第8話
「誰が聞いてるかもわからないのに口に出すんじゃねえって言ってんだろうが」
ギブ!ギブ!
息が出来なくなってもがき始めると、ムメイさんは舌打ちをしながら俺の口を塞いでいた手をおろした。ゲホゲホと涙目で咳き込む俺を横目に、途中まで運んだ袋を元の場所に戻そうと踵をかえす。
「は、はあっ……あのっ……ムッ」
「次ここで私の名前出したら殺す」
名前を言いかけたところで口を塞がれた。塞ぐまでの動作がコンマレベルで速い。
俺がコクコクと頷いてみせると、ムメイさんはもう一度舌打ちしてから手を下ろした。
「アンさん!その袋は捨てちゃダメなんです!焼き芋に使うから!」
「はあ?芋に?」
ムメイさんは訝しげな顔で俺を見上げた。ムメイさんに見上げられてると思うとなんか変な感じ。
「芋を焼くのになんで落ち葉が必要なんだよ。芋はオーブンで焼くなり鍋で蒸すなりして食べるもんだろ?」
ムメイさんってもしかして焼き芋自体ご存知でない?
「芋をですね、落ち葉の下に包むように入れて蒸し焼きにするんです。俺とアンさんがいた世界ではそうやって焼いて食べる芋のことを焼き芋って呼んでるんですよ」
身振り手振りで説明してみせる。それでもあまりピンとこないようだった。ていうか、異世界じゃ焼き芋なんてしないのかもしれない。
ムメイさんは落ち葉入りの袋を木陰に置き直すと気怠そうにあくびをした。そうだった。本来、今日のムメイさんの仕事は朝食の調理担当だったから午後は仕事がないはずだ。
「アンさん、午後ってお時間あります?」
説明で伝わらないなら実際に見てもらえばいい。
「お時間あったらアンさんも一緒に焼き芋しませんか?」
ムメイさんはモブ以上にはなりたくない!#8
どうしてこうなったのかわからない。
俺は今、ムメイさんに連れられてアンさんの部屋の扉の前に立っている。さっきまで庭で焼き芋の話をしてたはずなのに。なのになんで俺はアンさんの部屋に連れてこられてるの?ていうか本物のアンさんはどうしたの?
「あの。ここ、アンさんの部屋ですよね?」
俺がそう訊ねるとムメイさんは不機嫌そうに答えた。
「あ?アンがアンの部屋に入らなきゃおかしいだろうが」
「そ、そうですね」
よく考えてみたら中身はムメイさんとはいえ、姿はアンさんなんだからアンさんの部屋に戻るのは当たり前のことなんだよな。
ムメイさんはアンさんの部屋のドアノブに鍵を挿して開けると、何食わぬ顔でずんずんと足を踏み入れていった。他人の部屋に本人の許可なく勝手に入るってなかなか抵抗が……。
「なにもたもたしてんだよ。早く入れよ」
ムメイさんは俺の腕を引っ張って部屋の中に押し込むと、流れるように室内から施錠した。鍵を閉めると同時に変身魔法が解かれる。さっきまでどこからどう見てもアンさんそのものだったムメイさんの姿が、いつもの丈の長いメイド服に銀縁メガネの姿に変わる。
俺たちは室内の様子を伺った。カーテンは閉め切ったまま、室内の照明はつけられていない。もしかして留守なのか?
ムメイさんは人差し指を立ててシーッとジェスチャーしてから部屋の奥に向かって歩いていく。何をする気なんだ?他人の部屋に勝手に入ってシーッって、泥棒じゃあるまいし。
内心そんなことを思いつつも、俺もムメイさんの後に続いて部屋の奥へと進む。室内にはあちこちにぬいぐるみやかわいらしい雑貨が置かれている。この前もハンカチに刺繍がされてたりしたし、かわいいものが好きなのかもしれない。
ところでもう一つ気づいたことがある。部屋の奥に置かれたベッドの方から穏やかな寝息が聞こえてくる。もしかしなくてもアンさんってまだ寝てる……?
