第12話 はじめてのデート 1
やがて劇場へ到着し、ゼイン様のエスコートを受けながら豪華なロビーへと足を踏み入れると、一瞬にしてすべての視線がこちらへ集まったのが分かった。
色とりどりの華やかな装いをした貴族らしき人々は皆、驚いた様子でこちらを見ている。
「まあ、ゼイン様だわ! なんて素敵なのかしら」
「それにしても、マリアベル様以外の女性を連れて歩くなんて珍しいのではなくて?」
やはり女性達は皆、彼を見て色めき立っているようだった。そしてもちろん、その視線は私にも向けられる。
「隣の方はどなた? とても美しい方だけれど」
「あのゼイン様とご一緒されるくらいだもの、とても高貴な方に違いないわ」
そんな会話が耳に届き、思わず「えっ」という声が出そうになるのを慌てて堪える。
どうやらギャップ大作戦のせいで、誰もが私がグレースだと気が付いていないようだった。
「いやあ、すごい美人だな。公爵様が羨ましいよ」
「お前、婚約者に聞かれたら殺されるぞ。だが、あれほどの美女は憧れるよな」
男性達も私のことを褒めてくれている様子で、このままバレなければ平和だと思っていたのだけれど。
「グレース嬢、疲れてはいないか?」
「えっ? あっ、はい」
ゼイン様が眩しいくらいの笑みを浮かべ、やけに顔を近づけてはっきりと「グレース嬢」と言ったことで、場は一気に騒がしくなる。
「まさか、グレース・センツベリー……?」
「まるで別人じゃないか」
まだ馬車を降りてから5分ほどしか歩いていないというのに、そんなに体力がなさそうに見えたのだろうか。
けれど、これが紳士の気遣いなのかもしれないと思った私はお礼を言い、大丈夫だと笑顔を返す。
「嘘でしょう? どういう心境の変化なのかしら」
「まあ、いよいよゼイン様にまで手を出したのね」
「ゼイン様もなぜ、グレース様なんかと……」
そんな中、先程までの羨望の眼差しは、あっという間に責めるようなものへと変わる。
大方、私が何かゼイン様の弱みを握っており、無理に一緒にいるのだと思っているのだろう。その通りだ。
「あんな女、ゼイン様には釣り合わないのに」
そうそう、
白と金で統一された壁には過去の演目の絵なんかが飾られていて、歩いて見ているだけでも楽しい。
そんな様子をゼイン様がじっと見ていたことには気づかず、私は煌びやかな世界に夢中になっていた。
やがて案内された席は2階にあるとても広い個室のような場所で、やけに大きな椅子がふたつ置かれている。
驚くほど見晴らしが良く、もちろんこういった場所に来るのは初めてだけれど、相当なお値段がするであろう特等席だということはすぐに理解した。
「グレース嬢、こちらの席の方が見やすいそうだ」
「そうなんですね。では、ゼイン様がそちらに。私はこちらに座らせていただきます」
「……分かった。君がそうしたいのなら」
そう告げたところ、なぜかゼイン様は少し困惑したような様子で。もしやレディーファースト的な感じで、私がそちらに座るべきだったのかと冷や汗をかきながら、おずおずともうひとつの座席に腰を下ろす。
「今日の演目は恋愛がテーマなんですね」
「ああ、女性に人気だと聞いている」
「とても楽しみです、ありがとうございます」
やけに距離が遠くて会話しづらいと思ったものの、お値段の分もしっかりオペラを楽しもうと意気込んで、ステージへと視線を向ける。
やがて劇場は暗くなり、オペラが始まった。
「わあ……すごい……!」
魔法で演出された舞台は本当に美しくて幻想的で、感嘆の声が漏れる。まるでお
オペラの内容は異世界版シンデレラといった感じで、不遇の少女が運命の相手と出会い、恋に落ちて幸せになるという話だった。
「……っ……うっ…………」
幼い頃からずっと全てを諦めてきた主人公が初めて幸せになりたいと望み、それを叶えようとする男主人公の姿には、涙が止まらなかった。
