第27話 感情ジェットコースター 2
ゼイン様が討伐遠征に行っている間、私はミリエルに通い詰め、食堂の準備を進めていた。
今日も朝から夕方まで作業をし、帰る前に店の前で改めて建物を眺めてみると、感動してしまう。
「すごい、お店っぽくなってきた……!」
前世ではいくら頑張ったところで、一生かかっても開店資金なんて貯まらなかっただろう。せっかく得たチャンスを大事にしなければと、気合を入れる。
「メニューはもう大体決まってるし、食材の仕入れも問題なさそうだから、後は従業員をなんとかしないと」
このままいけば順調にオープンできそうだし、そろそろ従業員を募集し始めてもいいだろう。
この規模なら、割と少人数でよさそうだ。もちろんゼイン様と別れた後は私も変装なり何なりして、レギュラーで働くつもりでいる。
「へー、マジじゃん。食堂とか冗談かと思ってた」
「そんな冗談言わないよ」
そして私とエヴァンの隣では、何故かストーカー美少年がまじまじと店を眺めていた。
こんなところまで付いてきていたことにも、もう驚かなくなってしまっている。
「プレオープンの日は、私も料理を作るつもりなんだ。その日は無料だから、お友達を連れて遊びにきてね」
「ふーん。
「うん、ありがとう! 待ってる」
「お友達」と言ったのに「知り合い」と返ってきたことで、友達がいないのかと心配になってしまう。
やはり周りとの距離感がうまく掴めないとかで、ストーカー的な感じになってしまったのかと胸を痛めていると、何故か睨まれた。
「お前、絶対失礼なこと考えてるだろ」
「そ、そんなことないよ」
「やっぱり友達いないんですか?」
「てめえ」
ストレートすぎるエヴァンに対し、攻撃しようとする美少年を宥めていると、手を繋いだ子どもが二人やってきた。雰囲気を見る限り、姉妹だろうか。
「ねえ、なにしてるの?」
「お店を作ってるんだよ。ご飯屋さんなんだ」
「わあ、すごいね! 楽しみ!」
ぱあっと大きな瞳を輝かせ、こくこくと頷いてくれる姿に思わず笑顔になる。
「ありがとう! お友達も誘って遊びにきてね」
「うん! ……でも、最近みんないなくなるんだ」
「えっ?」
みんないなくなる、という言葉に驚いていると、やけに焦ったように子ども達を呼ぶ母親らしき人がやってきて、二人は「またね!」と去っていく。
私は二人に手を振ると、エヴァンを見上げた。
「いなくなる、ってどういうことなんだろう」
「引越しシーズンなんですかね」
「そうなのかな? 友達が引っ越すの、寂しいもんね」
ミリエルは特に子どもが多いと聞いている。だからこそ、私はこの街を選んだのだ。
少しでもたくさんの人に喜んでもらえるといいなと胸を弾ませながら、私は王都へと戻った。
◇◇◇
「グレースは今日もかわいいね」
「あの、まだ演技に入らなくて大丈夫ですよ。ここには私達しかいないので」
「いやだな、本音なのに」
一週間後、私はランハートと共に街中へ向かう馬車に揺られていた。まずは人の多い場所に行き、噂を立てようと言うことになったのだ。
ゼイン様も二日前には、王都へ戻ってきているはず。無事だったことにほっとしつつ、もう舞踏会までは時間がないため、こうして行動を始めている。
華やかな白いジャケットに身を包んだランハートは、今日も何もかもが眩しすぎて目が痛い。
小説の中ではグレースの浮気相手は日替わりだったけれど、ランハートひとりの方がよっぽど目立って、より浮気感が出そうだ。
もちろん私も過去のグレースのドレスの中でも、特にド派手なものを選び、ヤナに悪女感たっぷりに仕上げてもらってきている。
「敬語もやめようよ、身分差だってないんだし」
「年の差があるので」
「悪女のグレース・センツベリーは、そんなの気にしないタイプに見えるけどな」
「た、確かに……分かりま──分かった」
名前呼び、敬語なしだけで一気に親しく見えるというアドバイスに従い、早速実践することにした。ぎこちない私を見て、ランハートは楽しげに笑っている。
想像以上に真剣に協力してくれていて、私の中でランハートの株が上がっていく一方、彼の「お願い」が何になるのだろうと怖くなっていた。
「これから、どこに行くつもりなの?」
