第11話 少しずつ、近づいて


「本っ当にエルナ様とスレン様はお似合いですよね……! エルナ様はとっても可愛らしくて素敵ですし、さすがあのスレン様が選んだ女性って感じです!」

「そ、そうかな……」


 私の向かいに座るメイドのベティは、大きな猫目をキラキラと輝かせ、両手を組み、そんなことを語り続けている。


 歳の近い彼女は私の担当メイドとして、何から何まで世話をしてくれるらしい。栗色の髪がよく似合う、可愛くて明るい素敵な子だ。早く侯爵邸での暮らしに慣れるよう、スレン様が私に気遣って付けてくれたようなのだけれど。


 彼女はこちらが恥ずかしくなるくらい、私達がお似合いだと褒めてくれるのだ。どう考えても釣り合っていないというのに、本気でそう思っているようで困ってしまう。


「あっ、ここで少し下ろしてもらうことってできるかな」

「どうかされましたか?」

「少しだけ本屋に寄りたくて。ごめんね」


 そうして侯爵邸に向かう途中、街中の辺りでふと、ブレットの好きな本の最新刊が今日発売だったことを思い出した私は、慌ててベティに声をかけた。


 人気シリーズのため、明日ではもう遅い可能性がある。そう話したところ、すぐに寄ってもらえることになり、私は安堵の溜め息を吐いた。


「あった……! ベティ、付き合ってくれてありがとう」

「いえ、良かったです。でも、本ならスレン様に言えば絶対用意してくださいますよ?」

「ううん、何でもお願いする訳にはいかないもの」


 結局、一人でも大丈夫だと言っても、ベティは本屋までついてきてくれて。先日の魔物退治の際にいただいたお金で無事にラスト一冊を購入し、本屋を出る。


「……あ、」


 向かいに雑貨屋を見つけた私は、少しだけ寄りたいと再びベティにお願いをすると、急いで残っていたお金で色々と買い込み、侯爵邸へと戻った。


 そうして屋敷に帰ってきた頃はまだ、昼前で。頑張れば今日中に作れそうだと思った私は、ベティに裁縫道具を借りると買ってきた材料を出し、作業を始めた。




 ◇◇◇




 コンコンという軽いノック音が室内に響き、我に返った私は慌てて作業する手を止める。


 かなり集中していたせいで、いつの間にか窓の外は薄暗くなっていることに気付いていなかった。どうやら、あれから結構な時間が経っていたらしい。


 すぐに返事をすれば、ドア越しにスレン様の声がした。


「ただいま、エルナちゃん」

「おかえりなさい。すみません、お出迎えもせずに」

「大丈夫だよ。ずっと部屋に篭ってるって聞いて、具合が悪いのかなって心配していただけだから。着替えてくるね」

「はい、私もすぐに行きます」


 仕事を終え、帰って来たらしい彼はそれだけ言うとそのまま部屋に向かったようで、足音が遠ざかっていく。


 お世話になっている身なのだ、しっかり出迎えようと思っていたのに、初日からやってしまったと悔やむ。とにかく急いで最終確認をし、我ながら中々の出来だと思いながらも身支度を整えると、私は部屋を出た。


「エルナちゃん、ただいま」

「おかえりなさい。お仕事お疲れ様です」

「君がいると思うと嬉しくて、急いで帰って来ちゃった」


 そんな言葉に、屈託のない笑顔に、どきりとしてしまう。可愛いと思ってしまったけれど、口には出さないでおく。


 夕食まではまだ少し時間があるようで、彼は自身が座っているソファの隣をぽんぽんと叩くと、私に座るよう促した。


 大人しくほんの少しだけ離れた所に腰を下ろせば、彼はやっぱり嬉しそうに微笑んだ。


「実は来週、仕事で3日くらい屋敷を空けることになりそうなんだ。その間、絶対にエルナちゃんが困るようなことはないようにするから安心してね」

「そんなにお気遣い頂かなくても、本当に大丈夫ですから」


 どうやら遠方に行かなければならないらしく、流石のスレン様でも長距離の転移魔法は難しいようだった。


 危険な魔物の討伐らしいけれど、俺なら余裕だとあっさり言ってのける彼に感心してしまう。


「……あの、いきなりなんですが、以前私が贈ったお守りってまだ持っていたりしますか?」

「うん、もちろん。これだよね?」


 するとスレン様はどこからともなく、例の端切れで作ったお守りを取り出した。やはり毎日持ち歩いており、傷まないよう保護魔法まで掛けてあると聞き、私は内心頭を抱えた。


 こんなものを大切にしてくれている彼を見ていると、何故か胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


「ごめんなさい。それ、返していただいてもいいですか?」

「えっ?」

「その代わり、良かったらこちらを受け取って頂きたくて」


 そうして私は、作ったばかりのお守りを彼に差し出した。スレン様の透き通った両目が、驚いたように見開かれる。


「……これ、俺のために作ってくれたの?」

「はい。スレン様のために作りました」


 前回の適当に作ったお守りなんて、持っていても何の効果もないに違いない。むしろ不吉だ。


 彼が持ち歩いてくれるとは思っていなかったとは言え、過去の自分を張り倒したい。私には魔道具を作れるほどのスキルはないし、何をしたって効果なんてないのだけれど。


 今回作ったものはスレン様が怪我をしないよう祈りながら作ったものだ。きっと、少しは何かが違うはず。こんなものなど、彼にしてもらっていることに比べれば、何のお礼にもならないことも勿論分かっている。


 まだまだ分からないことばかりだし、押しの強さや準備の良すぎるところに戸惑ってしまう時もある。それでも、誰よりも優しい彼のことを知っていきたいという気持ちは確かに今、私の胸の中にあった。


 すると突然ぐいと腕を掴まれたかと思うと、そのまま引き寄せられて。気が付けば、スレン様に抱きしめられていた。


「……嬉しい。ありがとう」

「あ、あの」

「一生宝物にする。エルナちゃんが俺のために作ってくれたのが、本当に嬉しい。ありがとう」


 とくとくと、彼の早い心音が聞こえてくる。まさか、こんなにも喜んでもらえるとは思わなかった。


 スレン様は何度も「嬉しい」と「ありがとう」を繰り返していて、何故か悲しくもないのに泣きたくなってしまう。


「エルナちゃん、本当に好きだよ」


 きつく抱きしめられ、顔に熱が集まっていく。なんだか恥ずかしくなって、今日は「私もです」とは言えなかった。

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