第17話 気付いた時には、もう
四年ぶりに会った幼馴染は、気軽に話しかけることすら躊躇うくらいに、大人の男の人へと変わっていて。
何から話せば良いか分からず、私はただ整いすぎた顔を見上げることしかできない。そんな中、イアンは掴んでいた私の腕をぐいと引くと、そのままきつく抱きしめた。
「……会いたかった」
今にも消え入りそうな、縋るような声だった。温かく大きな身体は、小さく震えているような気がした。
イアンが居た騎士団はかなり厳しいものだったと聞いている。家族を失い、誰も知らない土地で一人でずっと頑張っていた彼は、昔ながらの知人に会い安堵したのかもしれない。
とは言え、今の私はスレン様と婚約している身なのだ。家族同然の幼馴染といえど、こんな姿を誰かに見られては誤解されてしまうだろう。
私は彼の名を呼ぶとそっと胸元を両手で押し、離れた。
「私も会いたかった。おかえりなさい」
笑顔でそう声を掛ければ、イアンは今にも泣き出しそうな表情を浮かべて。「ただいま」と呟いた。
「ええと、どうしてここに?」
「ブレットがここにいると聞いて、神殿で働く知人に見舞いの品を渡すよう頼んだところだった」
「そうだったんだ……本当にありがとう、ブレットもイアンのことが大好きだから、喜ぶと思うわ」
「ああ」
家族の同伴が無ければ、基本的に患者には会えないことになっているのだ。その帰りに偶然、私を見つけたらしい。
「手紙、ごめんね。返事を忘れているうちにイアンが戻ってきたって噂を聞いたから、どうしていいか分からなくて」
「無視をした訳では」
「えっ? なんで私がイアンの手紙を無視するの?」
するとイアンは、安堵したように深い溜め息を吐いた。
「今、少し話は出来るか?」
「大丈夫だと思う。外で馬車やメイドを待たせているから、少し待っていてくれる?」
「分かった」
私は急いで神殿を出て馬車へと向かうと、中に乗っていたベティに声をかけた。二人きりの方がいいだろうと気を遣ってくれて、いつも彼女はここで待ってくれているのだ。
「エルナ様、どうかされましたか?」
「待たせていてごめんね。実は中で友人に偶然会って……少しだけ話をしたいから、先に帰っていて」
「いえ、ここでお待ちしていますよ! エルナ様を置いて帰ったりしては、スレン様に怒られてしまいますから」
「分かった。なるべく早く戻ってくるね、ごめんね」
「エルナ様にお借りした本の残り、まだまだこんなにありますから! 御者にはその辺で休憩してくるよう言っておきますし、ごゆっくりなさってください」
ベティはそう言って、私がお勧めした本を指差して微笑んだ。本当に優しい、良い子だと思う。そんな彼女にお礼を言うと、私は再び急ぎ足で神殿内へと戻っていく。
やがてイアンの元へと戻ると彼は私を見るなり、やっぱりほっとしたような表情を浮かべて。ここでは人目もあるし落ち着かない為、庭園にあるベンチで話をすることにした。
「なんか、大人になったね」
「……お前も、想像以上だった」
「そう? 背は少し伸びたけど」
「綺麗になった」
「え」
予想もしていなかった言葉に、驚いた私はつい足を止めてしまう。私の知る彼は、そんなことは絶対に言わない。本当にイアンの口から出たのかと、疑ってしまったくらいだ。
慌てて再び歩き出し、美しい庭園の一角にあるベンチに腰を下ろすと、イアンもまた少し離れたところに座った。
風で輝くような銀髪が揺れ、その美しい横顔は周りの景色も相俟って、一枚の名画のようで。昔は一緒にいるのが当たり前だったと言うのに、今はなんだか緊張してしまう。
「本当に久しぶりだね。イアンが元気そうで良かった。いつ帰ってきたの?」
「お前に手紙を出してすぐだ」
「どうして前回の手紙に書いてくれなかったの?」
「書いた」
「えっ?」
何を言っているんだ、という視線を向けられたけれど、私だって同じ気持ちだった。
「そんなこと、一言も」
「迎えに行くと言っただろう」
「それ、どういう意味?」
「……お前は変わっていないな。俺が悪かった」
深い溜め息を吐くと、イアンはアメジストのような紫色の瞳で、じっと私を見つめた。
「スレン・エインズワースと婚約したんだろう」
「あ、うん。ブレットがこうして神殿で治療していただけているのも、スレン様のお蔭だもの」
「その為に婚約したのか?」
「……それは」
イアンの言う通りだ。それなのに何故か、素直に「うん」という言葉は出てこなかった。けれど、いつだってまっすぐなイアンに対して嘘を言うのも嫌で、私はこくりと頷く。
すると彼は突然、無造作に置いていた私の手を取ると、ぎゅっと握りしめた。子供の頃とは違う、大きくて骨張っていて硬い、騎士の手のひらだった。
「金はある程度稼いだし、これからも稼ぐ。ブレットとお前を食わせていけるくらいはもう、俺にだって出来る」
「……イアン?」
一体、何の話だろうか。そっと手を引いても、きつく握られている手のひらは、びくともしない。なんだか嫌な予感がして、心臓がだんだんと早鐘を打っていく。
何より、この雰囲気には覚えがあった。
どうして、と戸惑う私に向かってイアンは「エルナ」と聞いたこともないくらいに甘い声で名前を呼び、言ったのだ。
「ずっと、お前だけが好きだった。俺と一緒になってくれ」
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