第6話 救出作戦 1
本当にもう、時間がない。そう思った私は、必死にマリアベルがいるであろう場所を思い出そうとする。
「山の名前は……だめだ、そんなの覚えてない」
何度も読んだからといって山の名前なんて読み飛ばしてしまっているし、覚えているはずなんてなかった。
「ねえ、ここから近い山はいくつある?」
「王都からなら、フィギス山かノヴァーク山ですね」
「…………」
山の名前を聞いても、全然しっくり来ない。結局これ以上何も思い出せなかった私は、再び口を開く。
「犯罪者が人を攫って殺すとしたら、どっち?」
「それならノヴァーク山でしょうね。フィギス山は見晴らしが良くて、常に観光客も多いので」
それならきっと、ノヴァーク山だ。私はベンチから立ち上がると、エヴァンの手を取った。
「エヴァン、お願いがあるの。今から何も聞かずに、ノヴァーク山へついてきてくれない?」
「もしかして俺……殺されるんですか?」
「ち、違うよ! ごめん、今の流れは私が悪かった」
詳しいことを説明している暇はないし、説明できるような、信じて貰えるような話でもない。
それでも、これだけは伝えておかなければ。
「マリアベルを助けに行きたいの」
──最低最悪な悪女のグレースがゼインの恋人になれたのは、間違いなくマリアベルの死があったからだ。
それがなければ、きっと見向きもされない、むしろ彼にとっては嫌いな人種に違いない。
だからこそ、ここでマリアベルを助けようとするのは悪手だろう。悪手どころか、自ら正規ルートを全力で潰しに行くようなものだ。
もちろん戦争が起こるのだって死ぬのだって怖いし、必ず避けたいと思っている。
それでも黙ってマリアベルが死ぬのを待ち、それを利用してゼインに近づくなんて、どうしても嫌だった。
『ごめんなさい、大丈夫でしょうか?』
だって、彼女はこの世界で生きている。
まだたった一週間しか経っていないけれど、もう、この世界の人々のことをただの小説のキャラクターだなんて思えそうにない。エヴァンだってヤナだって、みんな生きている一人の人間だった。
今ここで何もしなければ、絶対に一生後悔する。その後のことは、彼女を助けられた後に考えるしかない。
「分かりました。行きましょうか」
「えっ?」
「俺は急いで馬を借りてきます。お嬢様はその間に着替えてきてください。正門でお待ちしていますね」
「わ、わかった! ありがとう」
マリアベルを助けに行きたい、だけじゃ全く意味が分からないはずなのに、エヴァンはそれだけ言うとすぐに馬小屋へと向かって行った。やけに頼りになる姿に、ほんの少しだけ恐怖と緊張が和らぐ。
グレースはその後はヤナにも手伝ってもらい、動きやすい乗馬用のパンツタイプの服に着替えた私は、エヴァンと合流し馬に乗った。
他にも騎士を連れて行ったり、助けを求めたりしようかとも考えたけれど、時間もなければ何の証拠もないのだ。むしろ、信じてもらえる方がおかしい。
そう思いつつも、ノヴァーク山にマリアベルが囚われている可能性が高いと、匿名でゼインに手紙を送っておくよう頼んである。
間違っている場合もあるけれど、そもそもゼインは間に合わないのだ。それなら何もしないよりはいいはず。
「馬って、こんなに速いんだ……!」
「俺の方が速いですけどね」
「また張り合ってる」
私自身、馬に乗るのは初めてな上に、あまりスピード感のあるものは得意じゃないため緊張してしまう。ちなみにグレースは元々、馬を乗りこなしていたらしい。
どうかマリアベルが無事であってほしいと願いながら、ぎゅっと二人乗り用の手綱を掴む。
「とにかく、山のどこかにある小屋にマリアベルは囚われているはずなの。犯人は一人で、魔物を操ってる」
「魔物を操る? そんなことができるんですか?」
「……うん。これから、そういう事件が増えるはず」
これからこの国を中心に、魔物を操る道具なんかが少しずつ出回るようになる。
そして小説の2巻以降に黒幕が出てくるけれど、もちろんすべてゼインとシャーロットが倒してくれるのだ。
「でも、こんな話を信じてくれるの?」
「信じる信じないと言うより、俺はお嬢様の命令に従うだけなので、基本的に何でもいいんですよ」
「エヴァンは分かりやすくていいね。ありがとう」
そんなエヴァンに感謝しているうちに、ノヴァーク山に到着した。山道ということもあり、馬は魔物に襲われないよう麓に置いていき、自らの足で登っていく。
「私って、結構体力あったんだ」
「体型維持のためと言って運動もされていましたから」
「なるほど……」
グレースの完璧な美しさは、生まれ持ったものだけでなく努力の結晶でもあったらしい。お陰で山道を登っても、あまり息切れせずに済んでいる。
どうかまだ無事であってくれと願いながら、額から流れてくる汗を袖で拭い、足を動かしていく。
「ねえ、そう言えばエヴァンってどれくらい強いの?」
「俺ですか? 俺は──」
そこまで言いかけたところで、前方から魔物の群れが山道を駆け降りてくるのが見えた。
狼をぐちゃぐちゃにしたような、初めて見るおぞましい魔物の姿に恐怖を感じてしまう。
けれど一方のエヴァンはいつもと変わらない様子で、爽やかな笑みを浮かべている。
「この国で、片手に入るくらいじゃないですかね」
次の瞬間にはもう、エヴァンは腰から剣を抜き、魔物に斬りかかっていた。瞬きをしている間に、魔物は肉片へと変わっていく。
圧倒的なその強さに、言葉を失ってしまう。先ほどの「この国で片手に入る強さ」というのは、本当なのかもしれない。
あの娘を溺愛しているお父様がグレースに、護衛を一人しか付けないのはおかしいと思っていたのだ。それも、あんな事件があった後だというのに。
──それはきっと、エヴァン・ヘイルという騎士の実力を信用しているからなのだろう。
「さて、行きましょうか」
あっという間に全てを倒し切ったエヴァンは、私の元へと戻ってくると背を向け、しゃがみ込んだ。
「多分この辺りの魔物はあらかた片付けたでしょうし、一気に走り抜けます。乗ってください」
「えっ? ありがとう」
「しっかり掴まっておいてくださいね」
「分かっ──きゃあああああ!」
おずおずとエヴァンの背中に乗り、しっかりと肩に捕まった途端、視界がブレた。
突然、まるでジェットコースターに乗っているかのようなスピードで、エヴァンが走り出したのだ。
「ほら、言ったでしょう? 馬より速いって」
「た、確かに! 疑ってごめん!」
「俺は風魔法使いなので、足に風を纏って移動できるんです。長距離移動には向かないんですけどね。舌を噛まないよう気をつけてください」
あまりにも速く、周りの景色すらよく見えない。けれど彼はしっかり見えているようで、やがて足を止める。
「小屋って、あれじゃないですか?」
「あ、本当だ! 良かった、行こう」
それっぽい木の小屋を見つけ、思わずほっとするのと同時に甲高い悲鳴が聞こえてきて、全身の血が凍り付くような錯覚を覚えた。
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