第2話
「た、助けてくれ〜!」
異世界人、ルイキこと野間類稀。
おつかい中にゴロツキに拉致されて殺されかけた挙句、助けてくれたメイドが起こす何だかよくわからないことに加担させられそうになっています?!
ムメイさんはモブ以上にはなりたくない♯2
「大丈夫か!何ださっきの音は!」
「けむっ……?!」
俺の悲鳴を聞きつけて、下の階で談笑をしていたゴロツキたちがゾロゾロと集まってきた。どいつもこいつも趣味の悪い武器をジャラジャラと腰に提げていて、いかにも悪そうな奴らばかりだ。
ジリジリと土煙の中を半円形の陣形を保ったままで進む。そんな悪なやつらも煙の奥に立つ人影を見た瞬間に顔色が変わった。真っ青な顔で一目散に階段の方に向かって押し合いへし合いしながら逃げていく。
「やべえ!サツだ!」
「何でバレた?!」
「ていうかどうやってここに入った?!」
逃げようとしたところで階段側の扉を閉めて鍵をかけた。これでもうやつらに逃げ場はない。
「開けろ!」
「誰だ鍵閉めたやつは!」
「クソ!ハメられた!」
ドアノブがガチャガチャと回り、鉄のドアが部屋側からドンドンと今にも弾き飛びそうなくらい音を立てる。
扉の向こうには変身魔法で警察の姿になっているメイドと、今、俺が閉じ込めたゴロツキの仲間たちがいる。
メイドが立てた作戦はこうだ。
メイドが俺に変身魔法をかけて、さっきのゴロツキの姿に変身させる。そこで俺が助けを呼び、下の階にいる他の仲間たちを誘き寄せる。俺たちがいる階にゴロツキの仲間たちが集まったところでどさくさに紛れて俺は外に出て、部屋の外から鍵を閉めて奴らを閉じ込める。あとは変身魔法を使って警察の格好に変身したメイドが叩いて、本物の警察に突き出す。以上。
それにしてもこいつの体、筋肉と脂肪だらけでめっちゃ重いし動きづらいな!俺は疲れたし、言われた通りのことはやったからあとは頼んだぞ!
ドアの向こうからはメイドの声が聞こえてきた。
「ハァイ。女の子から酷いことされたって通報があったんだけどぉ、やったのはどこのどいつかなぁ?」
なあにがどこのどいつかなぁ?だ。お前に手を出そうとしたやつは、さっき自分の手で葬り去ってただろうが。
「なんだ。女一人じゃねえか。いくらサツでも女じゃ俺たちには敵わな……」
ボゴッ!
殴られたんだか蹴られたんだか知らないけど、メイドに吹っ飛ばされたらしい誰かが扉にぶつかった衝撃が、ドア越しに伝わってきた。さっきまでガチャガチャと音を立てていたドアノブが止まり、ドアを叩いていた音が一瞬で止まった。
「な、なんだこの女」
「力自慢のゾルグが一発でのびちまった……」
ドアの向こうの緊張感を外にいる俺ですら感じる。よかった。あのメイドが敵じゃなくて。
カツカツというヒールの音が扉に向かって近づいてくる。それに比例するように、ゴロツキたちの震え上がる声が徐々に大きくなっていく。
「悪い子はみ〜んな仲良くお縄につきましょうね♡」
俺は思った。きっといい笑顔を浮かべながら、そのセリフを言ったんだろうな。
その一言を皮切りに、部屋の中はゴロツキたちの悲鳴と破壊音、それからメイドの楽しげな笑い声のアンサンブルが奏でられ始めた。
「助けてくれえ!」
「イ・ヤ♡」
「ヒイイイイ……」
部屋の中がどうなっているのかは想像しなくてもわかる。あんたらは運が悪かった。たまたま捕まえてきたメイドがまさかこんなに馬鹿力だなんて思いもしないだろう。俺だって思わない。
「おかしい、おかしいよこいつ!」
「柱が粉々になるなんて人間の技じゃねえ!」
「バケモンかよ!」
「あら!バケモノだなんて失礼しちゃうわっ!」
そうだよ。きっとおかしいのはこの世界でも、異世界転生したのに能力に目覚めない異世界転生者の俺でもない。おかしいのは馬鹿力のこの女だけだよ。
ドンドンと部屋の内側から鳴らされた二回のノック音が、悲鳴と破壊音のアンサンブルの終演を知らせた。鍵を外してやると、部屋の中には満足そうに笑みを浮かべた演奏者……もといメイドが一人立っていた。床にはフルコンボ……フルボッコにされたゴロツキたちが何人ものびていて、壁や柱が破壊されて部屋のあちこちがパラパラと音を立てた。この建物、そのうち崩れるんじゃないのか?