お互いを思い合う二人はとても美しくて素敵で、胸がいっぱいになる。ハンカチもびしょ濡れだ。
──私にもいつか、あんな恋ができるだろうか。誰かを好きになり、愛される日が来るのだろうか。
やっぱり女性としては一生に一度の恋には憧れるなあと思いながら、幕が降りてなお拍手を送り続ける。
「……グレース嬢?」
「はっ、はい!」
完全にゼイン様の存在を忘れ、オペラの世界に入り込んでいた私は名前を呼ばれ、慌てて我に返った。
ゼイン様は号泣している私を見て、やはり困惑したような表情を浮かべている。これは流石に可愛いというギャップを超えている気がしてならない。
「す、すみません! とても感動してしまって……素敵なオペラに誘っていただき、ありがとうございました。お化粧を直してきます」
間違いなく涙でぐしゃぐしゃになっている私は、化粧を直してくると言い、慌てて席を立つ。泣きすぎたと反省したものの、涙を我慢するなんて到底無理なレベルの感動的な名作だった。不可抗力だ。
そうしてスタッフ的な人に休憩室へと案内され、なんとかお化粧を直して戻ろうとすると、廊下で「グレース様」と声を掛けられた。
「……あら、なあに?」
振り返った先にいたのは美しい黒髪を靡かせた、これまた悪女っぽい美女で、その苛立ったような雰囲気からは、とてもグレースの友人というようには見えない。
「どんな手を使って、ゼイン様に取り入ったの?」
「やだ、貴女に話して何の得があるのかしら」
どうやらゼイン様を慕う令嬢の一人らしい。
なかなか悪女っぽい返しができたと思いながら、余裕の笑みを向ける。まさに悪女VS悪女という絵面だ。
すると美女は、呆れたように鼻で笑う。
「貴女、一緒の席にすら座ってもらえていなかったじゃない。初めて見たわよ、あんなの。惨めすぎるわ」
「えっ……?」
お願いだから、ちょっと待ってほしい。どうやら本来は、あの長椅子には二人で座るべきだったらしい。
『そうなんですね。では、ゼイン様がそちらに。私はこちらに座らせていただきます』
『……分かった。君がそうしたいのなら』
ゼイン様の困惑した様子にも、納得がいく。とんでもない勘違いをしてしまったと、私は頭を抱えた。そんなこと、全く知らなかったのだ。
好きだと言っているくせに、あんな避けるような座り方をすれば当然の反応だろう。とんだツンデレだ。親しくなるチャンスをピンチに変えてしまっている。
「いい? ゼイン様は、貴女が今まで遊んできたような男性方とは違──」
どうしよう、グレースが知らなかったなんてことは絶対にありえないし、と言い訳を必死に考える。
一方、目の前の美女はかなり苛立った様子で、ヒートアップしていく。
何もかもが彼女の言う通りではあるものの、ここはグレースらしく言い返そうかと思っていた時だった。
「ベラ、君の美しい声が廊下に響いてしまっているよ」
「ラ、ランハート様……!」
突如、陽のオーラを身に纏った超絶イケメンが現れたのだ。光の束を集めたような金髪に、アメジストのような瞳が印象的な彼は、眩しい笑みを浮かべている。
ランハートと呼ばれた男性は華やかで派手で、なんだか軽薄な感じがする。女性の扱いにも、やけに慣れているようだった。
「ほら、行こう? それとも俺じゃダメかな?」
「そ、そんなことありませんわ」
肩を抱き寄せられた美女は頬を赤く染め、照れたような様子で、急に大人しくなっている。イケメンなら誰でも良いのだろうか。
よく分からないけれど助かったと思っていると、彼は私にしか見えないよう、ウインクをして去っていく。
「……私を助けて、くれたのかな」
そうして謎のイケメンに感謝しながら、私はゼイン様の元へと急いで戻ったのだった。
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