09 僕の正体がわかったってことですよね

 マルティナの成長阻害について、理由はよくわかっていない。

 なんたって、失われてしまった古代魔法を用いているから、体験談を語ってくれるひとがいないんだ。

 いちおう、体内魔力の停滞が原因じゃないかと推測している。身体を修復するため、治癒のちからが該当箇所に集中し、他へ栄養がまわらない、みたいな。そんなかんじの理由。

 そこから考えると、体内における修復作業が完了して、他の場所へ栄養が行き渡るようになったと考えられるんじゃないのかな。だといいよね。

 なーんてことを一家で考えていたら、雲行きがあやしくなってきたのは、数ヶ月ぶりにヘインズさんが戻ってきてからである。

 王都へ招集されていた、ギルドのお偉いさんであるところのヘインズ・タイトラー氏は、見慣れないパリっとした恰好をしたまま、うちへやってきた。そして、ゼクさんとタマルーサさんの三人で話し合いがスタート。子ども枠の僕たちは、蚊帳の外。

 すぐに終わる話し合いではなかったようで、なかなか部屋の扉は開かない。仕方ないから、マルティナと腕相撲をしたり、劇の台本を考えたりしながら待っていると、ようやく天岩戸が開いてゼクさんが顔を出した。またも険しい顔つきをして、手招きする。

 僕らが立ち上がると、マルティナは制止された。用があるのは僕らしい。代わって出てきたタマルーサさんがマルティナに声をかけ、僕は部屋の中へ。男女に分かれた形。なんだろう。

「マルティナには聞かせたくない話ってことですか? もしかして、なにか身体に悪影響でも」

「いや、違う。マルティナに関していえば、むしろ良い影響を与えたことになる」

 ヘインズさんの言い方だと、別のところに悪い要素があるみたいだ。

 そして、僕だけが呼ばれたってことはつまり。

「僕のことですね。なにか、良くないことがわかったってことですか」

「……君は察しがいいな」

「僕の意識としては、二十歳ですから。まあ、それが本当かどうかわかりませんけど」

「いや、間違ってないだろう。君は――貴方は、二十歳になる青年ですよ。普通に成長していれば」

 ヘインズさんが口調を変えた。あらたまった、微妙に距離を感じる言い回しだ。

 なんだろう。いやなかんじがする。

「どういうことですか、僕の正体がわかったってことですよね。そんなにヤバイ奴だったんですか」

 ブラッディ・ハンドの元になった、殺人犯とか。

 おそるおそる訊ねると、ヘインズさんは首を振って、哀しそうな、苦しげな顔になった。そして、おもむろに語り始めたのは、以前に少しだけ聞いた、ミトロヒア王国の事情である。

 王位継承権を持つ者が多いって話だったけど、そもそも「王子」が多い。一夫多妻で、しかも子沢山なのだ。愛妾を含めて、王の傍にいる女性はなんと七人。それぞれ子どもを儲けているので、王子だけで二十人ぐらいいる。

 多すぎ。そりゃ、熾烈な争いも起きるわ。

 基本的に生前退位はないので、王さまはまだまだ現役。あっちのほうも現役なので、いまだ子どもは増えているらしい。年齢的には孫とおじいちゃんになってるんじゃないかな。

 第一王子は、妻子持ちのアラフォーなので、自分の子どもと同い年の弟妹がいたりするわけ。クソ親父自重しろって、言いたくなっても仕方なしだね。

 クーデターはよく起きるんだけど、対象は国王ではなく、王子たち。トップを挿げ替えるのはあとにして、まずは分母を減らそうってことなんだろう。マルティナのように、怪我を負った王子もたくさんいる。なかには、亡くなった子も。

 狙われるのはどうしたって年端もいかない王子たちで、母親の地位が高ければ護衛やらなにやらで、物理的にも精神的にも守られるんだけど、母親の身分が低いと悲惨。できれば政局からは遠ざかりたい、「王位継承権とかいらないです」派閥ですら、関係なく襲われる、デスゲームが繰り広げられているのが、ミトロヒアの王族だ。

 怖ぇな、毎日がサバゲーとか。モブなんて、盾役にされるのがオチだよね。

 この流れでいくと、僕はそのデスゲームの関係者ってことかな。流れ弾に当たって死んだとか、そういうやつ。

「貴方は、十数年前に行方不明になった、第十八王子、レーゼゲルト殿下です」

 はい?



