第10話 動き出した恋心
「───は? 俺のことが、好きじゃない?」
そう呟けば、魔法学園時代からの友人であるカミルは「ああ、女って怖いよな」なんて言って笑って。その瞬間、俺は一気に体温が下がっていくのを感じていた。
カミルは彼女が隠れて働いているギルドと仕事をする機会が多いため、彼女の話題が出ることも珍しくない。
「休憩時間にエルナが友達に話してるの、偶然聞いちゃったんだよな。ハンネスを気に入っている令嬢に気を遣って、適当にお前のファンクラブに移っただけらしいぞ。友人にお前のファンがいないって理由だけで」
「…………へえ」
「エルナも本当はハンネスのファンで居たかったみたいだったし、女って面倒そうだな」
意味が、分からなかった。
彼女が俺に贈ってくれた手紙もプレゼントも何もかも、俺のことが好きで俺のために用意してくれたものでは無かったとでも言うのだろうか。俺のことを素敵だ、憧れているという言葉も、何もかもが嘘だったらしい。
それと同時に、ひどく裏切られたような気持ちになり、身体の奥底から苛立ちや怒りと言った、どす黒い感情がふつふつと込み上げてくる。
「ま、貴族令嬢は付き合いとか色々あるんじゃねえの? うちの妹も友達に誘われて、興味ないファンクラブに入ってたくらいだし。でも、エルナってかわいいよな。幸薄そうな感じがまたいいというか、食事でも誘ってみようかな」
「……殺す」
「ん?」
「彼女に手を出したら、殺すから」
そう告げれば、カミルは驚いたように両目を見開いた。
──ずっと、彼女は俺を好いてくれているのだと思っていた。そしてそれが嬉しくて、元々俺はファンと名乗る女性達からの贈り物は全て、笑顔で受け取っても処分していたにもかかわらず、彼女に貰ったものだけはすべて大切にとっておいたのに。手紙だって何度も何度も、読み返していたのに。
俺だけ、馬鹿みたいじゃないか。
すると不意に、ガシャンという大きな音を立てて執務室の窓が粉々に割れた。俺が魔力暴走しかけていることに気付いたカミルが、慌てて立ち上がり破片を風魔法で集める。
すぐに我に返った俺は、魔力を落ち着かせた。
「おい、どうした!? えっ、何?」
魔力や感情のコントロールには誰よりも自信があったはずなのに、こんなことになったのは子供の頃以来で。自身の手のひらを見つめ、戸惑っていた時だった。
「……お前、もしかしてショック受けてる?」
「は」
「なんて、そんな訳ないか。疲れてるんじゃねえの」
そんなカミルの言葉に、口からは間の抜けた声が漏れる。
何故俺がショックを受けなければならないのかと思ったものの、いざ冷静になってみると今自身の中にある感情には、その言葉がぴったりと当てはまっていた。
──そして、気付いてしまう。何故こんなにも腹が立つのか、何故こんなにも裏切られたような気持ちになるのか。
そんな理由などきっと、ひとつしかない。
「…………本当に、エルナちゃんは酷いな」
俺はこの日、最低最悪な形で自身の初恋を自覚した。
◆◆◆
「おはよう、エルナちゃん」
「あ、おはようございます」
朝から、嫌な夢を見てしまった。けれど、愛しい彼女の顔を見た瞬間、不快感なんて一瞬で消え去っていく。
初めて見る髪を下ろした寝起き姿があまりにも可愛くて、思わず口元が緩んでしまうのが分かった。
「昨日はよく眠れた?」
「はい、おかげさまで」
快眠効果のある魔道具を彼女のベッドに埋め込んであるおかげか、ぐっすりと眠れたようだった。少しでも早くこの屋敷に慣れ、居心地が良いと思ってもらわなければ。
食堂にて一緒に朝食をとっている間も、彼女はやはり戸惑ったような様子だった。まあ、当たり前だろう。半ば無理やり連れてきたようなものなのだから。
それにしても、こんなにも早く彼女の方から屋敷に住むと言い出してくれるとは思わなかった。お人好しの彼女は、こんなに身勝手な俺に対しても、さほど悪印象はないらしい。
「俺は今日も仕事なんだけど、エルナちゃんはどうする?」
「ブレットのお見舞いに行ったあと、一度家に戻って荷物を纏めてこようかなと思っています」
「そっか。何人か手伝いを連れて行くといいよ」
何かの間違いがあって、彼女の気が変わっては困る。何人かの使用人に、彼女の手伝いをするよう指示した。
それからは二人で他愛無い話をしながら、穏やかで幸せな時間を過ごした。この日々を一生守っていくためならば、きっと俺はどんなことだってするだろう。
「朝食、とても美味しかったです。このパンが好きで」
「そうなんだね。良かった」
もちろん、それも全て知っていたから用意させた。少しでも彼女の好きなものを用意してあげたい、喜ばせたいと思ってしまう。そうしたらきっと、彼女は俺の側に居てくれる。
「俺はエルナちゃんが好きだけどね。エルナちゃんは?」
「わ、私も、スレン様が好きです」
今日も嘘吐きな彼女が、ひどく愛おしいと思った。
◇◇◇
昨晩、侯爵邸へとやって来た私は、今日はもう休んだ方が良いと言われメイド達にお風呂に入れてもらい、そのままふかふかのベッドで就寝した。
そして驚くほど快眠した後、朝起きてスレン様と美味しすぎる朝食を取り、今に至る。本当にお姫様のような扱いをされており、これ以上ないくらい良くしていただいている。
「……なんだか、不思議な気分」
何故こんなに準備万端なのかという戸惑いはあるものの、スレン様の幸せそうな表情を見たら、何も言えなくなってしまう。そもそも、何かを言える立場ではないのだけれど。
「あ、あら、エルナ。帰ってきたのね」
「……はい」
スレン様を見送った後、メイド達にしっかりと支度された私は慣れない高級ドレスに身を包み、ブレットのお見舞いへと行き、そのまま我が家へと戻ってきた。
義母や義姉に家を出ることを話したところ、見るからにほっとしたような表情を浮かべていて、苦笑いしてしまう。
とにかく、使用人の方々にも迷惑はかけないよう急いで数少ない荷物をまとめていく。悲しいくらいに、わざわざあの屋敷に持っていくような物はなく、使用人の方々が手持ち無沙汰になってしまい申し訳なくなる。
「それじゃあエルナ、元気でね。ああ、そうだわ。イアン様からお手紙が届いていたわよ」
「イアンから、ですか?」
支度を終え家を出ようとしたところ義母に引き止められ、一通の手紙を渡される。他国で騎士をしている幼馴染のイアンからで、嬉しくなった。
「……もうすぐ、迎えに行く?」
荷物を積み込み侯爵邸に戻る馬車に揺られ、イアンからの手紙を開封する。いつもと同じ近況報告だと思っていたけれど、今回は一番最後にそんな一言が添えられていた。
迎えに行くとは一体、何の話だろうか。とりあえず後で返事書こうと決め、私は手紙を鞄の中に仕舞い込んだ。
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