第13話 一難去ってまた一難


「ごめんね、ベティ。急がせて」

「いえ、大丈夫ですよ! お気になさらないでください」


 すぐにお詫びの手紙と共に招待状の返事を送ったところ、私の都合が良いのならぜひ参加して欲しいと返事が来て、安堵する。


 危うく学生時代、親しくしていた友人の婚約披露パーティーに参加できないところだった。


 義母、本当にいい加減にしてほしい。過去にも、嫌がらせで私宛の手紙を隠したり捨てたりしていたのだ。


「わあ、とてもよくお似合いです……!」


 そして当日の夕方である今、スレン様が用意してくださったドレスの中からベティに一着選んでもらい、袖を通した。


 細かなレースを贅沢に使った淡いイエローのドレスは驚く程サイズもぴったりで、自分で言うのもなんだけれど、私によく似合っている気がした。


「エルナ様の髪は、とても綺麗ですよね。珍しいお色で」

「ありがとう。気に入ってるんだ」

「私は焦げ茶色なので、地味ですから」

「そんなことないのに」


 メイド達は鏡台の前に座る私の髪を結いながら、嬉しそうにそんな話をしている。


 私のお母様譲りの桃色の髪は、この国では珍しい。今では羨まれることの方が多いけれど、子供の頃はよく男の子にからかわれたりもした。


「スレン様も、エルナ様の髪色や雰囲気に似合うものだけをご用意されたようですから」

「……あれ全部、スレン様が選んでくれたの?」

「ええ。ほとんどがオーダーですし」


 いつの間にそんな用意をしていたのだろう。オーダーのドレスならば間違いなく、私に彼が婚約を申し込む前から準備していなければ間に合わないはず。


 謎は深まるばかりだと考え事をしているうちに支度を終えたらしく、ベティと共に支度をしてくれていたメイドが「いかがですか?」と後ろから鏡を見せてくれた。


 目の前の鏡と合わせて見たところ、前から見ても後ろから見てもとても素敵で、感嘆の溜め息が漏れる。


 ずっとヘアメイクは自分でやっていたから、余計に浮かれてしまう。


「とても上手ね、すごいわ。ありがとう」

「マーヤは元々王都の人気の美容室に勤めていたんですよ」

「そうなの、道理でとても上手なわけだわ」

「スレン様が高待遇で引き抜いたみたいですよ。流石です」

「えっ?」


 この家にはもちろん、私以外に女性はいない。まさか私の為に、わざわざ彼女を引き抜いてきたのだろうか。


「人遣いの荒い所だったので、スレン様がこうして素敵な環境を用意してくださって嬉しいです」


 マーヤと呼ばれたメイドは、これからはエルナ様の美しさをより引き出せるよう頑張ります、と言って微笑んだ。間違いなく、私一人に対して勿体ない腕だろう。


「エルナ様、とてもお綺麗です。スレン様にお見せできないのが勿体ないくらいに」

「みんな、本当にありがとう」


 スレン様が戻ってくるのは、明日の朝の予定だ。


 突然のことで、彼に何も言わずに家を空けることになって申し訳ないけれど、全ては義母のせいだ。


 スレン様が信用を置いているという執事にもしっかり目的と行き先を告げて、私は侯爵邸を出発した。




 ◇◇◇




「エルナ、来てくれてありがとう!」

「婚約おめでとう。とても素敵だわ」

「貴女こそ。あのスレン様と婚約しただなんて、驚いたわ。昔から玉の輿を狙うなんて言っていたけれど、まさか本当にあんなにも素敵な方を射止めるなんてね」


 会場に着いてすぐ、主役である友人の元へと行き、挨拶とお祝いをしたけれど。次々に招待客が来るため、また今度ゆっくりお茶をしようと約束し、すぐにその場を離れた。


 とても幸せそうな彼女を見られただけでも、こうして慌てて来た甲斐があった。後は同級生達と話をして、早めに帰ろうと思っていた時だった。


「おや、君は……エルナちゃん、だったっけ?」

