第31話 恋しい温もり


「ここ、は……」


 辺りを見回すと、地下牢のような場所だった。足元の転移魔法陣だけが眩く輝いている。すぐにふっと光は消え、室内は一気に暗くなった。


 子どもの啜り泣く声が響いており、牢の中には大勢の子どもがいることに気が付く。きっと皆、私達のように無理やり攫われてきたのだろう。


 親と引き離され、こんな場所に閉じ込められている恐怖や不安を思うと、胸が張り裂けそうになる。同時に、これ以上ない怒りが込み上げてくるのが分かった。


「なんてことを……!」

「それはこっちのセリフだ。お前のせいであいつらを見捨ててきちまったじゃねえか、クソ」


 抱き抱えられていた男によって乱暴に腕を離され、思い切り床に尻餅をつく。私はすぐに身体を起こすと、一緒に連れられてきた子ども達を庇うように立った。


「何をするつもりなの?」

「こいつらは売るんだよ。そしてお前もな」


 男は私の顎を掴み上げると「お前、よく見ると物凄い美人じゃねえか」と言い、にやりと口角を上げる。


「さっきの奴ら、騎士だろ? あれだけの人数をはべらせているお前は、お貴族様か。平民の服装をしてたって、俺達みたいなゴミとは雰囲気が違いすぎるもんな」

「…………」

「ま、大人しくしてろ」


 そう言うと男は、私達を牢の中に押し込んだ。


 寒くて冷たくて、固くて狭くて、大人の私ですら不安に押し潰されそうになるのだ。子ども達の気持ちを思うと、心底泣きたくなった。


 それでも待っていれば絶対に、エヴァン達が助けに来てくれるはず。今の私にできるのは、この子たちを少しでも安心させることくらいだろう。


 広い牢の中には大勢の子どもがいて、かなり大規模な犯罪であることが窺える。それからは不安で泣く子ども達一人一人に、大丈夫だよと声を掛けて回った。


「パパ……ママ……っ」


 私の腰に腕を回した女の子の身体は小さく震えていて、ぎゅっと抱きしめ返す。


「もうすぐ助けが来るから、大丈夫」

「ほんと……?」

「うん。とっても強い騎士様が来てくれるんだ。そうしたら絶対に、パパにもママにも会えるよ」


 少しでも気を紛らわせようと土壁からハニワちゃんを作ってみせると、子ども達は喜んでくれた。食事はきちんと3食与えられているようで、少しだけほっとする。


 途中、様子を見に来たらしい男に声を掛けると、私の目の前までやってきてしゃがみ込んだ。


「ガキ共の相手ばっかして、健気だねえ」

「ここはどこなの?」

「リーフェの港の近くだ。お前らは二日後には、船に乗ってまとめて異国に売られるってわけ」

「そんな……」

「ガキどもは奴隷だが、お前は貴族の妾くらいにはなれるかもしれないな」


 リーフェは確か王都からはそう遠くない、小さな港町だ。食堂の候補地の一つだったため、記憶にある。


 広い国内でこの場所を特定するのは、かなり難しいに違いない。それも二日後には国外へ運ばれてしまうとなると、焦燥感が募っていく。


「助けは期待しない方がいい。置いてきた奴らには口を割らないよう、制約魔法をかけてある。万が一この場所がバレたとしても、その頃お前らは海の上だ」


 可笑しそうに笑う男はそれだけ言うと、去っていく。私は錆びた鉄の柵をきつく握りしめると、目を伏せた。


「……どうしたら、いいんだろう」


 必ず助けに来てくれるという確信はあるものの、あと二日しかないと思うと不安になってしまう。


 私は子ども達が寝静まった後、そっと牢の端まで移動し土壁にそっと手をあてた。魔力を少しずつ流し込めば、そのまま地上へと繋がっているのを感じる。


 元々才能があったこと、エヴァンと練習を重ねたことで、私は多少魔法を使いこなせるようになっていた。


