第7話
「実はぼく……転生した時に体が女の子になってしまっただけで、中身は男なんです……」
男……?雄……?♂……?He is a man……?
俺がスペースキャットになっていると、アンさんはハァとほっとしたように息を吐き出した。
「ルイキさん、ぼくのこと"ステキな女性"って言ってたから、やっぱりぼくのこと女の子だと思ってるんだろうなって思って!本当は中身が男なのに体は女の子だからって誤解させたままだとなんか騙してるみたいで申し訳ないし!はあ〜でも言うの緊張した〜!恥ずかしかったぁ〜」
アンさん……この場合はアンくん?今まで通りアンさんでいっか。アンさんは顔を赤らめたまま、もじもじしている。
そうだね。言ったね。俺、アンさんのことステキな"女性"って言ってたね。しかもアンさん、一人称が最初からぼくだったね。そっかあ、異世界転生したら女の子になっちゃうなんてことあるんだ〜。そういうことくらいあるよね。異世界だもんね。はは、ははは……。
崩れ去っていったラブコメルートとはさよならすることにした。ここはただの異世界。何が起きるかわからないこの異世界の中で、これからも俺は強く生きていくんだ……!
「正直にお話ししてくださりありがとうございます。……でも男の子だろうと女の子だろうとアンさんはアンさんです。それは変わりませんよ」
俺が微笑むと、アンさんは嬉しそうに俺の手を握った。
そう。変わらないんだよ。アンさんの性別がどうあれ、アンさんはアンさんなんだ。異世界で出会った大切な友人なんだ。
「では改めて……こんなぼくだけど、これからもお友だちとして仲良くしてください!」
「喜んで!」
楽しげにステップを踏みながら屋敷に向かっていくアンさんの背中を見守っていると、つーっと一滴の涙が頬を流れ落ちていった。その一粒が流れた跡も、強い風に吹かれて一瞬で乾いていく。
グッバイ、ラブコメルート。
グッバイ、俺の恋心。
ムメイさんはモブ以上にはなりたくない!#7
アンさんの衝撃的な告白を聞いてはや一晩。俺は今日も箒を片手に庭掃除をしていた。この屋敷は基本的に一人一人に与えられる仕事のルーティンが決まっていて、その仕事さえこなせれば一日のうちどの時間に行ってもいいし、終われば自由にしていいという、ホワイト企業もびっくりなルールがある。ルーティンは順番に回ってくるので、みんな一度はその仕事をこなすからという理由で給料は全員一定額の支払いで固定。お嬢さんに許可を取れば、有給も自由に取れる。しかもお給料も悪くない。衣食住の保証もあるし、マジで異世界転生して最初に辿り着いた場所がここで本当に良かったと思うレベルで悪くない。
そんなゆる〜い仕様なので、その日の仕事の内容によっては昼までぐっすり寝ている人、早く終わらせて一日中趣味に勤しむ人もいるという。
そんな転生前の世界を舐めプするような日々を俺も送るはずだった。……が、この世界にいる人ならほとんどの人が持っているはずの力が俺にはなかった。
そう。俺はいまだに魔力がほとんどない。
この世界では当たり前のように魔法が使われている。例えばこの屋敷の使用人たちは魔法を使って仕事をこなしている。洗濯には水魔法。掃除には風魔法や動力魔法。料理には炎魔法。
みんなが楽々と魔法で済ませることが出来る仕事も、それをこなせるほどの魔力のない俺は全て手作業でこなすしかない。けれども、手作業でやるには仕事量に対して時間がかかりすぎる。だから残念ながらみんなと同じような仕事をすることはできない。
俺にも出来る仕事を模索した結果、見つかった仕事といえば庭掃除くらいだった。このでかい屋敷のだだっ広い庭のあちこちにある落ち葉を集めて捨てたり。時には植物の成長を邪魔する雑草を引き抜いたり。特に後者は誰がやるにしても手作業でやらざるを得ないので、庭仕事は不人気中の不人気な仕事だ。だって魔法で終わらせられる仕事なら一瞬で終わるのに、わざわざ庭を歩き回ってちまちま草を抜くなんて手間のかかる仕事なんて誰もやりたくないだろう。まあ、ありがたいことにこの仕事のおかげで俺は職を失わなくて済んだし、俺が庭仕事専任になっても文句を言う奴は一人もいなかったわけだが。
毎日毎日、庭中の落ち葉や雑草との格闘を繰り広げる日々。今の俺にとっての敵といえば、こいつらくらいだ。毎日掃除してるっていうのにどこからともなくいっぱい出てきやがって。
本日も日当たり良好。もちろん、草花たちは生育の良いところに植えられているので、日中の仕事は汗をかくくらい暑い。額をダラダラと流れる汗を袖口で拭う。
ところであれ?あのちんまりとした小動物のような姿は……。
「アンさーん!こんにちはー!」
花に水やりをしているアンさんに向かってブンブンと大きく手を振った。アンさんの手に握られたホースから生み出されるシャワーには虹が映る。
俺と同じく異世界転生者であるアンさんには、羨ましいことに予知夢の能力のほかに人並みの魔力があるらしい。それにもかかわらず普段は魔法をあまり使おうとしないのは、素の魔力の保有量が少ないからって前に教えてくれたっけ。
「今日もいい天気ですね!」
アンさんの大きな麦わら帽子が揺れた。帽子のつばでできた影で表情はよく見えなかったけど、いつものアンさんよりもなんか表情が暗い気がする。
「はあ、そうですね」
あれ?もしかしてアンさん、元気ない?
