第9話
こうしてムメイさんのありがた〜いお話が始まったんだが、このお話っていうのが恐ろしく長〜い話だったわけで。
俺の頭の中の整理も兼ねて箇条書きでまとめると……。
◯アンさんの能力は予知夢なので、寝ている間しか見ることができない。
◯夢を見ている途中で目を覚ました場合、結末がわからないこともある。……が、夢の内容によっては世界を揺るがす大変なことに繋がる可能性がある。
◯夢を見ることだけに集中させるため、アンさんが自分の仕事の時間に起きていなかった時だけ、ムメイさんが変身魔法でアンさんの姿になって代わりに仕事をこなしている。
……ということらしい。
今日みたいに昼過ぎまでぐっすりの日も少なくないらしく、しょっちゅう代わりに仕事を引き受けてるようだった。
俺としてはアンさんと見分けがつかなくて、気軽に声をかけてみたらムメイさんだったなんて事がこれからも起こりかねないということがわかって戦々恐々としてるけどな。
ムメイさんはモブ以上にはなりたくない!#9
「すみませ〜ん!遅くなりましたぁ!」
あれから昼食を済ませ、アンさんが目覚めるのを待ってから焼き芋パーティー(?)を始めることになった。パーティーっていうか集めた落ち葉でただ芋を焼くだけなんだけどね。しかも俺たち三人だけで。
「気にするな。これからの事についてはさっき連絡した通りだから」
実はあの後、ムメイさんがアンさんにいろいろと連絡を済ましてくれていたらしい。ムメイさんにしては気が利くな。
「……で、これから焼き芋っていうのをやるんだよな?ただ芋を焼くのとどう違うんだ?」
ムメイさんは運んできたカゴに入った芋と落ち葉の入った袋を交互に見つめた。
そうだった。実際に焼き芋をどうやってやるかを見せるためにムメイさんを連れてきたんだった。
「私たちの住んでいたところではこうやって落ち葉で包むみたいにして焼くんです!寒い時期にやるとあったかいし、みんなで囲んで暖まりながらほくほくのお芋も食べられて幸せなんですよ!」
アンさんはそう言いながら袋のうちの一つを地面にばら撒いた。剥き出しの地面を、袋から出された落ち葉たちが小さな丸い絨毯のように覆う。
「ふーん。焚き火みたいなものか」
敷き詰められた落ち葉の上に俺とアンさんで芋を並べる。
ありがたいことにアンさんが事前に芋をホイルで包んでおいてくれたので、あとは落ち葉をかぶせて焼くだけの状態になっていた。それがダンボール一箱分もあるから屋敷の使用人含めた全員の手に渡るくらい、数に余裕がありそうだ。
ホイルに包まれた芋を乗せた絨毯に、再び落ち葉をかぶせる。その一連の作業を興味深そうに眺めているムメイさんの姿は、初めてのものに興味津々な子どものようにも見えた。
袋の中の落ち葉を全てかけ終わった頃には芋を埋めるようにこんもりとした落ち葉の山ができた。
「さあ、これで準備オッケー!ファイア〜!」
準備が出来るなり、アンさんは炎魔法を落ち葉に向かってかけた。「早く焼けないかな!今すぐ食べたい!」と顔に書いてあるかのようなうっとりとした表情を浮かべながら。
アンさんの指先から生み出された小さな灯火が落ち葉に燃え移る。パチパチと音を立てて火花を散らしながら、落ち葉の絨毯が炎の絨毯へ一瞬で早変わりした。隣を見るとムメイさんと目があった。ゆらゆらと揺れる炎が瞳に映る。
「これから三十分くらいですかね。じっくり蒸し焼きにしたら出来上がりです」
「三十分か。結構かかるんだな」
ムメイさんが膝の上に乗せた腕に頬杖をつきながら言った。
……ところでさっきから気になってたんだけど、視界の端に不思議な踊り(?)を踊っているアンさんの姿がチラチラ映りこんでくる。いったい何をしてるんだろ?ていうか、それ何の踊り?
「さあ、これから魔法をかけますよう♪ムメイさんも一緒にかけてくださいね」
「魔法?焼き芋ってただ焼くだけじゃないのか?」
ムメイさんもツッコミ入れてたけど魔法?!焼き芋にかける魔法なんかあったっけ?!
驚いてアンさんの方を見ると、アンさんはチッチッチと得意げに指を振ってみせた。
「美味しくなる魔法をかけるんです。美味しくなあれ、美味しくなあれって」
ズコーッ!魔法って言うからなんか特殊な効果のある魔法でもかけるのかと思った。
「そんなんで本当に変わんのか?」
「変わりますよ!料理に一番大事なのは愛情!ですからね!」
アンさんは両手で握り拳を作りながら言った。
根性論かあ。でもそうやって気持ちを込めて作るなら、もしかしたら魔法みたいな効果がかかるかもしれない。たぶん。
「はい、いきますよ!美味しくなあれ」
「お、美味しくなあれ」
「声が小さい!」
「お!美味しくなあれ!」
お、おお。ムメイさんもやってくれるんだ。
ムメイさんがあのアンさんの勢いに気圧される姿ってなかなかレアなのかもしれない。
アンさんの熱血指導の元で、おそらく人生初の「料理に注ぐ愛情魔法」を使うムメイさんの姿はなんだか微笑ましく見えた。超人的な能力を持つムメイさんがかけた魔法なら、チート級の効果が期待できるのかもしれない。
「何ボケっとしてるんですか!ルイキさんもちゃんとかけてくださいね!」
アンさんがキッと真剣な目でこちらを見た。目がガチだ。
「は、はい!美味しくなあれ!」
アンさんの指導のもと『美味しくなあれ!の儀』は焼き芋が焼けるまでの三十分間続いた。異世界で三人で焚き火を囲んで「美味しくなあれ!」と言い続けている集団って、なかなかに怪しい集団な気もするけどまあいっか。
焼きたての芋にかぶりつき、「熱っ!」とこれまた初めてアツアツおでんを体験した人のような新鮮な反応を見せてくれるムメイさんを横目に、俺は焼き芋にかぶりついた。
どうやら三人分の美味しくなあれ!魔法は効いたらしい。程よい焼き加減の芋は甘さが詰まっていて、それでいてホクホクとした食感で美味だった。
「どうでした?初めての焼き芋は」
ムメイさんはふうふうと芋に息を吹きかけて冷ましながら黙々と食べていた。口の端に芋のカケラをつけたまま、もぐもぐと動かしていた口を止めて俯く。
どうしたんだろう。まさか、口に合わなかったとか?
様子を伺っていると、少しの間が空いた後に答えは告げられた。
「……悪くないと思った」
悪くない、か。
ムメイさんは言い終えるなり、次の一口に取りかかった。人前に出た時の無表情でもなく、仏頂面でもない、少しやわらかい表情がムメイさんの本当の気持ちを物語っていた。普通に「美味しかった」って言えばいいのに、素直じゃないなあ。
こうして俺たち三人の親密度が少しだけ上がった焼き芋パーティーは幕を閉じた。残った焼き芋は屋敷に持って帰ってお嬢さんたちや他の使用人の人たちにも配ったんだけど、これがまたなかなか好評だったらしい。
そのあと噂を聞きつけた街の人を巻き込み、アンさんの指導の元『第二回 焼き芋パーティー』が行われ、料理の旨さを爆上げするともっぱらの噂になった、料理に注ぐ愛情魔法「美味しくなあれ!」の呪文がそこからこの世界に広まっていったとか。
これはあくまで噂なので真偽はわからないけれど。
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