     +



 レーゼゲルト・ムヒ・ミトロヒア。

 それがこの世界における僕の名前らしい。初耳ですよ。

 わけがわからなくて、ぼーっとしている僕を見て、ゼクさんが座る位置を変える。僕の隣に来て、存在しない頭の代わりに、肩を撫でた。

「大丈夫か、レイ」

「えーと、なにがなにやらなんですが、行方不明っていうのはどういう意味なんでしょうか」

 つまり、デスゲームに巻き込まれて死んだけど、遺体は見つかってない、みたいなことか。死んだことを認めず、行方不明扱いになってる、と。

「そのあたりがややこしいんですが」

「あの、ヘインズさん。ヘインズさんは僕の先生なので、急にかしこまられるのはちょっと」

 傷つくし、へこむかなあ、なんて。

 モゴモゴとくちごもった僕に、ヘインズさんは大きく息を吐いて、椅子の背もたれに身体を預けた。右手で目元を覆い、天井を仰いで唸っている。やがて髪をクシャクシャと自分でかきまぜて、僕たちへ向き直った。

「そうだな。今の君はレイだ。記憶もないのに、王族だなんて言われても混乱するよな、悪い」

「どうして僕が、その、王子だってわかったんですか?」

「マルティナが怪我をするキッカケになった、王族絡みの騒動なんだがな。あれは、君が――レーゼゲルト殿下が狙われた事件だったんだ」

 僕の母親・ロウナという女性は、亜人だったそうだ。

 亜人。人ならざる者。エルフも亜人のくくりに入るけど、人間の世界では結構認められている部類。でも、ロウナはそうじゃなくて、不思議な能力を持っている、変異種のような存在だったらしい。迫害されて逃げてきて、魔法の研究所みたいなところで保護された。そこの研究員みたいなひとと、まあ、いいかんじの仲になったはいいんだけど、「なんか変わった女がいるそうじゃないか」と横やりを入れたのが国王さま。

 ここからは、よくあるパターンですよ。惹かれ合う男女を引き裂く悪徳権力者ってやつですね、わかります。

 手をつけて、孕ませて。でも、摘まみ食いなので、以降は放置。この国に来た時点でだいぶ弱っていた母は儚くなって、僕は魔法研究所で育ったらしい。

 順当にいけば父親になっていたであろう男性研究員のサレヒトさんと過ごしているうちに、幼い僕にも大きな魔力があることがわかった。母の血を継いだ僕には不思議な能力があって、その能力はかつて精霊魔法と呼ばれていた類のもの。

 つまり、失われた古代魔法を使うことができる素地があるということだった。

 国王に手を出されるまえに恋人同士だったなら、僕の父親はサレヒトさんのほうである可能性もワンチャンあるのでは? と思ったんだけど、生まれた子どもは王家の血を引いていると断定された。これには理由がある。

 王族の特徴としてあげられるのが、瞳の色。生まれてから数年のあいだは色が安定していなくて、数色が混ざり合ったような虹色をしているという。

 あれだ、玉虫色ってやつだね。もしくは、水たまりにギラギラ揺れている油が放つ色。

 この時点で、父親は決定してしまった。それでも僕の面倒を見てくれたサレヒトさんは、ロウナのことがとても好きだったんだろうと、想像する。

 そんな僕を誰かが誘拐した。母親はすでに亡くなっており、後ろ盾も存在しないため、消しやすかったのではないかと思われる。

 王位継承権を持つ者を減らしたい派は多いので、犯行勢力の候補は多数。居ないも同然だった僕だけど、付加価値ができてしまった。現代において、古の魔法を使える唯一の魔法使いだ。

 そこで呼ばれたのが、英雄ゼクトルーゼン・スピリドノフ。

 彼のパーティーにいた、ヘインズ・タイトラーは研究所の出身者だったこともあり、協力の要請をしたという。

 あとのことは、以前に聞いたとおりだ。マルティナは怪我をして、英雄たちは都を去った。

 そして同じく誘拐されていた僕はといえば、なんと結局見つからなかったらしいよ。酷すぎない?


「第十八王子の生死は長く不明だった。君を前にして言うのもなんだが、すでに亡くなったものだと考えられていた。十年も経っているからな」

「そりゃ、そうでしょうね」

 事件は風化する。テレビのニュースで、十年前の事件の犯人を逮捕したとか、たまに見るけど、そんなのは稀だろう。まして、王家の骨肉の争いは日々おこなわれているのだ。身寄りのない王子なんて、誰も積極的に探さないに違いない。

「ところが、別件で捕まった犯人がな、過去の事件の関与を認めたんだ。英雄が最後にかかわった事件だからな。覚えていたらしい」

「それで?」

「……犯人は言った。ガキを殺した、と」

 ヘインズさんの弁に、肩に置かれたままのゼクさんの手が強張る。

 僕は、まあ、そうだろうなーと思っていたし、記憶もないことからどこか他人事みたいな感覚だった。物語のあらすじを聞いているような、といえば、我がことながら薄情だけど。

 いやしかし、そうか。日本人としての僕は、前世というより前々世だったのか。

 なんとも不思議な感覚でいると、ヘインズさんは声を震わせながら続けた。

「言ったんだよ。女の・・ガキを殺したって。たしかに殺したはずなのに、ちびの王子がなにかの魔法を使ったら、生き返ったって。レイ、君はあのとき、マルティナと一緒に監禁されていた。そして、凶行に沈んだあの子を救ったんだ」




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