返事をするなりふいっと背を向けられてしまった。それに声まで暗い。暗いというか淡々としてる?昨日の今日で気まずいとか?そんな事ないよな。真剣に仕事してるのに邪魔しちゃったからか?
「すいません。仕事中お邪魔しました〜……」
黙々と仕事をこなすアンさんに背を向け、俺はそのまま掃き掃除に戻る。早く仕事を終わらせられるように俺も頑張らないと。今日はこれからアンさんと焼き芋パーティーをする約束だってあるんだし。
どことなく悶々とした気持ちを抱えつつも、俺はひたすら箒で落ち葉を集めた。
庭掃除を始めてから何時間が経っただろう。アンさんが水撒きを終えたタイミングで、俺も集めた落ち葉を袋に詰める準備を始めた。今日もたくさん集まったな。
焼き芋用に落ち葉を取っとかなきゃいけないとはいえ、風で飛んでしまうかもしれないから置きっぱなしにしておくわけにもいかない。
ちりとりと袋を取りに行こうとUターンすると、アンさんが立ちはだかるように立っていた。
「ん」
アンさんはズイッとこちら側に袋とちりとりを差し出した。先に用意しておいてくれたらしい。
「ありがとうございます」
相変わらず気が効くなあ。
アンさんが広げてくれた袋の中へ、ちりとりで集めた葉を流し込む。アンさんのことだから、今日も運ぶのを手伝ってくれようとするだろう。これから移動させるとなると、たくさん入れるとアンさんが持つには重いかもしれないから半分くらいでやめておこう。
俺がちりとりを動かす手を止めるとアンさんは不思議そうな顔で俺を見た。
「持ち運ぶには入れすぎると重くなってしまいますし、次の袋にしましょう」
「はあ」
「まだ入るのに」と言わんばかりの訝しげな表情。
うーん。確かにもう少し入れても良いかもしれないけど、昨日は運ぶ時にヨタヨタしてたしなあ、アンさん。
ガサガサと袋に詰め終えると、落ち葉の入った袋は三袋出来ていた。これだけあれば焼き芋を作るには十分すぎるほどあるだろう。
「じゃあ俺は掃除用具を片付けてくるんで、先にお屋敷の方へ戻っててください」
「わかりました」
箒とちりとりを片づけようと身を屈ませる。ああ、今日もよく働いた。右手に箒、左手にちりとりの持ち手を手に上体を起こした瞬間、俺は目を疑った。
「ア、アンさん?!」
俺の目線の先には落ち葉の詰まった袋、それも三袋を軽々と持ち運ぶアンさんの姿があった。
待て待て待て。昨日は一袋(今日の袋の数に換算すると一個半くらいか?)を運ぶだけでもヨタヨタしてたよな?
俺は慌ててアンさんの元に向かった。
「あの!それ、今日は運ばなくて平気ですし、重くないんですか?!」
「重い?これくらい一人で運べるでしょ……ていうかなんで運ばなくていいんですか?」
「昨日話してたじゃないですか!集めた落ち葉を使って焼き芋するって!」
「焼き芋?」
アンさんは眉間に皺を寄せた。昨日した焼き芋の話を全く覚えていないみたいだった。嘘みたいだ。色々あったとはいえ、あんなに楽しげに話してたのに一晩で忘れるものか?いや、そんなわけないよな。でもさっきのアンさんの表情を見るに、忘れてるんじゃなくて何も知らないみたいだった。……ん?何も知らない?
ひらめいてしまった。この推理が正しかったとしたら、今の俺には「じっちゃんの名にかけて!」が決めゼリフのあの有名な探偵並みの推理力が備わっているのかもしれない。
さあ推理を始めよう。
もしも、俺の目の前にいるアンさんが本当に焼き芋の話を知らなかったとしたら?それに今日のアンさんは様子がおかしい。昨日のアンさんとはまるで別人のようだったーーしかもこの屋敷で雇われているあのメイドに似ている。
怪力、眉間に皺を寄せる癖、硬い表情、素っ気ない返事……。ひらめいたぞ。今の俺の目の前にいる人はアンさんではなく
「アンさんに変身したムメイさん?」
俺がそう口にした瞬間、アンさんの顔色が変わった。一瞬で距離を詰められ、俺の口はアンさんの手によって塞がれる。明らかにアンさんの動きではなかったことは確かだ。下から痛いほどぶつけられる刺すような視線。この零下の視線にはやっぱり覚えがある。
恐る恐る下を見る。アンさんの顔のつくりから出来る表情とは到底思えない形相でこちらを睨みつけている顔が目に入った。
「誰が聞いてるかもわからないのに私の変身能力のことを口に出すんじゃねえって言ってんだろうが」
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