第7話 救出作戦 2


 エヴァンと共に急いで小屋の中へ入ると、古びた剣を持った男と、両手を縛られたマリアベルの姿があった。


 既に何度も切りつけられたようで、泣きじゃくるマリアベルの服はあちこち真っ赤に染まっている。その痛々しい姿に、泣きたくなった。


 本来のストーリーでは、こうして痛めつけられ続けた末に、マリアベルは命を落としたのだろう。


「…………っ」


 私はすぐにマリアベルの元へ駆け寄り、剣を抜いたエヴァンは私達を庇うように男と対峙した。


「助けにきたので、もう大丈夫ですよ」

「……っう、……ひっく……こわかっ……う……」


 土埃まみれで傷だらけで、昼間とはまるで別人のような姿に胸が締め付けられる。


 確かマリアベルはまだ、14歳のはず。どうして彼女がこんな目に遭わなければならないのだろう。


 やるせない気持ちになりながら、ヤナからお守りにと渡されていた短刀で手のロープを切っていく。すると、その様子を見ていた男の舌打ちが小屋の中に響いた。


「なんだ、お前ら? どうしてここが分かった?」

「お前こそ何をしていた?」

「見りゃ分かるだろ、ウィンズレット公爵家の大切な大切なお姫様を殺そうとしてたんだよ」


 身なりの汚い男が不気味に笑った次の瞬間、エヴァンは男を地面に押さえ付けていた。その首元には、剣が突きつけられている。


 魔道具を使い魔物を使役しただけで、この男自身は確か爵位を取り上げられた元貴族のはず。騎士であるエヴァンに敵うはずがない。


「こいつ、殺さない方がいいですよね?」

「うん、そうだね。捕まえておいてほしい」


 私はこの国の法に詳しくないけれど、犯罪者だからと言って勝手に殺すのは良くないだろう。それくらいしてほしいくらいの気持ちではあるけれど、ゼインのこともあるし、正しく裁かれるべきだ。


 ひとまずこれで一安心だと思った私は、マリアベルの傷の手当てをしようと思い、腰のポーチから治療道具を取り出したところ、彼女は小さく首を振った。


「だ、大丈夫です。私、治癒魔法、つかえます」

「そうなんですね! わあ、すごい……!」


 そう言うと、マリアベルは自らの手を身体にかざす。するとすぐに淡く柔らかな光に包まれた傷口が、一瞬にして治っていく。


 初めて見る治癒魔法の美しさや凄さに驚きながら、これ以上痛い思いをしなくて済むようで、ほっとする。


「本当に、よかった……」


 全ての傷を無事に治し終えると、やがてマリアベルは真っ赤な目で私をじっと見つめた。


「本当にありがとう、ございました」

「どういたしまして」

「あの、どうして助けてくださったんですか……? お昼にマダム・リコのお店でお会いしました、よね」

「ええと、それは──」


 確かに彼女からすれば、昼間に一瞬だけ顔を合わせた人間がいきなり山奥まで助けにくるなんて、意味がわからないだろう。むしろ怖いかもしれない。


 どう説明しようかと頭を悩ませていると、不意にバキ、ゴキ、という聞き慣れない大きな音が響いた。


「えっ、えええ……!?」


 男の身体が、巨大な魔物に変化したのだ。その巨体は小屋の天井を突き破り、口からは炎を吐いている。


「まさか、この男も薬を持っていたなんて……」


 人間が魔物に変化する薬は、2巻から出てくるはず。本来なら私達という邪魔が入らないため使う必要がなかっただけで、薬自体は所持していたのだろう。


 予想外の展開に、冷や汗が流れる。


「へー、人って魔物になるんだ。おもしろいですね」

「全然おもしろくないよ!」


 そんな中、地響きのような雄叫びを上げている男を前にしても、エヴァンは変わらず飄々としている。


 マリアベルは私の服を、震える手でぎゅっと握っていた。普通はこんな出来事に遭遇すれば、怖くて仕方ないだろう。大丈夫ですよ、あの人は強いからと伝える。


「でも少し時間はかかりそうですね。相性最悪なので」

「倒せる?」

「それは間違いなく。ここは危ないので離れていた方が良いですが、何かあったらすぐに呼んでください」

「うん、わかった。エヴァンも気を付けて」


 エヴァンばかりに無理をさせて申し訳ないけれど、とにかくその間、無事でいなければ。


 小屋には火が移り崩れ始めてきたため、私達は外へと避難する。そうして離れたところでエヴァンを見守りながら、大人しくしていようと思っていた時だった。


 マリアベルが、震える手で私の後ろを指差した。


「う、うしろ……!」

「えっ?」


 振り返った先には、先程エヴァンが倒したものと同じ狼のような魔物の姿があった。それも、3匹も。


「う、うそでしょ……」


 エヴァンの方はまだ戦闘を続けているようで、声を上げて呼ぼうとした時にはもう、魔物達はこちらへ牙を剥いて向かってきていた。


 エヴァンを呼んだところで、間に合いそうにない。


「…………っ!」


 そう思った私は咄嗟に地面に手を突き、自分達を囲むように土魔法で壁を作った。


 けれどすぐにドンッ、ドンッ、と地面ごと揺れ、体当たりをされているのだと悟る。やはり耐久性が低いのか、パラパラと崩れ始めた土壁の欠片が降ってくる。


 まだ魔法を使い始めて、たった数日なのだ。どうすれば強度が上がるのかも分からない。どうか一秒でも長く持ってくれと祈りながら、ひたすらに魔力を流し込む。


「大丈夫です、私がここで死んだら、困ると思うので」


 そんな願望に似た言葉を、マリアベルに、そして自分自身に言い聞かせる。かたかたと震えるマリアベルの瞳からは、再びぽろぽろと涙がこぼれていた。


 なおも魔物は体当たりを続けているようで、土壁にはヒビが入っていく。それでもエヴァンが間に合ってくれると信じて、必死に魔法を使い続けていた、けれど。


「…………?」


 突然音が止み、静かになった。外の音はほとんど聞こえないため、何が起きたのか分からない。


 魔物の知力は高くないらしく、私達を油断させるために攻撃をやめた、なんてことはないはず。エヴァンが助けに来てくれたのかもしれない。


 そう思いながらも万が一のことを考えると怖くて、魔法を解けずにいた時だった。


「えっ?」


 突然、土壁がバラバラと崩れたのだ。思わずぎゅっと目を瞑ったものの、壁の破片が私達の上に落ちてくることも、痛みが来ることもない。


「──おにい、さま」


 数秒の後、やがて聞こえてきたマリアベルのそんな声に、心臓が大きく跳ねた。ゆっくりと、顔を上げる。


「…………っ」


 そして一瞬で、彼が何者なのかを理解した。


 理解させられた、と言うのが正しいかもしれない。その圧倒的なオーラや暴力的な美しさに、目を奪われる。


 輝くような銀髪に、太陽のように眩しい金色の瞳。


 私が知っている陳腐な言葉ではとても言い表せないくらい、彼──ゼイン・ウィンズレットは綺麗だった。

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