『魔法使いは、使い魔を作り出すことができるんですよ。グレースお嬢様の場合は……ええと確か、あの細長い……ウインナーくんでしたっけ?』

『ハニワちゃんね。確かに似てるけど』

『ああ、そうでした。慣れ親しんだものが良いので、ハニワちゃんが丁度いいですね。使い魔は自我を持つので、命令をして動かすことも可能です』


 ふとエヴァンの話を思い出し、土壁から再びハニワちゃんを作り出す。エヴァンのせいでウインナーに見えてしまい心の中で謝ると、小さな額に自身の額をあてた。


 自身の意識を預けるような気持ちで魔力を流し込めば、ハニワちゃんの身体が一瞬ぱあっと明るくなる。


 そうして地面にそっと置くと、ハニワちゃんはこてんと首を傾げた。命令していない動きをしているのを見る限り、成功したのかもしれない。


「助けを呼んできてほしいの。私達がここに捕まっているって、誰かに知らせてほしい。できる?」


 私のレベル的に、今のハニワちゃんはあまり言葉を理解はできず、難しい命令はできないはず。


 正直、喋れもしない、文字も書けないハニワちゃんが本当に助けを呼んできてくれるとは思っていない。それでも少しでも可能性があるのなら、できることはやっておきたかった。


 こくりと頷いてくれたハニワちゃんは飛び込むように土壁に入っていき、姿が見えなくなる。


 どうか気を付けてと祈りながら、私は壁に身体を預け、小さく息を吐いた。


「……寒い、なあ」


 ぶるりと寒さに身体が震え、身体を小さく丸める。


 ふとゼイン様の優しい体温が恋しくなってしまい、そんな考えを振り払うように慌てて首を左右に振った。


 ──私が二度と、触れることのないものなのだから。


 ぎゅっと膝を抱えると、私は静かに眠りについた。



 ◇◇◇



 囚われてから、1日半ほどが経った。食事は時間通りに運ばれてくるため、時間の経過は分かりやすい。


「…………っ」

「おねえちゃん、大丈夫? ぐあいわるい?」

「ごめんね、大丈夫だよ。眠たいだけだから」


 そんな中、私はと言うと異常なほど魔力が減っていく感覚と倦怠感に襲われ、動けなくなっていた。


 きっと離れた場所で、ハニワちゃんを自由に動かしているせいだろう。私は魔力を辿ることができないため、ハニワちゃんの行方は分からないまま。


 私の魔力量は相当なものだと聞いているし、こんなにも魔力消費するなんて、ハニワちゃんは何をしているのだろうと気掛かりだった。


 心配そうな表情を浮かべる子ども達に笑顔を向けるのと同時に、少し離れたところから別の子どもの叫び声が聞こえてきて、慌てて顔を上げる。


 すると下っ端らしい男の一人が、子どもの一人の首元を掴み上げているところだった。


 帰りたいと男の足元に縋りついたせいだと、近くにいた子が教えてくれる。私はすぐに駆け寄って男の腕を振り払うと、抱きかかえるようにして庇った。


「っやめて!」

「うるせえ、そもそもお前のせいで俺の弟は戻ってこれなかったんだ! 邪魔すんな!」


 思い切り頬を殴られ、髪を掴まれる。血の味が口内に広がり、痛みで目尻に涙が浮かんでいく。


 それでも子どもを離さずに男を睨みつけると、余計に苛立たせたのか、さらに髪を引っ張られ激痛が走る。


 そして再び、殴られると思った時だった。


「おい、まずいぞ! この場所がバレ──」


 そんな声が聞こえてきてすぐに、地下牢の扉が吹き飛ぶ。砂埃が舞う中、足音が聞こえてくる。


 期待から、心臓が早鐘を打っていくのが分かった。


 子ども達も目の前の男も何が起きているのか分からないようで、じっと動かずに口を噤んでいる。


「──何をしている?」


 やがて静まり返った室内に、ゼイン様の声が響いた。

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