第7話 いつからか、いつだって
「あのスレン様が、わざわざいらっしゃるなんて……」
「そんなに厄介な相手なのか?」
まさかの彼の登場に、辺りは騒然としていた。この国の筆頭魔術師である彼が一介の魔物の討伐に出てくるなど、かなりレアケースに違いない。
自身のタイミングの悪さを悔やみつつも、これだけの人数がいれば気付かれることは間違いなくないだろうと思った私は、しっかり稼いで帰ろうと決めて、気合を入れる。
スレン様含めた魔術師団の人々は森の中へと入っていき、入り口に残った私達は雑用をこなすはずだったのだけれど。
「う、うそ……」
それから1時間後、私達が待機している場所にまで、魔物が現れ大騒ぎになっていた。熊の姿に似たそれは耳をつんざくような唸り声を上げ、人々を攻撃していく。
Bランクの魔物を初めて見た私は、想像していた数十倍大きく禍々しく、恐ろしいその姿に腰を抜かしそうになってしまう。しかもそれが2体いるだなんて、この世の終わりのような恐ろしさだった。
魔物の叫び声に釣られてか、弱い魔物まで集まってきてしまったことで、場は余計に混乱を来していた。
「ナナリーちゃん、逃げないと!」
「……で、でも、」
この場に待機していた魔術師達が上位の魔物へと攻撃を始めたけれど、かなり押されていて。私も攻撃魔法を使える身として、せめてそれ以外の魔物を、と思った時だった。
「危ないから、下がっていて」
突然ふわりと風が吹いたかと思うと、そんな声が耳元で聞こえて。顔を上げれば、すぐ側にはスレン様の姿があった。
どうして、彼がここに。
驚いて声も出ない私に向かって彼は微笑むと、そのまま魔物へと向かっていく。そして軽く手のひらを向けた瞬間、その場にいた全ての魔物が大きな氷柱に貫かれていた。
騒がしかった辺りが、一瞬にして静まり返る。その桁違いの強さに、私を含め誰もが声ひとつ出せずにいた。彼が天才だと言われている意味が、少しだけ分かった気がする。
「お疲れ様。あっちの魔物も全部倒して来たから、このあたりの後片付けだけよろしくね。死体に集まってくるから」
「し、承知いたしました!」
飄々とした様子のスレン様は近くにいた魔術師に声をかけると、相手は顔を真っ赤にして、何度もこくこくと頷いた。周りにいた魔術師達が、羨ましげな視線を向けている。
彼らからすれば、憧れてやまない存在なのだろう。
「大丈夫だった? 怖かったよね」
そんな彼はまっすぐに私の元へとやって来ると、何故か手を取り、怪我はないかと尋ねて。言葉を失う私に向かって、スレン様は「エルナちゃん」と可笑しそうに笑った。
「声も出ないくらいに今の俺、格好良かった?」
「あ、あの」
「前にくれた手紙にも、俺の魔法を使ってる姿が素敵だと思ったって書いてあったよね。嬉しかったな」
「あっ、そうですね……?」
悪戯っぽく耳元でそう囁かれ、心臓が大きく跳ねる。
そして私はいつの間にやら、そんな内容の手紙を彼に送っていたらしい。全く記憶にないけれど、以前皆で手紙を書くという謎の集まりの時に、周りにいたファンの子の内容を適当に真似させてもらったに違いない。普通に最低だ。
「ど、どうして私だと……」
「そんなメガネひとつで、俺がエルナちゃんのことが分からないとでも思った? 心外だな」
スレン様はそう言って微笑むと、私のメガネをひょいと取り上げたけれど。何故かまたすぐに掛けさせた。
「可愛さがバレたら困るから、いまはこのままでいて」
そんなことを大真面目に言う彼は一体いつから、私の存在に気が付いていたのだろう。
「それじゃ皆、お疲れ様さま」
その場にいた人々が一斉に頭を下げる中、戸惑い続ける私の手を取り、スレン様は歩き出した。
◇◇◇
用意されていた帰りの馬車に揺られながら、私の隣に座るスレン様は「その髪型もかわいいね」なんて言い、ひとつに束ねていた私の髪の毛先を、くるくると指に絡めている。
メガネは馬車に乗り込んだ際、外されてしまった。
「あの、いつから私に気付いていたんですか?」
「最初からだよ。むしろ前?」
「前……?」
よく分からないけれど彼はあれだけの大人数がいる中、私をすぐに見つけ出したらしい。目が良いんですね、と言ったところ「愛の力だよ」と返されてしまった。
「それにしても、スレン様がこんな田舎に魔物の討伐にいらっしゃるとは思わなくて、驚きました」
「うん、俺も。二度とないだろうね」
あっさりとそう言ってのけた彼に、驚いてしまう。今日は本当に珍しい一日だったらしい。
「こう見えて俺、すごく忙しいんだ。Sランクの魔物が出た時に、ようやく動くくらいで」
「そうですよね、いつもお仕事お疲れ様です。先程のスレン様、本当に素敵でした」
「良かった。全部放り投げて、急いで来た甲斐があったよ」
「…………?」
どうして、そこまでして今回の討伐に参加したのだろう。この森や近くに、何か縁があるのだろうか。
「そうだ、エルナちゃん。もう仕事なんてしなくていいよ」
「勝手なことをしてしまって、ごめんなさい」
「今日みたいに危ない目に遭うのが嫌なだけだから、謝らないで欲しいな。欲しいものがあれば、これで何でも買って」
そう言って渡されたのは、侯爵家の家紋が入ったネックレスで。この国では身分証代わりになる、何よりも大切なものだというのに、彼は何の躊躇いもなく私に渡した。
「これで買えないものは無いと思うから」
「だ、駄目です! これは絶対に受け取れません……!」
「どうして? 俺のものはエルナちゃんのものだよ」
「あの、絶対にそれは違うと思います」
無理やり握らせるようにして、なんとかネックレスを返せば、スレン様はひどく悲しげに眉尻を下げた。
「現金は受け取ってくれないだろうし……そうだ、どんな些細なものでも、必要な物があれば全部教えて? パンから宝石まで、全部プレゼントするから」
「それは、あの、スレン様はお忙しいですし、お互いに大変かと思うので大丈夫です。困らない分のお金ならありますから。お気遣いいただき、ありがとうございます」
暮らしていく上で必要な物、欲しい物というのはぽろぽろと日々出てくるのだ。いくら貧乏の私でも、それを全てお願いするなんてこと流石に申し訳ないし、無理だろう。
そう、思っていたのに。
「ああ、そうだ。一緒に暮らせば解決すると思わない?」
「?????」
彼の形の良い唇からは斜め上すぎる案が飛び出し、私の口からはやはり、間の抜けた声が漏れた。
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