11 僕は人間になりたい
「僕さ、ゼクさんに連れられてここへ来て、すごく楽しかったんだ。僕が大きくなったのは、それもあると思ってる。人間の暮らしが楽しいって思わせてくれたのは、マルティナのおかげだよ」
「そんなの当然じゃない、レイレイは一緒にいて楽しいもの」
「ドロドロの右手の魔物なのに?」
「レイレイはレイレイよ。姿形なんて、どうでもいいもの」
見た目で判断されることを、マルティナは嫌っている。自身の体験から、身に沁みてわかってるんだ。
だからマルティナはいつも平等であろうとするところがあって、そういうところが僕は好きだ。
足りないものを頑張って補おうとしているところや、それを他人に感じさせないところ。相手に気を遣わせないようにわざと明るく振る舞っているけど、じつは心配性で気にしいなところ。
全部、可愛いし、助けてあげたいと思う。
僕は人間になりたい。
きちんとした二十歳の男になって、マルティナの隣に立ちたい。
そのために王都へ行く。
せっかくここまで大きくなったけど、ショックでまた魔物になったりしちゃうかもしれないけど、行ってみないとわからない。虎穴に入らずんば虎子を得ず。なにがあるかわからないけど、ヘインズさんが一緒に来てくれるから、フォローしてくれるだろうしね。
あ、うん。ここでちょっとヘタれるのが僕が僕たる所以です。
「……もう、ずるいわ。そんなふうに言われたら、引き止めるほうが悪人じゃない」
「ごめんね。でも心配してくれて、ありがとう」
「いつ行くの?」
「準備が出来次第、だな」
ヘインズさんが答えると、マルティナは深く頷いた。壮行会をしないといけないわ! と、拳を握っている。うん、可愛い。
それからは早かった。ヘインズさんは、ふたたび王都へ向かう旨をギルドへ説明して、業務の調整をおこなう。
僕は僕で、この町で出来た知り合いに、王都へ行くことを説明した。
右手だった僕が、センターマンを経て、デュラハンになった。服を着ているけど、表皮はまだドロドロしている。
ちゃんと人間になって、今度は「顔」を出せよ――と、ギルドの職員や、門の衛兵たちに背中を叩かれた。みんな、いいひとだ。
ジョンソンとも握手して別れた。レイがどんな顔してるか楽しみにしとくよって言う背景では、衛兵たちによる「レイの髪、瞳の色」について賭けがおこなわれていること、ちゃんと知ってるからな。
旅立つ前日、タマルーサさんがご馳走を作ってくれた。
異世界食材で作るすき焼きは、なかなか美味しかった。お弁当も作ってくれるらしい。なんだか遠足みたいだ。
僕が部屋で装備を整えていると、扉がノックされる。そして、寝間着姿のマルティナが入ってきた。超リラックスモード。気を許してくれているのはわかるんだけど、これは男としてどうなのか。無警戒で部屋に入ってきて、寝台の上に座られた僕のプライドはズタズタだ。
「あのね、レイレイにあげたいものがあって……」
恥ずかしそうにもじもじして、僕を上目遣いで見る。
なにこれ、どこのラブコメですか。ラッキースケベ展開が起こるところですよねこれ。エロマンガなら、こう、「私をあげる」的なアレ。
「はい、これ」
「護符?」
「そう。いーっぱい、いろんな効果をつけてあるから、絶対だいじょうぶよ」
薄い胸を張って、マルティナが誇らしげに言って、僕は内心で「ですよねー」ってなった。うん知ってた。
手招きされて、ベッドの隣に座らされて、僕の手に握らせた護符について、ひとつひとつ説明がされていく。肩より少し低いぐらいの位置にマルティナの頭があって、風呂上りならではの、ふんわりとあったかい空気が伝わってくる。ごくり。
僕の頭部はまだないけれど、「ある」と確信できたからなのだろう。僕の目線は、本来あるであろう頭の位置になって、マルティナを見下ろしている。長い髪をゆるりと束ねて、片側の肩へ流しているせいで、細い首がよく見えた。
ああ、これが成人指定の漫画なら以下略。どちらにせよ、チキンハートの僕には、これ以上の展開は望めないんだけど。
ふと、マルティナが顔をあげた。
だからそこに顔があると、まるでいまからキスでもするような位置関係でしてね、マルティナさん。
マルティナの
僕の右手は無意識のうちにマルティナの顔に向かい、その肌に触れる直前で止まった。
だって、僕の手はまだドロドロで、せっかくお風呂に入って綺麗になったのに、汚してしまいそうで嫌なのだ。
「気にしないのに」
不満そうにマルティナが口を尖らせる。
「でもさ、ドロドロだよ?」
「自分で自分を触れないからわからないかもしれないけど、レイレイの肌は、見た目とは違って、ドロドロなんてしてないのよ」