人一人分膨らんでいる布団は見えるが、肝心のアンさんの姿は見えない。ムメイさんはベッドの前で立ち止まると、掛け布団をゆっくりとめくった。布団の中にはクマのぬいぐるみを抱きしめながら、すうすうと規則的な呼吸を繰り返しているアンさんの姿があった。
ていうかクマでかいな。これじゃぬいぐるみを抱きしめてるのか、ぬいぐるみに抱きしめられてるのかわからない。かわいい。
アンさんはまだ夢の中だった。布団をめくられようが起きる気配は一ミリもない。アンさんが眠っていることを確認すると、ムメイさんはそっと布団をかけ直した。
あれ?起こしに来たわけじゃなかったのか。
それから俺の手を掴むとアンさんから背を向けて歩き出す。部屋の真ん中あたりまで来たところでムメイさんはなにやらボソボソと呟き始めた。
「テレポート+α wtsnhy……」
今テレポートって言った?テレポートってなんだっけ。
考える間も無く、部屋の景色が一瞬で切り替わる。さっきのアンさんの部屋とは打って変わって、支給品の家具くらいしか置かれていない無機質な部屋。
「あの、今度はどこへ?」
部屋の間取りと家具から考えて屋敷内のどこかだとは思うんだけど。
ムメイさんがパチンと指を鳴らした瞬間に部屋の照明に明かりが灯る。そのままツカツカとベッドまで歩いて行くと、ベッドの上に腰掛けた。
「私の部屋だけど?」
ム、ムメイさんの部屋?!
「え?!なんで俺たちムメイさんの部屋にいるんですか?!」
あたりをキョロキョロと見回す。
だってさっきまでアンさんの部屋にいたよな?!
ムメイさんは俺の姿を呆れた顔で見ていた。
「魔法一つでそんな驚くかあ?さっき転送魔法使っただろ。それでアンの部屋から私の部屋に移動しただけ」
なるほど。テレポートなんたらっていうのは転送魔法のことだったのか。
「まあ聞き取れなくてもしょうがないか。魔法は高度になればなるほど呪文も複雑になる。その呪文が使えるレベルに達してなければ普通は聞き取ることすらできないからな」
へえ。だから最初の基本魔法の『テレポート』までしか聞き取れなかったわけだ。
「お前みたいな雑魚レベルはMPが足りないから、聞き取れたとしても意味がないがな」
うるせえ。鼻で笑いながら言うな。
「まあ座れよ」
す、座れってどこに?床?まさかムメイさんの隣に?
ソワソワしながら立っていると、ムメイさんは俺の右後ろのあたりを指で指した。
「お前はそっちな」
指で指された先にあったのは、ベッドの近くに設置された書き机とセットで置かれた一人用の椅子。
ですよねー。ラブコメだったら隣に座れって言われるところだけど、この人とそんなことが起きるわけがない。起きなくて良いけど!起きたら困るから!
そんなことを考えていたらムメイさんとバッチリ目があった。眉間に皺。訝しむような目。思わず、反射的に目を逸らす。
「お前、なんか失礼なこと考えてただろ?」
「とんでもないです!そんなこと一ミリも考えてません!」
バ、バレてる。そして本当は一ミリどころか一センチくらいは考えてました。ムメイさんとラブコメしたくないの他にも、床とか言われるかと思ったけど、意外とまともなところに座らせてくれるんだな〜とか思ってました。
ていうかなぜわかる?まさか心の中まで読めるなんて事ないよな……?
「まあいいや、そういうことにしといてやる」
ふー、危ねえ。ムメイさんの前でやらかしたら、この異世界転生生活さえも強制終了されかねないからな。
気を取り直して、座るように促された椅子に腰掛けた。机は綺麗に整頓されてるし、掃除もよく行き届いている。もしかしたらムメイさんって几帳面な人なのかもしれない。
というか、そもそも部屋の中に物自体がほとんど無いんだよな。ここの屋敷で働き始めてそんなに長くなかったりするのかな。
「やっと座ったか」
俺が椅子に座ったことを確認すると、ムメイさんは足を組み直して膝の上に手を置いて話し始めた。
「話しておかないとお前はまた余計なことを言いかねないからな。面倒なことになる前に先にいろいろ教えてやることにする。私の目的の邪魔をされても困るし。邪魔者だとわかった時点で消すけど」
なんか最後に恐ろしい言葉が聞こえた気がするけど?
「一回しか話さねえから耳かっぽじって聞いとけよ」
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