「はい。エルナ・ノールズと申します」


 私の目の前に現れたのはなんと、アドルフ様とハンネス様だった。どうやら男性側の招待客として招かれたようだ。


 アドルフ様は先日、舞踏会でお会いした時に私の顔を覚えていたようで、まるで旧友に会ったような親しみのある笑顔を浮かべ、私の肩をぽんぽんと叩いた。


「ほら、ハンネス。彼女がスレンの愛しの婚約者だよ」

「ああ。先日カフェであいつといるのを見かけたが、まさか君がスレンの婚約者だったとは」

「知っているのか?」

「少し」


 ハンネス様とは、彼のファンクラブ活動をしている時に数回話したことがあるくらいだったけれど、私のことを覚えてくださっていたらしい。普通に気まずい。


「それにしても、あのスレンをどう落としたのか、ぜひ聞いてみたいところだよ」


 アドルフ様はそう言って笑っていたけれど、それは私が一番聞きたいくらいだった。


 とにかく、これ以上二人といては何かボロが出てしまいそうで、なんとかこの場を抜け出そうと思っていると、不意に現れた男性がアドルフ様に声を掛けた。


「アドルフ様、少々よろしいでしょうか」

「ああ、どうした?」


 どうやら呼ばれてしまったようで「すぐ戻ってくる」と、アドルフ様はあっという間に居なくなってしまって。その場にはハンネス様と私、二人が取り残されてしまった。


 戻ってくる、と言われたものの、私がハンネス様と二人で話すことなど何もない。そもそも彼は寡黙な方なのだ。彼だって、私と話したくはないだろう。そう、思っていたのに。


「弟の体調は、良くなったのか」

「あっ、はい。スレン様が神殿での治療を手配してくださったお蔭で、快方に向かっているようです」

「それは良かった」

「ありがとうございます」


 以前、ブレットのことを軽く話した記憶があったけれど、まさか覚えていてくださったとは思わなかった。基本的にハンネス様は無表情だし、口数は多くない。


 それでも、彼が穏やかで優しい方だというのはいつも伝わってきていた。そのおかげか彼のファンクラブはどこよりも平和で、とても居心地が良かったのだ。


 アクティブなファンも少なく、熱心な活動もしなくて済むお蔭で楽で、ずっと入っていたかったくらいだった。


「あら、今や社交界の話題の中心であるエルナ様じゃありませんか。ハンネス様と一体何をお話していたのかしら?」


 そうしてぽつりぽつりと会話をしていると、そう声を掛けられて。顔を上げた先にいたのは、一人の貴族令嬢だった。


「貴女元々、ハンネス様のファンクラブでしたよね? スレン様と婚約をされたというのに、何をされているんです?」


 彼女は確か、魔法学園の先輩でありスレン様の同級生でもある伯爵令嬢だ。ファンクラブには所属していなかったけれど、彼のことを慕っていたのかもしれない。


 私を睨みつけるその目には、明らかな敵意があった。


「結局、どなたでもいいのね」

「……私は」

「こんなにもフラフラとして、そもそも本当にスレン様のことをお慕いしていたのかも怪しいわ」


 彼女はそう言って、鼻で笑う。けれど、彼女が言っていることは間違ってはいない。私は弟のこと、自分のことばかりを考えて行動していただけなのだから。


 もちろん、最低なことをしている自覚はある。それでも結果的にブレットが救われたことを思えば、後悔はしていなかった。自業自得だと、黙って彼女の言葉を聞くほかない。


「貴女なんかよりも絶対に私の方が、」


 そして、そう彼女が言いかけた時だった。



「へえ、面白い話をしてるね。俺も混ぜてくれない?」



 そんな声に顔を上げれば、なんとそこに居たのは見間違えるはずもない、スレン様その人だった。

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