第12話 あの時感じたもの
──スレン・エインズワース様を初めて見たのは、15歳の春、魔法学園の入学式だった。
数えきれないくらい沢山の人がいる中で、彼は一際目立っていて。こんなにも綺麗な人が存在するんだと驚きつつ、整いすぎた横顔を遠目でぼんやりと眺めていた記憶がある。
『スレン様って、本当に完璧よね。稀代の天才と言われていて、既に魔術師団からスカウトされているんだとか』
『次期侯爵様っていうのも素敵だわ』
どうやら彼は私の2つ上の学年らしく、恐ろしいくらいに何もかもが完璧な人らしい。フローラを除く友人達はいつも遠巻きに彼を見つめては、黄色い声を上げはしゃいでいた。
私はと言えば、とにかく少しでもお金を稼ぐ術を得るために必死で、魔法の勉強ばかりしていて。だからこそ、住む世界が違う彼のことなど、気にも留めていなかったのに。
『こんにちは。エルナちゃんって言うんだ、よろしくね』
そんな彼はある日突然、私の世界に入ってきた。
三年生と一年生が四人でグループを組み、数回に渡って魔物の討伐をする実戦練習の授業があり、なんと私はあのスレン・エインズワース様と同じ班になってしまったのだ。
誰もが彼と同じ班になりたがる中、彼に興味のない私が一緒になるなんて世の中は無情すぎる。
ギルドに登録するためには、弱い魔物の討伐くらいは出来るようになっておかなければならない。私は全く浮かれることもなく、とにかく真面目に指導を受け、練習に励んだ。
『そうそう、上手。もう少し肩の力を抜いて』
スレン様の教え方は驚くほどわかりやすく、的確で。彼のお蔭でかなり上達できたように思う。とは言え、もう一人の班員の同級生が彼のファンらしく、私は別の先輩にばかり教えてもらっていたのだけれど。
ある日の授業終わり、急いで学園に戻って復習をしようとしたところ「エルナちゃん」とスレン様に声を掛けられた。
『さっき怪我してたよね? 治すから見せて』
『……ありがとう、ございます』
先程、私が魔物の攻撃によって少しだけ手を怪我してしまったことに気付いていたらしく、彼は私の手を取ると、あっという間に治癒魔法で治してくれた。
その間、初めて至近距離でじっと彼の顔を見たけれど、文句のつけようがないくらいに整っていて、思わず溜め息が漏れてしまいそうになる。
こんなにも美しい見た目で何でもできて、その上優しいのだ。彼のファンが絶えない理由が、分かる気がした。
『エルナちゃんは真面目だね。いつも頑張っていて偉いな』
『一応、目標があるので』
『そっか、応援してるよ。頑張ってね』
『ありがとうございます』
それから、彼は授業の度に私に声を掛けてくれるようになった。彼の話は面白くて、つい笑ってしまうこともあった。
『エルナちゃんは、かわいいね』
そんなある日、いつものように話をしていると、彼はそう言って私の頭を撫でて。ひどく落ち着かない気分になった私はお礼を言うと、逃げるようにその場を去った。
『エルナはいいわよね、スレン様と同じ班で。羨ましいわ』
『……それなら、代わる?』
『えっ?』
そして私は最後の授業の日、クラスメイトの女子と班を交換した。生徒数が多いこともあり周りの子達もよくやっていたし、何のお咎めもないのを知っていたからだ。
『エルナ、どうして代わっちゃったのよ? 先輩方、とても教え上手だって喜んでいたのに』
『……どうして、なんだろう』
『変なの、エルナらしくないわね』
フローラは首を傾げ、呆れたような声を出している。
……理由は分からないけれど、怖かった。これ以上スレン様とあの距離で関わるのが、ひどく怖かったのだ。
何かが変わってしまうような、そんな気がした。
◇◇◇
「おはよう、エルナちゃん」
「おはようございます」
あんな夢を見た直後に、こうして朝からスレン様の顔を見ると、ひどく不思議な気分だった。たった数回の授業で会話しただけの私を、彼が覚えていただけでも驚きだったのに。
こうして今、スレン様と婚約して一緒に住んでいるなんて知ったら、当時の私は倒れてしまうに違いない。
そう言えばすっかり忘れていたけれど、あの時感じた恐怖感のようなものは一体、なんだったんだろう。そんなことを考えながら、今日も二人で向かい合い朝食をとる。
侯爵邸に来てから数日が経ったけれど、あまりにも快適なせいか、まるで子供の頃から住んでいたかのように、あっという間に馴染んでしまっていた。
「以前話した通り今日から三日間家を空けるけど、緊急時はこれで連絡してね。すぐに戻ってくるから」
そう言って、小さな水晶玉のようなものを渡された。これに向かって彼の名前を呼ぶと、対になっている彼の水晶が反応するようになっているんだとか。
「でも、長距離の転移魔法は難しいのでは」
「エルナちゃんのためなら、無理くらいするよ」
そんなことを今日も爽やかな笑みを浮かべ、さらりと言ってのける彼にどきりとしてしまう。
私は水晶を受け取ると「わかりました」と頷いた。
「帰ってきた後は休みの予定だから、デートしてくれる?」
「は、はい。もちろんです」
「ありがとう。お蔭で頑張れそうだ」
それからは仕事に向かったスレン様を見送り、私は自室へと戻ると勉強を始めた。本当にこのまま次期侯爵夫人になるのならば、かなりの知識が必要だろうと思ったからだ。
そうして二日が経った頃、ベティが「男爵家からお手紙が届いております」と手紙を一通渡してくれた。
あの義母からの手紙だなんて、嫌な予感しかしない。
「……嘘でしょう」
案の定、そこにはなんと「先日渡し忘れていたわ、ごめんなさいね」というメモ書きとともに、明日の晩開催される夜会の招待状が入っており、私は頭を抱えた。
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