なんだそれ、その情報もっと早く知りたかったぞ。
おそるおそるマルティナの頬に手を触れると、くすぐったそうに笑う。
どうしよう、可愛い。頭がふわふわする。
僕はマルティナの顔に近づいて、透明なキスをする。
この妄想に慣れてきた自分が痛々しい。絶対気づかれないようにしないと。
「頑張ってね、レイレイ。――ううん、レーゼゲルト殿下。ご多幸をお祈り申し上げます」
「マルティナ……?」
「これまでの数々のご無礼を、お許しください殿下」
「なに言ってるのマルティナ、僕は」
「殿下はご記憶ではないでしょうが、私はほんの少しだけ覚えているのです。知らない大人たちに囲まれた部屋で、同じ年齢ぐらいの男の子がいたことを。殴られたのか頬が腫れて、とても痛そうなのに、私のことを心配してくれました。あれはあなただったのですね。私はとても安心したのです。あなたは――」
「マルティナ!」
自分でも思っていた以上に荒らげた声が出て、マルティナがビクリと震えた。逃げ腰になる身体を止めるように、腕を取って引き寄せる。
「待ってよ、なんでそんなこと言うんだよ。僕は僕だって、いつもマルティナが言ってることじゃないか」
「でも、あなたは」
「王子だって言われてもそんなの知らないし、第一、もうとっくに死んだと思われてるような、どーでもいい男なんだよ僕」
「どうでもいいわけないじゃない。レイレイは優しいひとよ。私を助けてくれた」
「覚えてないけどね」
「私は覚えてるの」
そうだ。マルティナのことだ。心配をかけないように、覚えていない振りをしていたとしても不思議じゃない。
では、なにを、どこまで。とは、聞けなかった。訊くのが怖かった。今はそんなことより、もっと大事なことがある。
「僕が戻ってくるのは、迷惑? 僕は、いないほうがいい?」
「いいわけないじゃない! なんで? せっかくレイレイの身体が元に戻りそうになって、私だってちょっとずつ大きくなれそうになって、よかったって、これから一緒に大きくなろうって、そう思ってたのに、どうしてレイレイは王子さまなの? そんなの、王都へ行ったらもう帰ってこられないじゃない」
「決めつけるなよ」
「王都は怖いところだって父さんがよく言ってる。とくに王族は面倒で、自分のことすら自由にできないって」
たしかにしがらみは多そうだけど、それは一部じゃないのかな。僕みたいに放置されて育ったような奴は、むしろいないほうが、あっちにとっても都合がいいだろう。
僕は根っからの庶民なので、お偉いさんにはかかわりたくない。スクールカーストの上位者からも、遠ざかってきた人生なんだ。普通が一番。平凡、万歳。
「あのさ、僕は別に王子の名乗りを上げにいくわけじゃないんだ。十八番目の王子なんて、末端もいいとこだよ。担ぎ上げられる要素もないし、いまさら現れたところで迷惑でしかないと思うよ」
「じゃあ、なにをしに行くの?」
「言っただろ。僕はちゃんと『僕』になりたいんだ。王都に行けば、僕のことを知っているひとがいるみたいだし、おまけに魔法研究所の偉いひとみたいだよ。僕の顔だって、なんとかなるんじゃないかなって、ヘインズさんが」
魔法研究所では古代魔法の研究もおこなっているし、そのサレヒトというひとは専門家だという。成長した僕がどんな顔をしているのか、創造する手助けをしてくれるんじゃないかと期待している。
顔を作る。どこかのパンヒーローのサポーターたる、なんたらおじさん的なあれみたいだ。
「実験体にされて、大変なことになっちゃわない?」
「まあ、協力できることはしたいと思うよ。僕だって知りたいし、魔法使いになるなら、研究所と繋ぎがあったほうがお得でしょ」
ひとつひとつ、マルティナがあげていく不安要素を潰していく。
なんだってこんなにマイナス方向に考えているんだろう。まるで、僕が王都で王子生活を満喫したがってるみたいだ。
心外だな。僕ほどモブを謳歌している人間はいないと思ってるんだけど。
「えっと、じゃあ」
「まだあるの?」
「……レイレイ、帰ってきてくれる?」
上目遣いリターンズ。
さんざん泣いて、目元が赤くなった状態でそれをやられると、可愛すぎてクラクラする。
マルティナはもうちょっと、自分の容姿がどれだけ男を惑わしているのかを自覚したほうがいいと思うよ、ほんと。ヘタレ草食系男子の僕だからこれで済んでるけど、他の男だったら、どうなってると思ってるんだ、まったく。
ぐっといろいろ堪えて、僕は宣言した。
「当たり前だろ。だから、待ってて」
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