第28話 感情ジェットコースター 3
この世界のどこかにシャーロットがいることは分かっていたけれど、いざ目の前にすると動揺してしまう。
何よりゼイン様だけでなく、私が彼女と出会うのも舞踏会だと勝手に思い込んでいたのだ。
「ごめんなさい、どこか痛みますか……?」
エメラルドのような大きな瞳に見つめられ、はっと我に返る。私はすぐにぶつかった所を手で払うような動作をすると、舌打ちをしてシャーロットを睨み付けた。
「謝れば済まされると思ってるのかしら?」
「い、いいえ! 本当にごめんなさい……!」
慌ててぺこりと頭を下げるシャーロットは、誰からも愛されるような可憐で健気な女の子そのもので、気を緩めれば目を奪われてしまいそうになる。
ゆるくウェーブがかった明るい茶色の髪に、宝石のような緑色の瞳。顔立ちだって驚くほどに整っていて、圧倒的なヒロインオーラを纏っている。
きっとゼイン様と並び立ったら、それはもうお似合いなのだろう。
とにかく今ここでシャーロットと関わっても良いことはないし、適当な嫌味をもうひとつくらい言って立ち去ろうと思っていると、不意に後ろから抱きしめられた。
「グレース、ここにいたんだ」
「……ランハート?」
「大丈夫? 前にもこんなことあったよね」
思い返せば彼との出会いも、こんな状況だった覚えがある。ランハートはちらりとシャーロットに視線を向けると、再び私に笑顔を向けた。
「遅いから寂しくなって、迎えに来ちゃった」
「そう、悪かったわ」
甘ったるい声で耳元で囁かれ、内心動揺しながらもすまし顔を心がける。
そんな中、シャーロットが私達をじっと見つめていることに気が付く。やがて私の視線に気付いたのか、はっと口元を手で覆った。
「ご、ごめんなさい、あまりにもお二人がお似合いで素敵なので、つい見惚れてしまって……」
「でしょ? ありがとう」
笑顔を向けるランハートにするりと腕を絡め「行きましょう?」と声を掛ける。もう化粧直しなんて後回しにして立ち去ろうと、そのまま腕を引いて歩いていく。
背中越しにシャーロットの「本当に申し訳ありませんでした」という声が聞こえてきて、心の中で「意地悪言ってごめんね」を繰り返す。
やがて姿が見えないところまでやって来ると、私は深く息を吐いた。まさかシャーロットに
「ごめんね、急に。色々緊急事態で」
「大丈夫だよ。彼女、知り合い?」
「知り合いというか推し、いや赤の他人というか……」
「あはは、何それ」
まっすぐにどこかへ向かうランハートと共に、街中を歩いていく。やはり私達は目立つようで、ずっと刺さるような視線を感じる。
「でも、すっごくかわいかったでしょ?」
「まあ美人ではあったけど、俺の好みじゃないかな。ずっと君の方がタイプだよ」
「そ、そうですか……」
あんなにかわいいのに、そんなレアタイプの人もいるんだと驚きながら、私は歩みを進めた。
◇◇◇
その後、ランハートに連れられて辿り着いたのは、まさかのまさかでカジノだった。
冷や汗が止まらない私の肩を抱き、ランハートはどれからいく? なんて言って笑顔を浮かべている。
「な、なぜカジノに……?」
「ここにいる奴らも大概口が軽いんだ。それに元気がなさそうだったから、楽しい場所がいいかなって」
「あ、ありがとう」
「よく君を見かけてたんだよ。いつも勝ってたよね」
「そこもあまり記憶がなくて……」
彼は私が貧乏性なのを知らないどころか、元のグレースがカジノ好きだったことを知っているようで、気を遣ってくれたらしい。
その優しさにいたく感謝した私は、なんとか楽しもうと笑みを返した、けれど。
「えっ……? い、いま赤か黒か選んだだけで、50万ミア、な、なくなったの……?」
「そうだよ。次は倍賭けようか」
