第4話 難易度が高すぎる


 その後、早速エヴァンにグレースとしての様子を見てもらおうと思い、メイドを呼んだ。


「お茶を用意してちょうだい。早くして」

「えっ? あっ、はい! ただいま!」


 心を痛めながら悪女っぽく言ったつもりだけれど、何故かメイドはほっとしたような様子さえ見せている。


 一方、私の側に立つエヴァンは手で0点というジェスチャーをした。どうやら採点形式らしい。


 点数すらもらえないことに驚愕していると、エヴァンはこっそりと耳打ちしてくる。


「いつものお嬢様なら、舌打ちをしてテーブルを一度叩きつけるだけでお茶が出てきます」

「そんなことある?」


 難易度が高すぎる。やはりグレースという人物になりきるには、まだまだ先は長い。


 見た目の美しいお菓子達が並べられていき、まるで絵本に出てくる素敵なティータイムだと思わず胸が弾む。


 そして紅茶が入ったティーカップが目の前に置かれようとした瞬間、無意識に「ありがとう」と言ってしまい、動揺したらしいメイドは思い切りカップを倒した。


「も、申し訳ありません……! い、今すぐに死んでお詫びをしますから、どうか家族だけは……」

「大丈夫ですか!? ここは俺が食い止めます!」

「落ち着いて、大丈夫だから! 危ないからナイフは離して、火傷するから腕は退けて!」

「マイナス100点です」

「もう、今はいいから! 手を退けて!」


 ケーキナイフを首にあてがうメイドと、テーブルに広がっていく熱湯のお茶が私にかからないよう、自らの腕でせき止めようとするエヴァン。まずは拭いて欲しい。


 一瞬にして優雅なティータイムは、カオスな空間へと変わっていた。お茶をこぼしたメイドは泣き出し、他のメイド達も私が怒り狂う恐怖からか、硬直してしまっている。


 結局、悪趣味といえど間違いなく相当なお値段のドレスが濡れてしまうことを危惧した私は、自らワゴンの上にあったタオルでこぼれた紅茶を拭き取ってしまった。


「さっさと代えを淹れなさい。次はないわ」

「あ、ありがとうございます……!」


 私の言動に対し、メイド達は揃って信じられないという表情を浮かべた後、すぐに完璧にお茶の用意をしてくれた。最後に再び丁寧に謝罪し、部屋を出ていく。


 そして再びエヴァンと二人きりになった私は、深い溜め息を吐いた。出オチすぎて泣きたくなる。


「……はあ、これじゃマイナスだよね。ダメダメだ」

「はい。ただ、人としては100点だと思いますよ」

「急にいいこと言うね」


 このままでは、悪女からは程遠い。メイドというのは噂話が好きだと小説に書いてあったし、屋敷の中での変化は外にまで漏れてしまう可能性があるのだ。


 特にセンツベリー侯爵邸の使用人は、入れ替わりが激しいと聞いている。


 常に悪女らしい姿でいる必要があるとは言え、わざとではないミスをして泣いている子を責め立てるなんてこと、私にはとてもできそうになかった。


「……わあ、美味しい」


 なんだかお茶を飲むだけで疲れてしまったと思いながら、ティーカップに口をつける。


 人生で飲んだことのないような、お高い味がした。


「それにしても、どうして使用人達はセンツベリー侯爵邸で働くの? もっと良い職場なんてあるはずなのに」

「グレースお嬢様のせいで辞めていく人間が多いので、給金が破格だそうですよ」

「なるほど……エヴァンもそうなの?」

「はい、貰いすぎなくらいだと思います。お断りしているのですが、侯爵様がどうしても受け取って欲しいと仰るので、とりあえずカジノで使っています」

「貯金した方がいいよ」


 侯爵──お父様もエヴァンがグレースにとって、なんだかんだお気に入りの存在だと分かっていて、辞められては困るからなのだろう。


 改めてまじまじと見ても、本当に整った顔をしていた。グレースが気に入るのも分かる。かなり変だけど。


 この屋敷の使用人はお金に困っている人が多いと聞き、前世のこともあって他人事ではないと思えた私にはもう、悪女ぶって辛く当たることなどできそうにない。


 しばらく考え込んだ私はやがて小さく息を吐くと、ティーカップを置いた。


「エヴァン、この屋敷のメイドで特に貧乏で心が強そうで、信用出来そうな子を一人連れてきてくれない?」


 人の良い彼は、屋敷中の使用人達と仲が良いと聞いている。もはや騎士としての仕事以外しかしてもらっていないけれど、許してほしい。


「はい、すぐに。でも、どうするんですか?」

「こうなったら、サクラを雇おうと思うの」

「さくら……? とりあえず呼んできますね!」


 そしてエヴァンはすぐに、メイドを一人連れて来てくれた。ヤナと言うらしく、年は20歳らしい。


「……虐められているフリ、ですか?」

「うん、私の専属のメイドとして」


 そう、私の考えた作戦は専属のメイドを用意し、身の回りの世話をすべて頼む。そもそも私はほとんど自分でできるから、一人いれば十分だろう。


 そして他の人の前では、そのメイドをこっぴどく虐めるフリをするのだ。最初からフリだと言っておけば私も心が痛まないし、メイド側には給金と別にお金を多めに支払うことで、生活が少しでも楽になるはず。


 グレースの個人的なお金は気が遠くなるほどあったため、ひとまずそこから使わせてもらうことにする。


 ヤナは私の様子や提案にかなり驚いていた様子だったけれど、すぐに笑顔で頷いてくれた。


「分かりました、是非やらせてください。虐められているフリ、頑張ります! 私、泣き真似には自信がありますし、心身ともに強いので思いっきりやっていただいて大丈夫です。もちろん絶対に、このことは他言いたしません」

「ありがとう! これからよろしくね」

「まあ、俺の方が強いですけどね」

「なんで張り合ったの?」


 赤い髪がよく似合うヤナは実家が相当な貧乏で借金があり、まだ幼い兄妹もいるのだという。やる気満々で頑張りたいと言ってくれて、心強い。


 とりあえず一年間は彼女を専属メイドとして側に置き、屋敷の中ではこの作戦で行こうと思う。


 私自身、家の中でもずっと無理に演技をして気を張っているのは辛いため、少しほっとする。二人の前でなら、素の自分で過ごせそうだ。


 とは言え、こんなものは応急処置にすぎない。それ以外の場ではしっかりしようと、改めて気合を入れた。

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