「劇場に行こうと思って。噂好きの奴らが多い上に、公爵様と君が最初に話題になった場所だからね」
「なるほど……!」
流石、頼りになると思っていると、大粒の宝石の付いた指輪が輝く人差し指で、頬をつつかれた。
「そんな顔してたらダメだよ。罪悪感ありますって顔」
「……そんな顔してる?」
「うん。それはもう」
慌てて笑みを浮かべれば「うん、かわいい」なんて言われてしまう。罪悪感なんて一ミリも感じず、ランハートとの浮気を楽しむ悪女になりきらなければ。
「本当に面白いね。そんな顔をしながら俺と浮気して、これから公爵様を振るなんて理解できないな」
「私の命と、世界平和のためなの」
「あはは、それは俺も責任重大だ」
そうして劇場に到着し、ランハートと腕を組んでロビーに入ると、一気に視線が集まるのが分かった。前回、ゼイン様と来た時以上の反応だ。
「まあ、今度はランハート様なの?」
「ゼイン様に捨てられたのかしら」
そんな会話が360度から聞こえてきて、これは明日どころか今日中には広まりそうだと確信する。
何度もエヴァンと共に鏡の前で練習した悪い笑顔を浮かべ、ランハートの腕に自身の腕を絡めた。
「美しい君を独占できるなんて、夢のようだ」
「ええ、わたしもランハートとすごせてうれしいわ」
表情や態度に意識が集中してしまい、悲しいくらい大根役者の私にランハートは俯き、吹き出している。
このままではボロが出ると思ったのか、ランハートはぐいと私の腰を抱き寄せた。
「かわいいグレースの姿を、これ以上他の男には見せたくないな。早く二人きりになれる所に行こう?」
ナイスフォローと感謝しながらも、刺激が強すぎて私は笑顔を返すことしかできない。騒がしくなっていくホールを抜け、案内されたのは見覚えのある席だった。
「あれ、ここ」
「そうそう、こないだ公爵様と君が座ってた席。同じ階の別席にいたんだけど、あの距離感には笑ったなあ」
「……あの時は知らなかったの」
頭を打って、少し記憶がないと言えば「あー、そんなこともあったね」と納得してくれたようだった。
「ほら、おいで」
今回は二人席に並んで腰を下ろし、ぴったり隣に座る形になる。当たり前のように肩に腕を回されたことで、変な汗が出てきた。
「今回の演目は悲恋だって」
「えっ……それはちょっとまずいような……」
「どうして?」
「この後の作戦に支障が……」
とは言え、こんな状況ではオペラの内容も全く頭に入ってこないだろう、と思っていたのだけれど。
「……っう……ぐす……」
オペラが終わった後、私はあまりの切なさと悲しさで号泣してしまっていた。もう途中からランハートのことなど忘れ、舞台に集中していたように思う。
愛し合っているにも関わらず結ばれない二人の姿に、押し潰されそうなほど胸が締め付けられた。
こんなの泣かない方が無理があるというくらい、会場中の人々は涙に包まれている。一方、ランハートはけろっとしていたけれど。
「あはは、こんな状態じゃいつまでも外に出れないな」
「ご、ごめん……」
「気にしないで。正直、見た目だけは勝ち気な君の泣き顔、すっごいそそられるんだよね」
「…………!?」
びっくりして涙が止まった私の目元を、ランハートは「よし、止まったね」なんて言って良い香りのするハンカチでそっと拭ってくれる。
モテるのも納得だと思いながらお礼を言って深呼吸し、ひとまず化粧を直してくるため席を立つ。
「……男好きの悪女のフリ、難しいなあ」
そんなことを考えながら廊下の角を曲がった瞬間、思い切り誰かとぶつかってしまった。「きゃっ」という鈴を転がすような声が耳に届く。
うっかり謝りそうになったものの、今のグレースなら逆にキレるはずだと、慌てて睨み付けるように顔を上げた私は、息を呑んだ。
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「…………っ」
──何度も何度も小説を読み返した私が、見間違えるはずなんてない。ゼイン様に初めて会った時と同じような感覚に、指先ひとつ動かせなくなる。
そこにいたのは間違いなく「運命の騎士と聖なる乙女」のヒロイン・シャーロットだった。
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