四日目・000

 イヴェットは神さまが嫌いだ。

 彼女は自分を世界一運の悪い人間だと思っている。今までの人生――そう長くもないというのに――信じられないほど命の危機に晒されてきたからだ。

 初めは五歳のときだ。バカンスに行った避暑地で、同じくバカンス中の青年に殺されそうになった。八歳のときに親を殺され、親戚中をたらい回しにされる。十四のときには住んでいた町で連続殺人が起き、またしても保護者を殺された。十八のときにはクラスメイトに誘われて参加した肝試しで殺人が起こり、犯人も未成年だったことでテレビや新聞に大きく取り上げられた。めぼしい事件としてはこの程度だが、誘拐されかけたことや殺されかけたことは、少なく見積もってもこの倍はある。

 だから彼女は人が苦手だったし、人並みの幸福を諦めてもいた。なぜ自分にばかりこんな不幸が降りかかるのかわからないまま、襲いくる悪意を振り払うことだけに長けていった。

 人を殺すのは悪いことだ。イヴェットはそう思っている。普通の人間は、大抵がそう思っているはずだ。その点で彼女は普通の人間なのだ――少なくとも。

 しかし。

 彼女はこうも考える。

 自分を害する意志を持つ相手に対し、反撃をするということは。

 たとえその結果、相手を殺すことになったとしても――

 そして、その死がいかにむごいものになったとしても――

 それは正当な行為なのだ、と。

 イヴェットは運命を恨んでいる。悪意はいつも容赦なく彼女を襲い、周りの人たちを奪っていった。彼女と親しくしていたせいで死んだ人たちがいる。彼女を守ろうとして死んだ人たちもいた。だから彼女は目立つのを嫌った。波風を立てるのも嫌いだった。

 運命を受け入れるべきだと言ったのはジェシカだ。始めは何を言っているんだと思った。彼女にとって運命を受け入れるということは――自身が人殺しの悪意に晒されるさだめにあると認めることと同義だ。

 しかし、人生における不幸や運の悪さをそういうものだと捉えてみれば、常に心にかかっていた靄が晴れていくような気持ちがした。胸の内が澄んで、本当に従うべき感情の輪郭が見えてくる。

 思えばそれはいつも彼女の原動力になっていた。ナイフを振るとき――血が流れるとき。イヴェットはいつも怒りを抱いていた。

 人殺しへの怒り。自分を害そうとする人間への――理不尽な運命への怒り。

 思えば、あの島にいた人間はほとんどが人殺しだった。なんの因果でそうなったのかはわからない。だが、彼女の周りでは驚くほど多い。今まで何人の人殺しに会ったことだろう。何人に殺されそうになったことだろう。

 イヴェットさえいなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。そんな考えが頭を掠めたが、申し訳ないとは思わなかった。人殺しは死んでいい。言葉にしたことはないが、そういう確固たる思いがイヴェットの中にはあった。

 だが……ゲイリーを殺したことだけは引っかかっていた。

 イヴェットは人を殺したことがある――それも何度も。だが、己を人殺しだと思ったことはない。彼女は自分を殺そうとした人間以外を手にかけたことはなかった。

 だがあのとき、彼女は初めて――自分に殺意を向けている人間以外を殺した。

 後悔はしていない。彼はナンシーを殺せばイヴェットを殺しにきたはずで、彼を排除するならばあのタイミングが最適だった。

 それに、ナンシーは善良な人間だった。イヴェットを見捨てて森に逃げることもできたはずだ。それを浜まで戻ってきて、最後まで彼女を逃がそうとした。

 ナンシーを助けたことは間違ってないはずだ。

 診察が終わり医者が離れていく。共に診療所まで来ることを求められたが、イヴェットは緩やかに首を振った。ならばと刑事が近づいてくる。ナンシーは一緒に来てほしそうにしている。

 診察の間中、彼女の視線を感じていた。どこか乾いた、絡みつくような視線には覚えがあった。つい最近、別の人間から――イヴェットは同じような目を向けられた。

 とても嫌な目だった……えぐり出して、口に詰め込んでやりたいと思うほどに。

 車の扉が閉まる。ガラス越しにナンシーが顔を覗かせて手を振った。小さく笑顔を返すとやけに嬉しそうに彼女は笑う。

 その目が静かに色を濃くしていくのを、イヴェットだけが気づいていた。

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人殺しの島 5z/mez @5zmezchan

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