「ごめんもうやだ無理吐きそうお願いもうやめよう」
別世界の金銭感覚に、精神が崩壊しそうだ。一方のランハートは、青くなる私を見て楽しんでいる。
「俺が最後にここで君を見た時には、1000万ミア単位で賭けてたよ? 本当に面白いな」
「いっせ…………」
本気で吐き気がしてきた。ここは私がいるべき場所ではないと思い、少し休もうと飲み物を取りに向かう。
すると見覚えのある顔があり、すぐに声をかけた。
「エヴァン! どうしてここに?」
「あれ、お嬢様。今日はとても大事な仕事で来ていたんですよ。それ以上は内緒ですが」
エヴァンも365日私の護衛をしているわけではないため、我が家での雑用業務ではなく騎士としての仕事をする日もあるのだ。
こんなところに何の仕事だろうと思いつつ、また明日と言って見送る。そうしてグラスを手にランハートのところへ戻ったところ、彼は驚くほど大量のチップに囲まれていた。
「全部取り返しておいたよ。安心して」
「ラ、ランハート様……! ありがとうございます!」
「あはは、これだけ目立てば十分じゃないかな。後は休憩室で適当に休んで帰ろうか」
「休憩室?」
「行けば分かるよ」
よく分からないものの、とにかく彼の言う通りにしようと思いチップを預けた後、一緒に階上へ向かう。
「今から数分でいいから、なるべく俺にくっついて」
何故だろうと気になりつつ、大人しく腕にしがみつく。そして数階上のフロアに着き、一瞬で理解した。
「…………!」
各部屋にやけにいちゃいちゃする男女がなだれ込んでいくのだ。とてもアダルトな雰囲気に、息を呑む。
「ここの休憩室って、あんな感じで使われるのがメインなんだよね。ここで時間を潰して帰れば、今日の浮気作戦は完璧じゃない?」
「な、なるほど……ランハートはすごいね」
もはや尊敬の念すら抱いてしまうほど、遊び慣れすぎている。私には縁のなさすぎる世界だと思いつつ、ランハートのお蔭で無事に演じきれそうだとほっとした。
「…………」
後はこのまま、ゼイン様と距離を置いて別れを告げるだけ。当日のことを思うと胸が痛むけれど、先程シャーロットに会ったことで、妙な安心感が生まれていた。
彼女はどう見てもヒロインで、あんなにもかわいくて健気なシャーロットがいれば、絶対に大丈夫だろう。
「やった! ようやく勝った……!」
「うんうん、その調子。次はお金賭けようか?」
「許して」
その後、私達は休憩室でカードゲームをして遊んだ。驚くほど健全だ。ランハートとは普通に友人になりたいなと思っていると、彼は時計へ視線を向けた。
「あ、そろそろ帰ろうか。ちょうど時間的にも軽く一回くらい済ませたタイミングだし」
「いっ……す………」
「あはは、真っ赤だよ。かわいいね、その顔。そのまま出れば説得力が増しそうだ」
そう言うとランハートは立ち上がり、こちらへ来ると結い上げていた私の髪をばさりと下ろした。
「うん、事後っぽい」
「ラ、ランハートは、本当にすごいね…………」
「だから俺を選んでくれたんでしょ?」
やはり私とは住んでいる世界が違うと思いながら、腕を引かれてドアへと向かう。後はこのまま適当に目撃されつつ、馬車に乗り込んで帰宅するだけだ。
そうして廊下に出た瞬間、見覚えのある銀髪が一番に目に飛び込んできて、思わず足を止める。
隣に立つランハートも小声で「これは流石に予想外だったな」と呟き、苦笑いを浮かべたのが分かった。
本当に本当に、お願いだから待ってほしい。
「…………グレース?」
やがてゼイン様の太陽のような眩しい金色の瞳がこちらへ向けられ、私だって流石にここまでは望んでいなかったと、内心頭を抱えた。
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