さっきまでにわかったことを合わせて推察してみよう。魔神の封印が解けるまでの期間が早まったのが最近なのだとしたら、期間が早まる前はこの塔の中には期間を早めるほどの魔力がなかったということになる。となると考えられるのは……。

俺は開いたまま中身が散乱しているトランクを指差しながら言った。

「それって、魔力の供給源がどこかからこの塔に持ち込まれたってことになりませんか?例えばエルシャさんが持ってきたトランクの中身のどれかとか」

俺がそう言った瞬間、ムメイさんとエルシャさんが血相を変えて立ち上がった。

「……!エルシャ、持ってきたトランクの中を見せろ!」

「わかったわ!今持ってくる!」

エルシャさんは手早く散乱していた中身をトランクに詰めて俺たちの前に持ってきた。

トランク自体は黒の革張りで作られているどこにでもあるような普通のトランクだ。問題は中身だった。

男物の衣服、衣服、また衣服。それから金色のコインの入った袋、あとこれは……なんかのモンスターを模したかわいらしいぬいぐるみ?

手錠で繋がれたまま片手が不自由な俺たちに代わって、エルシャさんがトランクの中身を見てくれた。というか最初に拾った時に中身を確認していたエルシャさんの方が俺たちよりも詳しいだろうしね。

丁寧に荷物の一つ一つを確認しても、見るからに怪しい物やら変わった物は出てこなかった。けれど、エルシャさんはもう一度、畳んであった男物の服の一枚一枚を開いてまで確認し始めた。エルシャさんの顔色はみるみるうちに真っ青に変わっていく。もしかしたら何か足りない物があったのかもしれない。

「何かお探しですか?」

俺がそう訊ねると、エルシャさんは焦った様子で答えた。

「ないの。拾った時には確かにトランクに入っていたはずの、赤い宝石がついたペンダントが……!」

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