「警察にはそこにあった電話で連絡したから、そのうち本物が来るだろ。その前にとっととずらかるぞ」
メイドがとんと俺の肩を叩いた瞬間にかけられていた変身魔法が解けた。ず、ずらかるって。これじゃどっちが悪党なんだかわかったもんじゃないな。
「あ。執事とメイドがこんな古臭え建物の表から出てきたら目立つよな。裏から出るか」
メイドはそういうなり、左手で買ったものが入ったカゴ、右手で俺の体をひょいと持ち上げた。
は?裏?ここは外階段で、出口っていったら階段を降りる以外の手段なんかない……。
「あの?!裏からって?!」
「だから階段裏から塀を飛び越えて……ああもうめんどくせ」
言い切るよりも先にメイドは力強く手すりを踏み越えた。
「キャーーーッ?!?!」
ここ四階!人が飛び降りてまともに着地できるような高さじゃない!……を軽々と着地したかと思うと、抱えていた俺を塀の向こうに投げ飛ばした。
あのメイドだからこそできる荒技だったと思う。正直、気絶するかと思った。
「何すんだよ!」
着地する時に出来た擦り傷の痛みで涙目で訴えると、メイドは塀の上から「ああ、すまん」と軽い謝罪をよこした。お前は平気な顔してるけどな、みんながみんな、おまえみたいに頑丈に出来てると思うなよ……!
帰り道、俺たちは二人並んで丘を登った。メイドの魔法とやらのおかげで、服にも体にも傷ひとつない。さっきあんな一件があったとは思えないくらい、出かけた時と同じ状態だ。
しっかし今日はいろいろなことがあったなあ。ゴロツキに絡まれたと思ったらメイドはめちゃくちゃ強いし、なんかよくわからない魔法まで使えるし。やっと異世界転生ものらしくなってきたというか。今日は目覚めなかったけど、きっとそのうち俺にだってチート能力が備わる!横のメイド並みに……とまではいかないかもしれないけれど。
隣を歩くメイドの顔は、いつのまにか元通りの無表情に戻っていた。何があっても顔色一つ変えなかったのに、あんなに表情豊かに笑ったりするんだなあ。状況が状況だったけど。
そういえばまだ名前を聞いてなかったな。いつまでも名前を知らないままじゃ、声をかける時に困るよな。屋敷の中でまた会うだろうし。
「あの、聞きたいことがあって」
「……なに?」
「あなたのお名前は?」
俺が名前を訊ねると、メイドは少し考えてからこう答えた。
「ムメイ。他のメイドにはムメイって呼ばれてるけど」
ムメイ?珍しい名前だな。異世界だとそういう名前の人もいるのか。そうだ。ついでに今日のお礼も伝えないと。
「ムメイさん……あの、今日はいろいろと助けてくれてありがとうございました。でも良かったんですか?俺たちの手で警察にあいつらを引き渡せば、報奨金とかもらえたかもしれないのに」
俺がそう言った瞬間に鋭い視線が俺を貫いた。怖い怖い怖い!ゴロツキに凄まれた時より数倍怖い!
ていうか俺、なんかまずいこと言った?
「約束、忘れてないよな?」
「約束?」
額がぶつかるんじゃないかというほどの距離までネクタイをグイッと引き寄せられた。引っ張られたネクタイが今にも引きちぎられそうにギチギチと悲鳴をあげる。
「今日起きたことは口外無用だ。そう言ったよな?」
「言いました」
「サツに直接突き出したら、私たちがやったことがバレて目立つだろうが!そのせいでもしもモブじゃなくなったらどうするんだよ!」
も、モブ?モブってあのモブ?そこら辺にたくさんいる登場人物としての名前が出ないような人たちを指すあれのこと?なんでこんなに強いのにモブであることにこだわってるんだこの人は。俺からしたらその強さをちょっと分けてほしいくらいだぞ?
そんな疑問は解決する間も無く、ムメイさんの圧力で消し飛ばされてしまった。
「いいか?私が今日やったこと……私がただのメイドじゃないことを他の誰かにバラそうものなら、お前を即効で消してやる。ありとあらゆる手を使って、この世界から存在そのものから全てをな」
ヒイイイイ!ありとあらゆる手ってなに?!想像したくもない!少しでもムメイさんについての情報をバラそうものなら俺がバラバラにされそう。
「も、もちろん誰にも話しませんよ〜。口外無用って俺以外全員を指しますからね〜。変なこと聞いてすいませんでした」
まるで額に銃を突きつけられた人みたいだ。全身を冷や汗がダラダラと流れ落ちる。両手を上げるような体勢で微笑みを浮かべると、ムメイさんは握っていたネクタイをぱっと離した。やっと気管が広がって、俺はけほけほと咳き込んだ。そんな俺の顔を覗き込むようにムメイさんは人差し指を立ててポーズを取りながら言った。
「わかればよろしい。……が、覚えとけよ。お前が変な気を起こさないようにずっと監視してるからな。じゃあそういうわけだからこれからもよろしく」
う、疑い深ぇ〜!ていうか今監視って言わなかった?!これからずっと、背後に気をつけなきゃいけない生活を送らなきゃいけないの?
ムメイさんはフン!と顔を背けると、俺よりも少し早足で丘を登っていった。屋敷はこの丘を越えればもうすぐだ。そこにムメイさんと共に帰り、これからも同じ屋根の下で共同生活を送る……。もしかしなくても俺、どんなモンスターやドラゴンよりもよっぽどやばいやつに目をつけられてしまったんじゃ……?
丘を越えると屋敷の前にはお嬢さんが立っていて、俺たちを見つけると両手で手を振りながら出迎えてくれた。
「おかえりなさ〜い!遅いから心配しましたよ〜!」
お嬢さんの笑顔がただただ眩しい。色々あったけど、無事に帰ってこれた。とりあえず今はそれでいいや!
「ただいま戻りました〜!」
ーー異世界転生した世界での平凡な俺だからこそ平凡じゃない日々はまだまだ続く。
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